6話 青空ひなたの初配信! 後編

「え、えっと、急に中断してごめんなさい。わたし緊張してたみたいで……」


 陽向はマイクに向かってもう一度、語りかける。今度は上手くいくといいのだけど。もう私には見守ることしかできそうにない。


コメント

:ゆうひちゃんが繋いでたから大丈夫

:茜空ゆうひ

:咄嗟とっさに名前考えてなかったか?

:戻ったのか?

:また声が変わった

:喋り方全然違うのな

:演技力すごいな

:俺役者やってるけど豹変する演技は簡単じゃない。簡単に戻したりもできないし

:じゃあガチで多重人格なんじゃね

:でも病的な感じしないね

:ゆうひちゃんまた見たい



「あ、そっかゆうちゃんと交代してたんだ。ゆうちゃん、何か喋ってたの?」



コメント

:あなたのこと熱く語ってましたよ

:ゆうひなてぇてぇでした

:今きた。

:伝説の配信と聞いて

:もう面白いとこ終わったぞ

:トレンド入りしてた

:ゆうちゃんまた出てきて



「え? わたしのこと話してたの? もう、恥ずかしいな」


 陽向は照れた顔で隣立つ私を見遣る。


「でも、嬉しいな。みんな、ゆうちゃんとお話ししてくれたんだね。ゆうちゃんも、わたし以外の人と話すことないから、きっと喜んでると思う」


 別に喜んでなんかない。陽向が不甲斐ふがいないから仕方なく出てきただけだ。



コメント

:俺も喜んでる

:ゆうちゃんすこでした

:俺はひなた推しだから、ひなちゃんも喋ってほしい

:ゆうひな同時に見たい

:二人の関係は?

:馬鹿、そういう設定だろ



「ゆうちゃんはね、わたしにしか見えない友達なんだ。独りぼっちだったわたしの傍にずっといてくれるの。普段はツンツンしてるけど、本当はすっごく優しいの! 何をやってもダメなわたしをいつも励ましてくれるんだ」


 私は優しくなんかない。ウジウジしている陽向の尻を叩いてやっているだけだ。それに私にも陽向しか話し相手はいない。要は腐れ縁なのだ。



コメント

:イマジナリーフレンドってやつか

:良いコンビだな

:だからそういう設定なんだろ、裏で男とよろしくやってるよ

:たとえ設定でもてぇてぇ

:今後も二人で配信するのか

:ゆうひなは二人で一人なんだよ



「そうだね、二人で一人なのかも。わたし、ゆうちゃんがいないと生きていけないよ」


 陽向は肯定的なコメントにうながされて、それから自分のことそっちのけで私の話ばかり繰り返した。ずっと誰かに話したかったのだろう。さっきまでの緊張が嘘みたいに、陽向の口から言葉がどんどん溢れ出した。私の話ができて陽向はよっぽど嬉しいのか、顔は明るい笑顔に変わっていく。陽向のアバターもそれを忠実に再現してくれた。


 視聴者も何が面白いのか、そんな陽向に付き合ってくれている。コメントは次第に増えていき、ものすごいスピードで流れ始める。現実で、空想の友達の話なんかしたらドン引きされるだけだ。なのに、ここの人たちは何の抵抗もなく受け入れてくれる。VTuberも案外悪くないのかもしれない。


「あ、マネージャーさんからメッセージ来てる。『延長してもいいけど、そろそろ切りの良いところで終わって』だって。ああ、もうそんな時間なんだ。まだゆうちゃんのことで話したいこといっぱいあるのに。ってわたし、プロフィール紹介全然できてないや」


 吉川が用意した台本も無駄になってしまったようだ。まあ、台本通りに進むなんて、陽向では土台無理な話なのだ。小学校の学芸会でも一言しかないセリフを忘れて固まっていたくらいだから。


「そ、それじゃあ、青空ひなたの初配信はそろそろ終了ということで。きょ、今日は忙しい時間を割いて観てくれてありがとうございました。また観てくれると嬉しいな……」



コメント

:また来る

:青空ひなたチャンネル応援するわ

:推し決定

:早くアーカイブ出してくれ

:伝説の始まり

:次の配信いつ?

:全裸待機するわ

:はよ収益化してくれ

:期待してる

:死にたい



 トラブルもあったけれど、何とか次につながる配信ができたと思う。陽向も後半はよく喋れていたし、普段の陽向を思えば上々の結果だと言える。


 あとは配信を終了するだけだ。さすがの陽向も操作方法までは忘れてはいないだろう。


「えっとじゃあ、配信切りますね…………待って! や、やっぱりまだ続けます」


 どうしたの陽向? もう終わらせてもいいんじゃない?


「ダメだよ、待って。どうして? どうしてそんなことを言うの?」


 陽向に私の声が届いていなかった。陽向がじっと見ていたのはあるコメントだった。


「死にたいなんて、嘘でも言っちゃダメだよ。どうしたの? 何か嫌なことがあったの?」


 私も画面をよく見て確かめる。確かに死にたいと誰かがコメントを残していた。配信と関係のある発言とも思えないし、向こうだって気まぐれで書き込んだだけだろうから、無視してもいいはずだった。でも、陽向はそれを見逃すことができなかった。そのコメントは見事に陽向の地雷を踏み抜いたみたいだ。



コメント

:急にどうした?

:延長すんの?

:そんなコメント無視しなよ

:気にしなくいいだろ

:ひなた大丈夫か

:誰だよコメントしたやつ

:普通にNGでいいだろ

:また雰囲気変わったな



 コメントも急な延長にどよめいている。ネットの世界にはネガティブな言葉なんていくらでもある。それに一々反応などしていられないだろう。


「それでも、わたしは嫌だよ。わたしの配信を観てくれた人に、死にたいなんて言って欲しくない。お願い、さっきコメントした人、まだわたしの話を聞いてくれてるなら応えて。どうして死にたいなんて書いたの? 辛いことがあるのなら、わたしに話して欲しい。役に立てるかわからないけど、でも、少なくともわたしはあなたに死んでほしくないって思ってるよ」


 それからいくら陽向が呼びかけても、コメントのあるじが答えることはなかった。


「絶対、死にたいなんて考えちゃダメだよ! どんなに生きたくても明日を生きれなかった人がいるの、生まれてこれなかった命もあるんだよ……」


 陽向、あんたの言ってることは正しい。でも、正論だからって人を救えるわけじゃない。追い詰められている人にとっては、正論なんて耳障りの悪い言葉でしかないんだ。本当に死にたがっているやつにそんなこと言っても無駄だ。私たちには放っておくしかないんだよ。


「でも、嫌だよ。無視なんてできないよ。そうじゃなきゃ、わたしがわたしでいられない」


 泣きじゃくる陽向を後ろから抱きしめてあげたかった。でも、私は陽向に触ることができない。


 これから頑張ればいい。陽向がVTuberとして活動を続けていけば、きっと誰かの希望になれる日が来る。そうすれば、陽向も誰かを救うことができるはずだ。


「……うん、わたし頑張るよ。もっと頑張るから」


 結局、配信はそこで終了にした。せっかく良い雰囲気だったのに、陽向はそれを自分で台無しにしてしまったんだ。


 配信が終わると、すぐに吉川が通話をかけてきた。陽向は逃げることなく、それに応じる。


「吉川さん、ごめんなさい。わたし……」


「……どうして社長があなたをスカウトしたのか、今日それが分かった気がする」


 吉川の声は怒ってなどいなかった。むしろそれは穏やかで優しい響きがする。


「わたしは何もすごくないんです。すごいのはゆうちゃんで、わたしは何もできなくて……」


「夕陽のことだけじゃないわ。陽向ちゃん。あなたはVTuberとして、一番大事なことがわかっているわ」


「大事なこと?」


「あなたの配信、視聴者数も、コメント数もすごい伸びていた。他のVTuberの配信でもなかなか見れない数字よ。もちろん、反省すべき点も多いけれど、良い配信だったと思うわ。いい、忘れないで。この結果は単なる数字じゃないの。青空ひなたのアバターの中にあなたという一人の人間がいるのと同じように、再生数にも、コメント数にも、その数字の向こうにはちゃんと人間がいるの。その誰もが各々の人生を抱えている。あなたはその重みをわかってあげられるはずよ。だからね……」


 吉川は一度言葉を止めて息を吸った。


「あなたはきっと良いVTuberになれる。私は今日それを確信したの」


 反省会はあとでみっちりやるから今日は休みなさい、と吉川は言い残して通話を切った。その時には陽向の涙も止まっていて、そうしてようやく青空ひなたの初配信は終わりを告げたのだった。


 私は明日が楽しみで仕方ない。明日の陽向はもっとすごいと、自信を持って言えるからだ。

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