13話 夕陽

「こんばんわんこ! 今日もみんなに青空を着払いで届けるよ! テレライブ三期生の青空ひなただよ! 今日もルカちゃんとの蜜月の同棲エピソードをお話しするね!」



コメント

:始まった?

:なんか声おかしくね

:ひなた?

:陽キャの匂いがする

:同棲エピ助かる

:こんばんわんこ!

:ひなたの霊圧が消えた

:ひなたんはそんなこと言わない

:誰?

:さてはお前、ひなたじゃないな!



「ルカちゃんってね、普段から良い声しているよね。だけど、夜わたしのベッドの上だともっと可愛い声で鳴くんだよ! ゆうちゃんに見られてると思うと余計に興奮するみたいでさ…………」



コメント

姫崎ルカ:つかさ、妙なこと言わないで!

:ベッドの上?

:詳しく

:お前ら、騙されるな! こいつは偽物だ

:ひなたっぽくない

:声真似上手いな

:ついに奴が来たか

:今日は荒れるぞ

:俺もゆうちゃんに見られると興奮します!



「なんてね、今日もひなルカのてぇてぇが観れると思った? 残念、つかさちゃんでした」


 金髪ショートヘアの美少女忍者のアバターが姿を見せる。忍者っぽく改造された黒いセーラー服や、褐色の肌も相待って、その姿は現実のつかさによく似ていた。



コメント

:キタ!

:むしろご褒美です

:今日はゲームすんの?

:待ってました!

:オフコラボなの?

:三期生勢揃いか

:つかさが来たからルカ逃げたんだろうな



「ククク、リスナー諸君、ついにこの僕も二人の愛の牙城に潜入したよ。もう三期生の余り物とは言わせないからね! テレライブ三期生、遅れてやってきた三人目、疾風迅雷のバーチャル忍者、蔭寺つかさ見参! ファティマ第三の予言が予告したのは他ならぬこの僕のことさ」


「はい、ということで、今日のゲストは同じ三期生の蔭寺つかさちゃんです。つかさちゃんは忍者の末裔の女の子なんだって! あのね、わたしが出かけている間にお家に潜入されててびっくりしたよ。ルカちゃんがお留守番してたのに、どうやって入ったの?」



コメント

:本当に潜入してて草

:それ不法侵入じゃ……

:ファティマ第三の予言w

:忍者の末裔ってマジ?

:馬鹿、そういう設定だよ、裏では男とよろしくやってるよ

:ただのゲーマーなのにすごい

:ステルスゲームも得意だからなこの子

:またヒットマン実況みたいな

:オフコラボのために潜入したのか

:別配信で仲間外れだって散々騒いでたからな

:そこに痺れる憧れる



「そこは色仕掛けを使ったのさ、僕の溢れんばかりの色香で酔わせて、その隙に入らせてもらったよ」


「え、そうだったの? ルカちゃん、わたしの身内だってうそぶかれたって言ってたよ。自分の家のようにリラックスしてたから、すっかり騙されたって」


「僕も女の子だからね、嘘くらい吐くさ。そして、ルカも僕の忍法『他人の家でも実家のような安心感』を見破ることはできなかったようだね」


「すごい! わたしにも忍法教えてくれないかな」


「いいよ、ひなたも僕の弟子にしてあげるよ。まずは夜の忍法から手解きしてあげよう」



コメント

:それ忍法ちゃう

:ただ図々しいだけでは?

:ひなた、影響受けたらあかんで

:純真なひなたちゃんが汚されてしまう!

:エセ忍者

:夜の忍法……

:二人でゲーム実況してくんないかな

:VTuberになってからまだゲームしてないよね?

:この子ゲーム上手いの?

:普通にガチ勢だぞ

:兄貴プロゲーマーだからな

:あのE蔵いぞうの妹ってマジ?



「……ごめんね、今日もゲームはしないよ。ひなたの家に遊びにきたのには理由があるんだ。実はマネージャーからあるものを預かっていてね」


「え? 何かな?」


 つかさはフラッシュディスクを陽向のパソコンに差し込んだ。中のデータをパソコンでいじり始める。私も陽向も何をしているかよくわからない。


「よし、これで設定できた。このコマンドで切り替わるようにしたからやってみて」


「? わかった」


 陽向は言われた通りにキーボードを叩いた。すると瞬時に陽向のアバターのヴィジュアルが変化する。頭の青い垂れ耳が、茜色に変わりぴんと立ち上がる。眼も夕陽の色に変わっている。


「どうだい、これが茜空ゆうひバージョンだ。これからはゆうちゃんに交代したら、こっちのアバターに切り変えるようにって。リスナーさんもこっちの方がわかりいいでしょ?」



コメント

:ゆうひちゃんのイメージに合ってる

:正直、声も性格もガラリと変わるからすぐわかる

:こっちの方が可愛いかも

:ゆうちゃん出てこないの?

:配信途中でも見分けついて助かる

:いよいよ別人って感じがするな

:マネージャーさんナイス



「すごいね、耳も眼もゆうちゃんにぴったりだよ。気に入った?」


 別に。私は陽向と同じ姿で良かったわよ。


「ちょうどいいからさ、今ゆうちゃんと交代してくれないかな。僕もゆうちゃんと話してみたいんだけど」


「あ、そうだよね。ゆうちゃんどうする?」


 いいわよ。私もこいつには話があるから。


 陽向と交代するのは都合が良かった。陽向は交代している間は意識がないから、話を聞かれなくて済む。できれば陽向には聞かれたくなかったから。


 陽向が目を瞑るのに合わせて、私は交代した。


「私がゆうひよ。あんたにはちょっと言いたいことがある」


「何かな?」


「今日みたいな嘘はもう止めて欲しいの。特にひなたの前では」


「嘘って、ああ日蔭ひかげのこと? 咄嗟に考えた割にはそれっぽい名前だと思ったんだけど。気に入らなかった?」


「あんたに悪気がないのはわかってる。それでも、これっきりにして」


 たとえ冗談であっても、陽向の姉だなんて名乗って欲しくなかった。もしそれで陽向を傷つけるようなことになれば、私はつかさを絶対に許さないだろう。


「わかった。僕も今日はやり過ぎたからね」


「わかればそれでいいの。話はそれだけだから」


「ちょっと待って、僕からも一つ聞いていいかな?」


「何よ?」


「正直な話さ、今までひなたに友達ができなかったのって、きみのせいなんじゃないの?」



コメント

:いきなり空気悪い

:初対面で言うことじゃないだろ

:そんなことない

:俺もちょっと思ってた

:それは思ってても言っちゃダメだろ

:地雷踏んだな

:戦争始まりそう

:つかさは空気読まないから

:やばいだろ

:こいつムカつくんだけど

:知ったような口ぶりだな

:ゆうちゃん怒ってそう



「どうしてそうなるの? 私はひなたに友達ができるように手助けしてきたつもりよ」


「そりゃ、表向きはそうだろうけどさ。無意識では、ひなたから人を遠ざけようとしていたんじゃないの? きみはひなたを見守ってきたつもりだろうけど、その実監視してたんじゃないかな。ひなたが孤独であり続けるように。悪いけど、配信でのきみとひなたの話を聞いているとそうとしか思えなかったんだよね」


「違う! 私はいつだって陽向の幸せを願ってる! この子のためなら、私はなんだってするつもりよ」


「それがさ、嘘っぽいって言ってるんだよ。だってさ、ひなたにたくさん友達ができて、畢竟ひっきょう一番困るのはきみだろう。ひなたが人気者になればなるほど、今度は反対にきみが独りぼっちになるんだからね」


 部屋のドアが勢いよく開いた。入ってきたのは姫乃だった。姫乃は配信中にも関わらず、両手を握りしめて、つかさに向かって行く。強引にでも、会話をやめさせるつもりなんだろう。私は陽向の手でそれを制する。



「…………それがなんだって言うの?」


 つかさの言いたいことはよくわかった。陽向に友達ができれば、私という空想の友達の出番はなくなるだろう。実際、姫乃と同棲を始めた陽向は私と話す機会が減っている。それを疎ましく思ったのも事実だ。


 そうだよ、私は姫乃が憎い、あんたのことだって大嫌いだ。


 あんたちには生身の体があって、ずっと陽向の傍に居られる。この子の孤独を本当に癒してあげられる。そんなあんたらが羨ましいよ、妬ましいよ。でもね、


「私は所詮、陽向のイマジナリーフレンドなんだよ。この子が寂しさから、生み出した架空の存在なんだ。私は陽向の本当の友達にはなってあげられないから……だから、私はどうなったっていいの。陽向が笑っていられるなら、それでいい」


 陽向の眼から涙がこぼれるけれど、アバターの女の子は泣いてはくれなかった。ただ夕焼け空と同じその瞳を煌めかせるだけ。


 私は夕陽だ。陽向がそう私を呼ぶから私は夕陽になった。空と雲を鮮やかに色付かせる夕陽がこの世で一番綺麗な光だからって、陽向は私に一番をくれたの。でもね陽向、夕陽は終わりの色なんだよ。夕焼け空はわずかな刻を燃え尽きて、夜のとばりに閉ざされる宿命なんだ。


 でも大丈夫、悲しむことなんてないの。夕陽が綺麗に見えた次の日は、とびきりの青空が広がるのだから。私が見たいのは、その青空を見上げて笑っている陽向なんだ。


「その時は私も笑っているはずだから……」


 交代もそろそろ限界だった。激しい目眩めまいの中で目を閉じると、何か熱いものが体に巻きつく感触があった。


 目を開けると、姫乃が陽向の体を強く抱きしめていた。違う、姫乃は私のことを抱きしめていたんだ。


 あの心まで溶かしてしまいそうな熱は、人から抱きしめられた時の感覚だったんだ。私は初めてそれを知った。知らない方がよかった。


「なるほど、ゆうひちゃんの気持ちはよくわかった。でもね、僕は独りぼっちになったきみをひなたが放っておくとは思えないんだけど」


 そんなことあんたに言われなくても、わかってるわ。陽向のことは私が一番よく知っているんだから。


 私の親友は今も姫乃に抱かれたまま眠っている。その暢気のんきな寝顔に涙の跡が一筋の線となって残っていた。

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