8話 オフコラボしよう!

 姫崎ルカの初配信は公式には機材トラブルにより延期になったことになっている。暗闇で光る姫乃のスマートフォンで私はそれを知った。彼女がそのアナウンスを見て何を思ったかは知らない。ただその日、姫乃が眠れぬ夜を過ごしたことだけがその答えなのかもしれない。


 翌日も姫乃は学校にも行かず、自分の部屋に閉じこもっていた。家族からの呼びかけも、マネージャーからの連絡も無視して、ベッドにうずくまりひたすらに塞ぎ込んでいた。あれだけ大見得を切って、あの様だったのだからそれも当然か。今更人に見せる顔もないのだろう。まあ、私はあんたのその惨めったらしい顔を一日中鑑賞してたけどね。


 東條姉妹の確執かくしつがどれほどのものなのかわからない。けど、綾乃のあの言葉だけで、姫乃の自信が粉々に打ち砕かれたのは間違いないだろう。


 姫乃は姉を越えるためにVTuberになると言っていた。それほど、姉の存在は姫乃にとって重大なんだろう。


 綾乃は綾乃でそれをわかって、わざわざ配信直前に姿を見せたのだ。まったく、国民的アイドルのくせに随分と性根しょうねの曲がった女だ。


 それで、あんたはいつまでそうやってウジウジ落ち込んでるつもりなの?


「………………」


 陽向のこと、散々馬鹿にしておいて、それはないんじゃないの?


「………………」


 どれだけ言っても聞こえないんだから、言うだけ無駄か。でも私は怒っているからね。あんたのその不甲斐なさは、まるで陽向みたいよ。


 マカロンの約束がなかったら、すぐに帰っているところだ。こっちだって早いところ陽向の所に戻りたいのだ。だけどまあ、別にいいか。もう少し待っていれば、きっと向こう方から来てくれるはずだから。


 チャイムの音が家に鳴り響いた。姫乃の母親は今出かけていて、家には姫乃一人だ。彼女は居留守を決め込むことに決めたらしく、毛布を被って耳を塞いだ。しかし、玄関チャイムはしつこく何度も繰り返し押された。ピンポン、ピンポン、とそれはやかましいくらいに姫乃の部屋まで届いていた。


「……誰よ、もう」


 姫乃は根負けしたのか、体を重々しく動かして部屋を出る。インターフォンを取って、その厄介な訪問者の顔を睨んだ。


「……村谷さん? どうしてあなたが?」


 そこに立っていたのは紛れもなく陽向だった。


「あ、あの、きゅ、急に押しかけてごめんね。どうしても東條さんと話したくて、その。お家の場所は吉川さんが教えてくれたの」


 陽向は制服姿で、学校の鞄の他に何やら荷物を抱えていたようだった。


「…………あたしのこと笑いに来たの?」


 陽向はそんなやつじゃないよ、馬鹿だな。


「笑う? どうして? あ、もしかして昨日のこと? 機材トラブルだったんだよね。OBSって使い方難しいよね。わたしも事務所の人に教わるまで全然わからなくてさ……」


「……違うの」


「え?」


 受話器を持つ姫乃の顔は悲痛に歪んでいる。


「機材トラブルなんかじゃない。あたしが怖くなって逃げたの。VTuberから、アイドルから。だからもう、あたしにはその資格がないの」


「そっか、東條さんでも怖いことってあるんだね。わたしもすっごく怖かったな。あんな大勢の前で喋ったことなかったから。でも、わたしにはゆうちゃんがいたからなんとか乗り越えられた。だからね、東條さんも、きっと大丈夫だよ」


「何を言っているの?」


「東條さんにも仲間がいるでしょう。吉川さんや事務所の人、それからわたしも、東條さんの仲間だよ。あとゆうちゃんもね」


「ゆうちゃん?」


 陽向め勝手なことを言わないでよ。私はこんな女の仲間じゃない。まあ、陽向がマカロンをくれるなら手助けしてやらないこともないけれど。


「東條さん、前に言ってくれたよね。わたしともコラボしてくれるって。わたし、それが本当に嬉しくてさ。いつになるかなってずっと楽しみだったの。だから今日はね、お誘いに来たの」


「村谷さん……」


「えっと、姫崎ルカちゃん、わたし、青空ひなたとオフコラボ配信しませんか?」


 まったく陽向には人を見る目がないらしい。よりにもよって失敗して打ちひしがれている東條姫乃に声をかけなくてもいいだろうに。でも、あんたはそれでいいのかもね。あんたがそのまっすぐな心でぶつかっていけば、あんたを見る周りの目が変わっていくはずだ。


「……あたしと、あたしなんかとコラボしてくれるの? あたし、あなたにあんなに酷いこと言ったのに」


「当たり前だよ! 同じ事務所の仲間だもん!」


 姫乃が今どんな目で陽向を見つめているのか、それをそのまま陽向に見せてやりたかった。


 ほら、早く涙を拭いなよ、陽向が外で待ってるんだからさ。


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