14話 三期生不仲説

「リスナーさん、こんばんわんこ……青空ひなたです…………」


コメント

:音量低い

:声ちっさ

:完全に意気消沈してるな

:何落ち込んでんの?

:あれだろ

:三期生不仲説

:結構囁かれてるよな

:あの陽キャ忍者せいか

:コミュ障ぼっちのせいだろ

:不仲説でてんの?



「そっか、リスナーさんも、もう知ってるよね。ネットで、三期生の不仲説って言うのが話題になっているみたいなんだ。わたしは仲良しだと思ってたんだけど……」


 VTuberが不仲だからって何が悪いのかと私は思うのだけど、意外と深刻な問題らしかった。VTuber同士の交流を楽しみしているファンも多いらしく、険悪な雰囲気は全体の人気まで下げてしまうらしい。仲が悪いからって、下手にいがみあえば共倒れというわけだ。


 何より今まで友達のいなかった陽向はそういう悩みとは無縁だったから、どうしていいか分からず、余計に戸惑っているみたいだった。


「この前のアーカイブ、わたしも見たんだ。まさかわたしのことで言い合いになってるなんて思わなかったよ。あれからルカちゃんもピリピリしてて、もう二度とつかさちゃんを家に入れないって息巻いてるの。このままじゃ、不仲説じゃなくて、本当に不仲になっちゃいそうで心配なんだ」



コメント

:あれはつかさが悪いよ

:いや、つかさは本当のこと言っただけだろ

:下忍どもは黙ってろよ

:ぼっちこそ黙れよ

:本当のことだからって言っていいわけじゃない

:不仲説補強してどうする

:馬鹿、そういう設定だろ。裏ではよろしくやってるよ

:表でよろしくやれよw

:コメ欄まで喧嘩してんな



「お願い、みんなまで喧嘩しないで! あのね、誰が悪いってことじゃないと思うんだよ。はっきりさせておきたいんだけど、わたしに友達ができなかったのは、わたしの責任だし、ゆうちゃんは何も悪くないの。つかさちゃんも、わたしがコミュ障なところあんまり知らないから、それで勘違いしちゃったんだって思うの。だから二人は喧嘩しなくてよかったんだよ」


 陽向の言う通りかもしれない。私とつかさがわざわざ言い争う必要なんてなかった。陽向に友達がいなかったのはもう過去のことで、今では姫乃という友達もいて、VTuberとしても成長している。最初は失敗ばかりだったけど、今ではコメントを拾いながら、きちんと喋れるようにまでなったのだ。もちろんまだまだ不出来な点も残っているのだけど、昔と比べたら見違えるほど陽向は社交的になっている。


「なんとか仲直りして欲しいんだ。三期生のメンバーがちゃんと結束したら、きっとすごい力を発揮すると思うの。ほら、あの三本の矢のエピソードみたいに、仲の悪かった三兄弟が力を合わせて協力するみたいな」


 陽向はリスナーから仲直りするための知恵を借りようとしたけれど、何も生産的な意見は出てこない。それも当然だろう。ネットにいる人たちだって普段から言い争いが絶えないんだから。


 結局良い解決策が浮かばないまま陽向は配信を終えた。


 三人のそれぞれ性格も個性も違うVTuber。自然に仲良くなれと言うのが無理な話なんだ。それを纏められるとしたら、実力を持ったリーダーの存在が必要だろう。けれど、陽向にはどう考えても荷が重い話だ。


「ゆうちゃん、わたしどうしたらいいのかな」


 さあね、でも相談できる人が一人いるんじゃないの。


「あ、そっか! 吉川さんに相談すればよかったんだ。三期生のマネージャーさんだもんね」


 陽向は早速吉川にディスコで通話をかける。陽向は吉川と話すのも随分慣れた様子で、不仲の件について相談を持ちかける。しかし、吉川の返答は陽向の予想を裏切るものだった。


「ねえひなた、確かにメンバーの結束も大事だけど、あなたはそれよりも深刻な問題があるんじゃないの?」


「え? 深刻な問題ですか?」


「まだ気付いていなかったのね。自分の配信アーカイブ開いてみなさい」


「はい、ちょっと待ってください……開きました!」


「上から読み上げてみて」


「えっと、雑談配信、つかさちゃんとのコラボ雑談、耐久雑談、雑談、雑談、ルカちゃんとのコラボ雑談、雑談の振り返り雑談、ゆうちゃんとの雑談、雑談とそれから雑談ですね」


「わかったでしょ? あなたの問題が。学校に通いながらも精力的に配信できてるとは思う。けどね、雑談ばっかりなの! 雑談に次ぐ雑談! 確かに雑談はVTuberの基本だけど、このままだとリスナーから飽きられてオワコンになってしまうわ!」


「はわわ! ごめんなさい! わたし、全然気付かなかったです!」


「ルカには歌という強い武器があるし、つかさもつかさで、色々企画を考えてるの。雑談一本で絞ってるのはひなただけよ!」


 私は薄々勘づいていたけれど、陽向は全然意識してなかったみたいだ。確かに不仲説よりも、こっちの方が深刻な問題だろう。登録者数が減ってしまったら、そもそもVTuberを続けることができなくなってしまう。


「吉川さん、わたしどうすればいいんでしょう?」


「まずは歌ね、ひなたの歌唱力はどうなのルカ?」


 吉川はすかさず通話に姫崎ルカを加える。隣の部屋から姫乃の溜息を漏らすのが微かに聞こえた。


「教えようとしたんですけど、壊滅的です。知り合いのボイストレーナーさんにも診てもらいましたが、ここまでの音痴は初めてだと言われました……」


「嘘、そんなに酷いの? ちょっと、ひなた歌ってみて」


 吉川に促されて陽向は歌い始める。曲は尾崎豊の『十五の夜』だった。私は耳を塞いで、隣の部屋に避難を始める。隣の部屋に入ると、姫乃も同じく耳を塞いでいる。陽向が歌い終わるまで、私は部屋に戻らなかった。


「……酷い音程ね。笑えないレベルの音痴だわ。これなら朗読した方がましよ。てか、なんで尾崎?」


「ひなたのお父さんが大ファンで一緒に聴いて覚えたらしいです。あと、それしか歌えないみたいです……」


 何故か姫乃が申し訳なさそうに言い添える。陽向が音痴なのは昔からで、姫乃に責任はない。中学の合唱コンクールの練習で、クラスでも一番温厚な女子にまでキレられてからというもの陽向は口パクを貫いていた。今は姫乃が辛抱強く教えているけれど、上達の見込みはまだない。


「じゃあ、ゲームは? ゲーム実況ならひなたでもできるわよね」


「それが、パソコンで簡単なゲームをやらせてみたんですけど……」


 陽向の配信事情を危惧した姫乃が、陽向に試しにコントローラーを持たせたのだ。ゲームが下手なのは当然として、操作に気を取られた陽向は一言も喋れなくなってしまう。これでは実況どころではない。


「じゃあ、他に何ならできるの?」


「えっと、何もできないです!」


 陽向は堂々と宣言する。他のVTuberを眺めても、その活動内容はトーク、ゲーム、歌が中心だ。もちろんこれは生配信を中心に活動するVTuberの話であって、動画勢と呼ばれるVTuberたちは趣の違う企画で人気を繋いでいる。けれど撮影や動画編集のスキルがまだ拙い陽向では、学生生活の合間に動画を作るのは厳しいだろう。


 他に陽向に出来ることと言えば、雑談の形式を変えることくらいか。ニュース番組風にトークしたり、他のVTuberを交えてクイズ形式にするとか、工夫できないこともない。


「それでもゲーム実況くらいはできないとだめね。コミュ障のひなたが先輩VTuberと絡むにもゲームの方が都合がいいわ。よし、そうと決まればつかさの出番よ」


 吉川は今度はつかさを通話に加えた。どこか不機嫌そうな声が聞こえてくる。


「あ、吉川さん。またお説教ですか? 不仲説なら誤解だってもう話したじゃないですか」


 つかさが通話に出ると同時に、姫乃が通話を切った。姫乃はつかさとは話したくないのだろう。


「何が誤解よ。ルカから思いっきり避けられているじゃない。まあ、いいわ。それよりつかさ、ひなたにゲーム実況のコツを教えてあげて」


「嫌ですよ、なんで僕がそんなの教えないといけないんですか?」


「あなたの得意分野でしょう? 不仲説を払拭するためにも協力してあげなさい」


「えーめんどくさいな、僕だって忙しいのに」


 陽向が聞いているのをわかって、つかさは露骨に嫌がって見せる。そうすれば、陽向が自分から引いてくれると思ったんだろう。


「でも、つかさちゃんこの前わたしのこと弟子にしてくれるって言ってたよね?」


「う、それとこれは話が違うよ……」


 そうだ陽向、言質はもうとっているんだ。忍法だがゲームだが知らないけど、なんでも教えてもらいなさい。


「つかさちゃんはわたしのお師匠さんだから、ゲーム実況も教えてくれるよね? えっと、……わたし、このままだとVTuber続けられないかもしれないの。お願い、つかさちゃんだけが頼りだよ。わたし、知っているの。つかさちゃんが本当は優しい心の持ち主だって。つかさちゃんなら、わたしのこともきっと助けてくれる、そう信じてるから……」


 陽向が妙に饒舌なのは、実は吉川がこっそりチャットで台詞を指示しているからだ。陽向は疑うことなくそれを読み上げている。つかさのような捻くれ者には素直にお願いするのが一番効果的なんだろう。陽向の純真さも手伝って、断り辛い空気が出来上がる。


「あーもう、わかりましたよ! 教えればいいんでしょう。まあ、不仲説は僕にも責任がある訳だし、それくらいは手伝うよ。あと、吉川さんキーボードの音聞こえてますからね。ひなたも棒読みだったし」


 次の休みに家に来るよう言い残して、つかさは通話から抜けた。


「良かったわね、ひなた。ゲーム実況を教わるのにつかさ以上の適任はいないはずよ。なんといっても元人気ゲーム実況者なんだから」


「そうなんですね。あ、そういえばリスナーさんもそんなこと言ってました」


「そうよ、その実績を評価して、オーディションで選ばれたの。だから、デビューする前はゲーム実況一辺倒になるんじゃないかって心配していたんだけど……」


「? 何かあったんですか?」


「……あの子ね、VTuberデビューしてから一度もゲーム実況していないのよ。私が理由を訊いても教えてくれなくて。ねえ、ひなた。あなたからも、さりげなく訊いてみてくれないかしら? このままだと、ファンの期待まで裏切ってしまいそうだから……」


「わかりました。わたしも訊いてみますね」


 吉川との通話を終えると、私と陽向は互いに怪訝そうに目を合わせた。


 ゲームができないゲーム実況者なんて聞いたことがない。それは矛盾というものだ。


「きっと何か理由があるんだよ」


 だとしてもつかさが素直にそれを喋るとは思えないわね。


 どうしてこうテレライブ三期生は問題児ばかりなんだろう。ここまで来ると社長の陰謀さえ疑ってみたくなる。まあ、陽向をスカウトするような事務所なのだ。推して知るべしということなんだろうけど。


「わたしたち三本の矢になれるのかな……」


 矢をいくら束ねたところで、どうせ一本ずつしか射れないんだよ、陽向。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る