15話 ゲームのできないゲーム実況者
休日、陽向はつかさの部屋のあまりの異様さに圧倒されていた。
暗闇の中で、妖しい緑光がガラスケースの中を渦巻いている。PCだけじゃない、キーボードやマウスまでもが、波打つように七色に輝いていた。
「別に僕の趣味じゃないんだけど、ゲーム関連のものって何故か光るんだよね。そういう機能があるとつい無駄に光らせたくなるというか……」
レーシングカーの座席みたいな椅子に座ってつかさは弁解する。忍者の末裔という割には、暗闇で目立ちそうな派手な部屋に暮らしている。
「ううん、とってもかっこいいよ!」
陽向はPCパーツに負けないくらい目を
「まあ、ひなたはとりあえずこれで練習してみなよ」
つかさは据え置き機にも携帯機にもなる人気のゲーム機を陽向に渡した。中には簡単なレースゲームが入っている。二人並んで座って、陽向のゲームプレイをつかさは観察する。陽向は一生懸命ゲーム機をこねくりまわすが、車体を壁にぶつけるばっかりで、当然の如く最初のレースは最下位になる。最下位になるのは別に構わないけど、操作に夢中になるばかりに無口になってしまうのが問題だった。
「いやほんとに下手だね。あんまり下手すぎると、視聴者もイライラしてくるよ。まあ、そこは練習すればマシになるか。それよりも無言が一番ダメ、プレイ動画じゃないんだから」
「ごめんね、ゲームに集中しちゃうと黙っちゃうんだ。そうでなくても、わたし口下手だから、どうすればいいかわからなくて……」
「イメージとしては、ゲームをプレイする自分と、トークする自分を切り離す感じかな。ゲームをしながらも常に自分を客観視するんだ。一人二役だよ」
「自分を切り離す? なんかそれすごい難しそうだね。わたし、一つのことにいつもいっぱいいっぱいになっちゃうから……」
「まあ、僕も慣れるまでは時間掛かったけど……ってちょっと待って、説明してて気付いたけど、それってそもそもひなたの得意技じゃないの?」
「得意技? わたし得意なことなんてないよ?」
「いや、常にゆうひちゃんを自分から切り離して泳がせているじゃないか。そうか、きみらの場合は、一人二役じゃなくていいのか。ゲーム実況も、ひなたとゆうひ、二人でやればいいんだよ!」
「そっか、わたしがゲームしている間に、ゆうちゃんが喋ってくれたらゲーム実況が成立するね」
理屈としてはそうだろうけど、陽向のプレイに合わせて私が喋っても、私の声は陽向にしか聞こえないのだ。私がいくら実況してもリスナーに届かなければ意味がない。
「そうだよね、ゆうちゃんの声が聞こえないとダメだよね」
「あのさ、気になったんだけど、きみらって部分的に交代したりできないわけ?」
「部分的?」
「だから、手はひなたが動かして、口ではゆうひが喋ったりできないのかなって」
「そんなの試したことないよ。ね、ゆうちゃん」
当たり前だ。今までそんな奇妙な芸当をする必要などなかったんだから。もしかしたら、試してみる価値があるかもしれない。
それからつかさと一緒に三人でいろいろと試行錯誤を繰り返した。その結果、頭は私が、体は陽向が動かす、そんなキメラモードを習得することに成功した。しかも、普通の交代と比べてキメラモードはずっと長時間継続できることがわかった。これはゲーム実況どころか私たちの生活史をも塗り替える大発見だった。
「これは僕も驚いたな。きみらってどうなってるの? 他にも能力とかありそうで怖いんだけど。でもまあ、このキメラモード、使いようによっては普通の実況者より面白い配信ができるんじゃない?」
「つかさちゃんのアイデアのおかげだよ! これでゲーム実況ができるね」
「ククク、まあ精々僕を崇め奉るといいよ。この部屋にあるゲームなら貸してあげるから、好きにやってみたら?」
スネ夫みたいに嫌味なやつだと思ってたけど、つかさもなかなか太っ腹じゃないか。陽向のお小遣いじゃ、ゲームを揃えるのも苦労しただろう。ソフトやゲーム機を貸してもらえるのはとても助かる。
「でも、わたしが借りていいの? つかさちゃんも実況に使うんだよね?」
陽向、余計なこと言わないの。貸してくれるって向こうが言ってるんだから、素直に借りパクすればいいのよ。
「ああ、大丈夫、僕はもうゲーム実況しないから」
当然のようにつかさは言い切った。吉川の不安は的中したらしい。つかさはもうゲーム実況そのものをする気がないようだ。
別にVTuberだからって必ずゲーム実況をしなきゃいけない訳じゃないだろう。けど、つかさはゲーム実況者からVTuberになったのだ。ならファンだってつかさのゲーム実況を期待しているはずじゃないか。それをわざわざやめる必要はないはずだ。
「どうして? つかさちゃんはゲーム実況が、ゲームが好きなんじゃないの?」
陽向がそう訊ねるのは、吉川に頼まれたからだけではないだろう。私だって、こんなゲームをするためにあるような部屋を見せられたら、疑問で頭をもたげてしまう。
「実況というかね、ゲーム自体がさ、つまんなくなったんだよ。遊んでても全然面白くなくてさ。視聴者さんだって、つまんなそうにゲームをしてる姿なんて観たくないじゃん?」
「ゲームが嫌いになっちゃったの?」
「ま、端的に言ってそうだね。こんなに長くゲーマーやってて、今更とは自分でも思う。でもさ、ひなたはまだ知らないだろうけど、ゲームって楽しいことばかりじゃないんだ」
つかさは案外素直に話をしてくれる。それだけ陽向をVTuber仲間として認めているということなのか。だが、全てを話せるほど信用しているわけでもないだろう。ネットの連中は、不仲説の一言で片付けようとするけど、人の心情や関係をそんな単純な言葉で済ませることはできない。
「ゲームはね、
ゲームなんて気楽に遊べばいいのに、と私は思う。でもそれは外野だから言えることで、ゲームにはまってとことん本気になった人たちには無意味な言葉なんだろう。真剣になればなるほど、つかさの言う負のサイクルに陥ってしまうのかもしれない。たぶんそれはゲームに限った話じゃないはずだ。
「だからね、ゲームはもうやめにしたんだ。勝ち負けを厳格に決める世界に疲れたから。もちろん、VTuberの活動は好きだし、歌やダンスにも挑戦したい。面白いキャラクターを演じて、少しでもみんなに愛される努力をするよ」
つかさはたぶん嘘や誤魔化しで言っているわけじゃない。本音でそう思っているんだろう。そして、陽向が何を言ってもそれを覆すつもりもない。
「……でも、わたしはつかさちゃんともゲームしたかったな」
陽向のことだから、友達とゲームをしてみたかったんだろう。いつも周りの子供達がゲームで遊んでいるのに混ぜて貰えず、それを遠巻きに眺めることしかできなかったのだ。ゲームなんて一人でも遊べるのに、私と一緒に遊べないからって陽向は親にゲームをねだることもしなかった。
「悪いけど、それは諦めて。そうだ、お腹空いたでしょ? 帰る前に夕飯食べってってよ。お母さんと一緒に何か作ってあげるからさ」
つかさは一人逃げ出すように、陽向を残して部屋を出ていった。
「ゆうちゃん、つかさちゃんは本当にゲーム嫌いになっちゃったのかな」
さあね、どっちにしろそんなの個人の自由だよ。これ以上私たちが口出しできることなんてないわ。
「それでもわたしは、つかさちゃんの本当の気持ちが聞きたいよ」
陽向、まさかあれをするつもりじゃないでしょうね。私は反対だからね。あれは色々と危なっかしいの。それにつかさのことだって、傷付けるかもしれないのよ。
「お願い、ゆうちゃん。力を貸して。あれがよくないことだってわかってるけど、どうしても確かめたいの!」
……どうなっても知らないから、なんて言わない。私と陽向は一蓮托生。同じ花のうてなに座る覚悟でいるんだ。陽向がその気なら私も腹を括るしかない。
でも気が進まないのは本当なんだからね!
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