10話 同棲しなさい!
学校の昼休み、お弁当を取り出した陽向は急にそわそわし始める。まあ、原因は分かりきってるんだけど。
「ゆうちゃん、わたし友達ができたんだよね?」
そうね、昨日のが夢じゃなければ。
「夢じゃないよ、わたしちゃんとほっぺたをつまんだから!」
昨日のオフコラボの後、陽向は興奮してしまって一睡もできてないのだから、夢であるはずがない。陽向は昨日の配信で、VTuber仲間の姫崎ルカと友達になった。陽向にとって初めての現実?の友達である。
「友達とお昼を一緒に食べるのは、おかしくないよね?」
そうね、別に普通だと思うけど。
「だよね? よし、わたし誘ってくる!」
陽向は喜び勇んで東條姫乃の席に向かった。確かに友達と昼食を共にしたって何もおかしくはない。もちろんそれが普通の友達だったらの話だけど。
陽向を待ち受けていたのは、昨日の微笑みが絶えない姫崎ルカじゃなく、仏頂面を浮かべた東條姫乃だった。
「あ、あの東條さん、一緒にお弁当食べない?」
「学校では話しかけてこないで」
辛辣な一言を姫乃は言い放った。姫乃の意図を察していない陽向はまたコミュ障モードに戻ってしまう。
「ご、ごごごめんね。わたし調子に乗ってた。……そうだよね。わたしなんかと本当に友達になんかなりたくないよね。昨日は話を合わせてくれたんだよね。ごめんね、変な勘違いして、もう話しかけたりしないから、安心して……」
しょんぼり顔で謝り続ける陽向に、姫乃は長い溜息を吐いた。
「陽向、そうじゃなくてね……そうだ。今日、あなたも事務所に呼ばれてるのよね?」
「うん、吉川さんが絶対来るようにって」
「あたしも呼ばれてるの。事務所まで一緒に行きましょう。放課後、校門で待ってるから、話はその時に」
「うん、わかったよ!」
陽向の顔がパァッと明るくなる。すっかり機嫌を取り戻した陽向は、自分の席に戻ってお手製の弁当をにこにこ笑顔で食べ始める。こんなに明るいぼっちもいるんだなと、クラスメイトたちは
放課後、姫乃と合流した陽向は、事務所に向かうために電車に乗り込んだ。座席に並んで座った二人は会話を他人に聞かれないよう声のトーンを落として話を始める。
「いい、陽向。学校ではなるべくあたしに話しかけない方がいいわ」
「どうして? せっかく友達になれたのに……」
「あたし達がVTuberだってことを隠すためよ。昨日のオフコラボもすごい人数に観られているの。あたし達を知っている人が学校にいないとも限らない」
「あ、そっか。そうかもしれないね」
「VTuberにとって、身元がバレるのはご
姫乃がクラスで孤立を選んだのにはそういう理由があったのか。美少女だから変に目立ってはいるけれど、他人との接触を少なくすれば確かに姫乃がVTuberをしてるとは気付かれにくくなりそうだ。そういう意味では、陽向もぼっちでよかったかもしれない。まあ、陽向の場合は自然にそうなったんだけど。
「そうだったんだ。てっきりわたしと一緒でシャイだからだと思ってたよ」
そんなわけあるか、と私は陽向にツッコミを入れる。
「そういえば、一つ訊いてもいい?」
姫乃は思い出したように陽向を見つめる。
「今日みたいにあの時も陽向はあたしに声をかけてきたわよね。あたしは近づかないでってオーラを出していたのに、どうして陽向はあたしに声をかけたの? あたしがVTuberだってことも知らなかったはずなのに」
「ああ、それはね……」
そういえば、どうして陽向は他のクラスメイトを差し置いて、わざわざ姫野に声をかけたんだろう。理由をはっきりとは聞いていなかった。
「東條さんがちょっとゆうちゃんに似てると思ったんだ」
「あたしが夕陽さんと?」
姫乃と私のどこが似ていると言うのか。まるで正反対じゃない。
「見た目とかじゃなくてね、雰囲気がね似てるの。だから、東條さんが恐い顔してても、本当は優しい人なんだってわかるの。ゆうちゃんも同じなんだ。だからつい話しかけたくなっちゃって」
「意外ね、そんな風に思ってたなんて」
「あ、でももう学校では東條さんに話しかけないようにするね。わたし、ちゃんと我慢するよ」
「ありがとう。けど、そんな努力、もう必要ないかもしれないわね」
「どうして?」
「あたし達、クビかもしれないから」
「へ?」
姫乃は自分のスマートフォンの画面を陽向に向けた。陽向と一緒に私も覗き込んだ。そこにははネットニュースの記事が並んでいる。どれも、青空ひなたと姫崎ルカに関する記事のようだ。
『多重人格VTuber 初配信で大騒ぎ』
『新人VTuber 国民的アイドルに宣戦布告!』
『テレライブ三期生あわや炎上か』
「さすがにトップニュースではないけど、あたし達もう結構やらかしてるみたい」
「あわわ、どうしようゆうちゃん。わたし達、クビになっちゃうかも!」
今更、ガタガタ騒いだって仕方ないわよ。今日、吉川と話せばどうせはっきりすることじゃない。
というか、ネットの記事をよくよく読み込んでみると、騒ぎになっている原因は全部私だった。やっぱりイマジナリーフレンドの私が安易に表に出るべきじゃなかったのかもしれない。
「まあ、クビになるかどうかはわからないけど、怒られるのは確かね」
「吉川さん、怒るとすっごく恐いよね。どうしよう、ゆうちゃん。わたし、生きて帰る自信ないよ」
仕方ないわね、その時は私が骨を拾ってあげるから安心しなさい。
事務所に着くと、二人は会議室に案内された。会議室にはすでに吉川が待ち構えていた。吉川はテーブルに肘を突いて両手を組み、どこぞの司令官のようなポーズを取っている。今にも人類滅亡が近づいているんじゃないかというくらい深刻な顔をしていた。
「来たわね、二人とも」
吉川は顔をあげて、陽向と姫乃を一瞥する。とにかく座りなさいと、二人を着座させると、彼女は立ち上がり、身を乗り出すように両手をテーブルに思い切り叩きつけた。
「単刀直入に言わせてもらうわ」
陽向も私も思わず唾を飲み込んだ。
「あなた達、同棲しなさい!」
言い終えてから吉川は満足そうに笑みを浮かべた。VTuber事務所はやっぱり変わったところみたいだ。陽向も姫乃も首を傾げて彼女を見つめていた。
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