17話 ぎゅーってして!

「ククク、リスナー諸君、待たせたね。天上天下唯我独尊てんじょうてんげゆいがどくそん、疾風迅雷のバーチャル忍者、蔭寺つかさだよ! 今日は凸待ち配信をするよ! 先輩たちにも声をかけているから、誰が来てくれるか今から楽しみだね」


コメント

:楽しみ

:ルカちゃん来ないかな

:無理でしょ、つかさと仲悪いし

:三期生不仲だから先輩に声かけたんだろうな

:誰がくるかな

:絶対ぼっちくるでしょ

:最近粘着されてるからな

:ぼっちストーカーなの?

:ひなたちゃんの片想いだからな

:忍者にストーカーw



 ディスプレイに表示された動画の中で、金髪の忍者のアバターが溌剌はつらつとした声を上げる。それを見つめる陽向はさっきからマウスでコールボタンを連打していた。


「あ、早速通話来たみたい…………はあ、じゃあ一人目の方、自己紹介からどうぞ」


「つかさちゃん! わたしとゲーム実況しよう! わたし、つかさちゃんがゲームしてるところ観たいんだ!」


「えーと、三期生の青空ひなたちゃんが頼んでもないのに来てくれましたね。とりあえず用意してた質問をするね。ひなたちゃんは、最近の国際情勢についてどう思いますか?」


「わたしね、つかさちゃんとも友達になりたいんだ。三期生のみんなで仲良くなって、一緒にゲームをしたらきっと楽しいよ、だから、だからね……」


「きみ、しつっこいなあ! ゲームは辞めたって散々言っただろ。冷やかしなら通話かけてこないでよ」


 我慢の限界を迎えたつかさが叫んだ。それはほとんど普段のつかさの素の喋り方だった。


「でも、本当はつかさちゃんもゲームがしたいって思ってる。わたし、わかるもん……」


「きみに僕の何がわかるって言うのさ? ほんと腹立つな。ゲーム実況なら一人でやりなよ。まあ、ド下手くそなきみがゲームをしてもつまんないだろうけどね」


「そんなことない、下手でも、たとえ負けちゃっても、大好きな人と遊ぶゲームは楽しいの。つかさちゃんが一番よく知ってるはずだよ」


 陽向、無駄だよ。いくらそれが本音でも簡単に認めるはずがない。突きつけられたことが、本心であればあるほど、人はそれをひた隠しにして激しく抵抗するんだ。


「……久しぶりに頭に来た。そこまで言うなら、証明して見せてよ」


「証明?」


「下手くそでもゲームは楽しめるってことをだよ。……そうだな、アクションRPGのデビルズソウルの『白亜の塔』っていうステージのボスを倒したら、認めてあげるよ」



コメント

:うわ、よりにもよってデビルズかよ

:死にゲー来た

:心折しんせつ設計な

:つかさ容赦ないな

:でも白亜の塔はそこまで難易度高くないだろ

:マップ迷路みたいで迷うけどな

:ゲーム初心者にデビルズは鬼

:ぼっち敗北決定

:あそこのボスは運だからな

:ああ、トラウマが蘇ってくる



「デビルズソウル? そのゲームをわたしがクリアしたら、つかさちゃんはゲーム実況してくれるの?」


「もちろん。いくらでもゲーム実況してあげるさ」


 つかさがそこまで言うからには、デビルズソウルというゲームは相当な難易度なのだろう。しかし、何度でも挑戦できる以上、クリアできないゲームはない。しかも、オンラインの対戦ゲームではなく、これはアクションRPGなのだ。一人用ゲームはいくら難易度が高くても地道に攻略を進めれば必ずクリアできるように作られているはずだ


「わかった、わたしやる。必ずそのボスを倒すよ。つかさちゃんにゲーム実況して欲しいもん!」


「じゃあ、決まりだね。ひなたのPCでも遊べるはずだから、後で僕がダウンロードしてあげる。ついでにひなたが遊びやすいようにパッチを入れておくね」


 配信上のつかさの顔が笑う。それは忍者というよりは悪魔の微笑だった。



 

 つかさがダウンロードしてくれたゲームを陽向は早速プレイし始めた。いくら難しいゲームとはいえ、たかが一つのステージを攻略するだけなのだ。一日でクリアすることだって不可能じゃない、私は愚かにもそう思っていた。


「あ、また死んじゃった。で、でも今度は五メートルくらい進めたね!」


 このゲーム思っていたより難物だった。雑魚敵でも平気で致命的な攻撃を放ってくるし、即死トラップもふんだんにある。マップも広くて多層的、迷路のようにこんがらがっている。いや、死んだり迷うのは問題じゃない、そんなのはトライ&エラーを繰り返せばいいだけだ。ただこのゲーム、やり直しにも苦難が伴っている。


 一度でも死んでしまうと、ステージを最初からやり直しになるばかりか、体力が減少するペナルティがあるのだ。ペナルティを解除するにも、ボスを倒したり、貴重なアイテムを消費したりと、困難が伴う。なので、死んだらすぐそのまま再挑戦というわけにもいかず、敵にやられて死んでしまう度にプレイヤーの心を容赦なく折ってくる。


 陽向がゲームに不慣れで下手っぴなのを差し引いても、かなり難しいゲームみたいだ。つかさがこのゲームを選んだのも頷ける。


 陽向、今は焦らず雑魚を狩って、アイテムや経験値を稼ぐのよ。先に進むことは考えなくていいわ。


「うん、わかった。最初の方のモンスターだけ倒して、拠点に戻るようにするね」


 唯一の救いはこれがRPGということだ。他のゲームとはだいぶ仕様が違うけれど、一応、装備やステータスを強化することもできる。時間はかかるけど、プレイスキルの乏しい陽向は、そういう地味なやり方で強くなるしかない。


「ひなた、夕食作ったけど一緒に食べない?」


 陽向がゲームに熱中していると、姫乃が部屋に入ってきた。


「ありがとう、姫乃ちゃん。ゲーム中断したらすぐ行くね」


「まだそのゲームをしていたのね。いい加減に休んだほうがいいわ」


「うん、でも休んでもいられないよ。まだボスどころか、ステージの序盤に苦戦しててね。早くボスの部屋までたどり着きたいんだけど……」


「デビルズソウル、あたしも聞いたことあるけれど、噂通り難易度が高いみたいね。でも、VTuberの先輩も普通にクリアしていたし、ひなたにだってクリアできないわけじゃないわよね。……何かおかしい気がする。違和感が残るというか」


「違和感?」


「つかさがあの条件でひなたに課題を出すのなら、それは絶対にクリア不可能な課題のはずよ。つかさの性格の悪さを考えれば、それが当然。なのに、クリア可能なゲームを提案してきた」


「え、でもわたし、まだ全然クリアできそうにないよ」


「いいえ、やっぱり変よ。そもそも、つかさはひなたがボスを倒したことをどうやって確認するつもりなの?」


「え? ゲームだから記録は残るよね?」


「そうだろうけど、それはひなたがプレイしたって確かな証拠にはならない。ゲームが上手い人に代わってもらったかもしれないでしょう?」


「わたし、ずるなんてしないよ」


「そうじゃなくてね、いくらでも不正ができるゲームでつかさが賭けなんかしないって言っているの。たぶんつかさは自分が負けるとは思ってない。この賭けにも勝つことを確信してる。何か裏があるんだわ」


 姫乃の意見には私も同感だ。陽向が不正をしないにしても、時間さえ掛ければクリアできるようなゲームをつかさがわざわざ持ち出すとは思えない。


「姫乃ちゃん、考え過ぎだってば。つかさちゃんはそんなに悪い子じゃないよ。それに、つかさちゃんは賭けに勝つことが目的じゃないんだとわたしは思うな」


「どういう意味?」


「試してるんだよ、わたしのこと。何度ゲームオーバーになっても、わたしが諦めないで、ゲームを楽しんでいられるのか。だからわたしね、嫌々このゲームを遊んでるんじゃないよ。確かに難しいゲームだけど、その分先に進めた時の達成感があってすごく面白いと思うんだ。わたし、ゲームがこんなに熱中できるものだって知らなかったな……」


 陽向、水を差すようで悪いけど、つかさはたぶんあんたの心が折れるのを待ってるんだと思うよ。陽向がゲームを嫌いになるのを、罠を用意して指折り数えて待っているんだ。


 ゲームを中断した陽向は姫乃と一緒に食卓に着いた。今日の献立はトマトスープで煮込んだロールキャベツだ。まあ、陽向には到底及ばないけど、姫乃の作る料理もそこそこ美味しそうだった。


 ねえ、陽向。私も一口食べていい?


「そうだよね、姫乃ちゃんのロールキャベツ、ゆうちゃんも食べたいよね。一口だけじゃなくて、わたしの分は好きなだけ食べていいよ」


「そうね、おかわりもあるから、ゆうひさんも食べてくれると嬉しいわ」


 私は言葉に甘えて陽向と交代する。でも目的はロールキャベツなんかじゃなかった。


「食べないの、ゆうひさん?」


 料理に手をつけない私を姫乃は不思議そうに見つめる。私は重たい唇を持ち上げる。


「つかさのこと、陽向は諦めないと思う。あの子は変なところでかたくなだから。つかさの方も、陽向を諦めさせようと躍起やっきになると思う。このままじゃ、互いに傷付けあうばかりで、良い結果にはならない。だからね——」


「あたしにも協力して欲しいのね」


 姫乃は既に私の頼みを察しているようだ。


「そう、姫乃にはバラバラの三人を束ねるリーダーになって欲しいの。私だけじゃ陽向を助けてあげられないから……お願い、力を貸して」


「わかったわ。あたしもこのままじゃダメだと思っていたから。できる限りのことはするつもりよ」


「ありがとう、姫乃」


 私は胸を撫で下ろした。


「話はそれだけ? じゃあ、食べましょう。結構な自信作だから感想を聞かせて」


「あ、……もう一つだけお願いがあるの」


 私は椅子から立ち上がって、姫乃の傍に立った。姫乃はそんな私を見上げる。


「どうしたの?」


「えっとね……」


 こういう時、人がどんな風にそれを頼むのかわからない。ああ、そうか両腕を広げればいいのか。


「あの時みたいに、ぎゅーってして!」


 私は姫乃に向かって自分の腕を広げて見せる。姫乃は笑わなかった。自分も立ち上がって、迷いなく私を抱き寄せてくれる。姫乃の匂いが鼻をくすぐる。


 やっぱりそうだ。人間の体温はそう変わらないはずなのに、どうして姫乃の胸や腕に包まれるだけで、こんなにも温かいんだろう。私が人の温もりに慣れていないだけなのか。


「……ずっと誰かに抱き締めてもらいたかったの?」


 姫乃の声は何故か寂しそうに震えていた。


「ひ、陽向には内緒よ。あと、配信でも言っちゃダメ。リスナーの人たち、すぐ騒ぎ立てるんだから」


「フフ、わかった。抱き締めて欲しい時はいつでも言って。毎日だってそうしてあげるから」


「本当?」


「ええ、他のことだってなんでもしてあげる」


 そう言って姫乃は優しく私の頭を撫でてくれる。


「じゃあ、私のことも陽向みたいに呼び捨てにしてよね。さん付けされるほど、私偉くないんだから」


「いいえ、あなたは偉いのよ。とっても偉いの。賞賛に値するわ」


 私が陽向の体を離れるまで、姫乃はずっとそうして褒めそやしてくれたのだった。

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