9話 オフコラボ配信!
「り、リスナーの皆さん、こんばんワンコ! 今日もあなたの心に青空届けます。テレライブ三期生、青空ひなたです。今日は昨日トラブルで中止になった姫崎ルカちゃんの初配信に代わって
すごい、陽向がちゃんと台本を読めている。しばらく見ていない間に立派に成長したのね。
「しばらくって、離れてたのは一日だけでしょ、ゆうちゃん。それにわたしだって台本くらいちゃんと読めるもん!」
コメント
:お、待ってました
:早速台本って言ったな
:目線も台本読んでるのバレバレ
:今日もゆうちゃんと一緒に配信するんだな
:台本読めるだけ偉い
:最初の配信ではフリーズしてたからな
:昨日なんで中止になったん?
:機材トラブルだってさ
:ゆうひなてぇてぇ
「それじゃあ、ルカちゃん、自己紹介からお願いね」
そう言って陽向は、姫乃の背中に手をあてる。目で合図を送ると、姫乃もゆっくりと頷いた。姫崎ルカのアバターに魂が吹き込まれ動き始めた。
「ありがとう、ひなた。リスナーさん、初めまして。テレライブ三期生、三千世界を歌で轟かすバーチャルアイドル、姫崎ルカです」
コメント
:綺麗な声だな
:衣装良いな
:昨日から待ってた
:この子もとんでもないキャラなのかな
:テレライブだからな
:ゆうひなのインパクトには勝てないでしょ
:やっと三期生二人目か
:もう一人残ってるんだっけ?
: 蔭寺つかさ、元ゲーム実況者の
:え、最後あの子なんだ
:モデル可愛いな
昨日の姫乃の失態はそこまで尾を引いていないようだった。公式のアナウンスがしっかりしていたのと、こうしてオフコラボ配信が告知されたのが大きいだろう。青空ひなたの人気もそれに手を貸したみたいだ。
「昨日はあたしの不手際で、配信を中止してしまって本当に申し訳ありませんでした。今後はあのようなことは起こさないよう気を付けますので、どうかよろしくお願い致します」
姫乃はアバターの挙動の範囲でだけど、小さく頭を下げて謝った。たとえ、周りが気にしなくても彼女はあの失敗をずっと引きずることになるだろう。それは消えない後悔となって、彼女の中に残り続けるんだ。
「そ、それじゃあ今日はね、二人の自己紹介も兼ねて、リスナーさんから頂いた質問に答えていこうと思います。リスナーさん、たくさんの質問を投稿しれくれてありがとう。まず、最初の質問は、『二人の好きな食べ物を教えてください』だって」
おそらく答えやすそうな質問を吉川が選んでくれたんだろう。質問がまとめられた紙を陽向は読み上げている。これだったら、口下手な陽向でも話題に困ることはないし、自然に互いを紹介できるだろう。無難な方法だが、悪くない企画だ。
「えっとわたしはね、味よりも目で見て楽しめるような料理とかお菓子が好きかな」
「それはどうして?」
「だ、だってその方が、食べられないゆうちゃんも一緒に楽しめるでしょう。だからね、見た目にも凝った料理とかが、わたしは好きだな」
「ひなたは、いつもゆうひちゃん基準で物事を考えてるのね……今日持って来てくれたマカロンもそう?」
「うん、とっても可愛い色でしょう。マカロンはゆうちゃんのリクエストなんだ」
陽向、ちゃんと私の分も残しておきなさいよ。
「わかってるよ、ゆうちゃんにも後で食べさせてあげるから」
コメント
:てぇてぇ
:味は度外視なんやな
:見せつけてきますね
:マカロン美味そう
:今日は交代しないの?
:ゆうちゃんが何言ってるのか気になる
:俺は脳内補完できるようになってきたぞ
:マカロン食べてる女の子っていいね
:馬鹿、そういう設定だろ。裏では男とよろしくやってるよ
:設定おじさんまた出てきた
「……あたしは、なんだろうな。基本的になんでも食べられるけど。強いて言うなら、オレンジのタルトかな。昔、お母さんがよく作ってくれたの」
「あ、タルトもいいよね。フルーツが沢山盛り付けられてて、見た目にも華やかで。わたし、タルトのお店に行くとどれにしようか、いっつも悩んじゃうんだ」
「あたしもよ、季節限定のフルーツを使ったのとか、それとも定番のにするか、色々と迷ってしまうの」
「本当に困っちゃうよね。二つ食べるとお腹いっぱいになっちゃうし」
陽向は本当に嬉しそうに喋っていた。それはなんの変哲もない普通の会話だった。でも、だからこそ陽向にとっては特別なんだ。それはまるで友達とのお喋りみたいで、陽向にはそんな当たり前が今までなかったんだ。
もしかしたら、姫乃はVTuberとしてだけでなく本当に陽向と友達になってくれるかもしれない。そうなってくれたら私も嬉しい。だけど、同時に寂しくもあった。今まで私だけの陽向だったのに、それを急に他人に奪われるみたいだから。でも、姫乃だけじゃない。この配信を見てる大勢の人たちと陽向は仲良くなっていくんだ。きっと今に陽向には沢山の友達ができる。そうしたら、きっと私もお役目御免だろう。
あれ? そうなったら私はどうなるんだろう?
「ねえ、ゆうちゃん。ゆうちゃんはどら焼きが好きなんだよね?」
だから、私はドラえもんじゃないって言ってるでしょう!
「え? そっか、どら焼きじゃなかったんだ。じゃあ、これからゆうちゃんの好きな食べ物一緒に探そうね」
…………今はまだ考えなくていいか。陽向にはまだ私が必要だ。その後のことは、その時考えればいい。
「じゃあ、次の質問はね。『お二人がVTuberになった理由を教えてください』……わあ、なんだか恥ずかしいね。実はね、わたし今まで一人も友達ができたことなくて」
コメント
:知ってた
:ゆうひちゃんから聞いたよ
:コミュ障拗らせてたんでしょ
:俺も
:ワイも
:私も
:僕も
:わしも友達一人もいない
:ゆうひちゃんがいるじゃないか
:脳内親友な
:馬鹿、そういう設定だろ。裏では男とよろしくやってるよ
「そうなの。だからね、VTuberになったら、他のVTuberの人とか、リスナーさんたちと友達になれるんじゃないかって思ったの。そ、それが理由です……」
陽向はちらちらと姫乃の方を窺っていた。きっとまた姫乃が怒り出すんじゃないかと怖がっているんだ。その様子がアバターにも反映されているのが微笑ましかった。
「ねえ、ひなた」
「な、何? ご、ごめんね」
「どうして謝るのよ。あのね、ひなた。友達が欲しいのなら、あたしがひなたの最初の友達じゃいけないかな?」
「え? え?」
コメント
:おお
:ルカひな来るか?
:そういう友達ですね、わかります。
:てぇてぇか?
:いやでもひなたにはゆうちゃんがいるから
:結婚式会場はこっちだったか
:俺もひなたちゃんの友達になるぞ
:俺も
:私も
:ワイも
:馬鹿、そういう設定だろ。裏では互いに唾吐いてるよ
:ゆうひちゃん嫉妬してそう
「ひなたがオフコラボに誘ってくれたの、すごく嬉しかった。正直、昨日のことでとても落ち込んでいたから、ひなたが居てくれて助かったの。一人だったら、こんなに早く戻って来れなかったと思う」
「わ、わわわたしは何もしてないよ。た、確かにオフコラボしたいって言い出したのはわたしだけど、マネージャーさんがいなかったら準備も何もできなかったし」
「ううん、その気持ちが嬉しかったの」
姫乃の目は真剣そのものだった。冗談でもなく、その場限りのパフォーマンスで言っているわけじゃない。青空ひなたじゃなく、陽向に向かって姫乃は言っているんだ。
「あたしと友達になってほしい。お願い」
「……いいの? わたしなんかと友達になってくれるの?」
陽向は初めての事に大いに戸惑っているみたいだった。
「なんかじゃない、あなたは同じ三期生の大切な仲間よ。これから一緒に頑張りましょう」
「うん、ありがとうルカちゃん。これからよろしくね」
コメント
:友達出来てよかったな
:三期生いいな
:良い話やな
:てぇてぇな
:これが見たかった
:馬鹿、そういう設定だろ。裏では悪口言い合ってるよ
:設定おじさんは黙ってて
蔭寺つかさ:僕なしで盛り上がってるみたいだね
「あ、あの、ところで、友達ってどうやったら成立なのかな。何か契約書とか、誓約書とか書かなくていいの?」
「何もいらないのよ。普通は気付いたら自然に友達になってるものなの」
「気付いたら自然に? 嘘だ、今までそんなイベント発生したことないよ、わたし」
コメント
:契約書は草
:ずっとぼっちだったんだろうな
:自然に友達なんて出来ないぞ
:コミュ障は努力しないとダメだから
:末永くお幸せになって欲しい
「……えっと、それじゃあ、わたしは答えたから、次はルカちゃんね。……ゆうちゃん、わたしにも友達ができたよ」
よかったね、陽向。たった一晩目を離しただけなのに、あんたは沢山成長してるんだね。やっぱり傍から離れなければよかった。これからのあんたもきっといっぱい成長していくんだろうね。私はそれを一瞬たりとも見逃したくないって思ってるよ。
「……あたしは、大した理由あるわけじゃないの。飛ばして、次の質問に行きましょう」
だけどごめんね。また少しだけあんたの体を借りるわ。
「本当のことを言いなよ」
「え?」
「また逃げるつもりなんだ?」
青空ひなたのアバターが姫乃を問い詰める。しかし、それは陽向じゃなくて、私、夕陽の言葉だ。また陽向の体に交代させてもらったのだ。
「ひなた? いいえ、違う。そう、あなたがゆうひなのね」
「ええ、私が茜空ゆうひよ。私は陽向と違って甘くないから、覚悟するのね」
コメント
:ゆうひちゃん来た!
:なんか急に険悪になったな
:流れ変わった?
:戦争勃発か
:ひなたちゃんを巡って争うのか
:どうした?
:本当のこと?
蔭寺つかさ:面白くなってきたね
「本当のこと言いなよ、姫崎ルカ。あんたにはVTuberになる大した理由があったでしょう?」
「それは……」
「あんたはVTuberとして、リナシスよりもすごいトップアイドルになるって言ったはずよ。それとも、あんたの覚悟はあんな言葉くらいで揺らぐ程度のものだったの?」
「あたし、あたしは……」
姫乃はまだ言葉を見つけることができないみたいだった。わからないなら、私が全部言ってやる。あんたの目標は、あんたの信念はこんなものじゃなかったって。
「私が見たいのは、ひなたと友達ごっこに興じている姫崎ルカじゃない。顔と名前を捨てででも、自分の力だけでリナシスを超えるって豪語する姫崎ルカだ!」
「ゆうひさん……」
「たった一回、失敗したくらいで何落ち込んでんのよ! あの時の熱いあんたはどこに消えちゃったの? あんたの本気の姿、私たちに見せやがれ、馬鹿やろー!」
思いっきり叫んだら、また視界がぼやけてきた。もう陽向の体に留まるのも限界みたいだ。目を閉じる。そしてまた開いた時には、ひなたと押し黙る姫乃の姿が目の前にあった。
「はれ? わたし何してたんだっけ?」
「………………」
コメント
:あ、戻ったな
:何も覚えてないの怖い
:まさかのゆうルカだったか
:ゆうさん、今日も熱かったぜ
:リナシス超えるってマジか
:目標は高くていいだろ
:新人VTuberの分際でリナシス超えは無理だろ
:ゆうひちゃん、重要なとこで出てくるな
:今日もやばかったな
:これほとんど放送事故じゃね?
「? よくわかんないけど、次の質問にいくね、ルカちゃん」
陽向は質問の書かれた紙を読み上げようとする。しかし、それを姫乃は手で制した。
「ルカちゃん?」
「ひなた、もう大丈夫よ。質問ならもういらないわ」
姫乃は決意したように正面に向き直った。
「言葉でどれだけ言っても、それは証明にはならないと思うから。リスナーの皆さん、お願いがあるの。最後にあたしの歌を聴いて欲しい。これがあたしの始まりになる。三千世界の彼方まで声を轟かせてみせるから」
姫乃は手早く音源を用意して、再生を始めた。
「曲は、リナシスの『再誕』」
それはリナシスの代表曲の一つだった。姫乃の姉、綾乃がセンターで歌っている曲だ。
姫乃は歌い始める。鬼気迫る彼女の力強い声がリスナーに届き始める。それはリナシス本人たちにも勝るとも劣らない歌唱力だった。
コメント
:歌上手いな
:上手いってレベルじゃないだろう
:リナシス超えるって冗談じゃなかったんだ
:テレライブでも一番の歌唱力じゃないか?
:VTuberの域超えてるだろ
:感動した
:聴き惚れる
:リナシスより上手くね
:馬鹿、リナシスより上手いわけねーだろ
「すごいよ、ゆうちゃん。こんなにすごい歌、わたし初めて聴いたよ」
マイクから離れた陽向が私に囁いた。
私だってここまですごいとは思ってなかった。
「きっとルカちゃんはこれからアイドルになって、大勢の人を感動させるんだね」
陽向、あなたも負けていられないよ。同じVTuberなんだから、あなたも誰かを感動させられる人になりなさい。
「うん、わたし、もっと頑張るよ。だから、見守っててね、ゆうちゃん!」
歌が終わり、静寂が戻ってくる。誰もが息呑んで彼女を見つめていた。それがバーチャルアイドル姫崎ルカの誕生の瞬間だった。
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