4話 Vtuber 青空ひなた誕生!
「待たせてしまって、ごめんなさい。ちょっと用意するものがあってね」
陽向と姫乃のいる会議室に資料を持った吉川が入ってくる。
「あれ、二人だけなの? もう一人はまだ来てない?」
吉川の前には陽向と姫乃しかいない。まあ、正確には私もいるけれど、吉川には見えるはずもない。
「もう一人? 三期生は二人だと聞いていましたけど」
「今日、一人増えたのよ。社長の鶴の一声で、この子が選ばれたの」
吉川は皮肉混じりに陽向を指差した。姫乃の冷たい視線が陽向に突き刺さる。
「あなた、社長の親戚か何か? どう見ても実力で選ばれたようには見えないのだけど」
「えっと、わたしは……」
陽向はまた口籠ってしまう。姫乃の冷淡な態度では普通の人もたじろいでしまうだろう。
「まあまあ、陽向ちゃんも昨日声をかけられたばかりでよくわかっていないのよ。そんなに責めないであげて。……それにしても、つかさのやつ、初日から遅刻なんて度胸があるわね」
どうやらここに来ていない三人目はつかさという名前らしい。時間通りに来ないということは相当ズボラな人間なのだろうか。
「まあいいわ、先に始めましょうか。二人は自己紹介は済んだの?」
「……いいえ」「あ、えっと、まだです」
「……そう、じゃあ私から紹介するわね。こっちがテレライブ三期生の
「……姫崎ルカ?」
急に知らない名前が飛び出して陽向は困惑する。
「あたしのVTuberとしての名前よ。村谷さん」
姫乃が
「そしてこっちは、
「……青空ひなた。それが、わたしの名前ですか」
「そうよ。さっき社長が考えてくれたの。良い名前だと思うわ。陽向ちゃんがそれでよければ、そのまま採用するわ」
「は、はい! わたし、気に入りました」
青空ひなた……確かに陽向のイメージにぴったりの名前だった。あの社長もなかなか良い名前を考えるじゃない。
「それはよかった。それで青空ひなたのアバターのことだけど、今から発注しても到底間に合わないから、うちの会社でストックしてるアバターの中から、イメージが合いそうなのを
吉川は資料を陽向に渡した。資料には画像が印刷してあって、ボーイッシュな衣装に身を包んだショートボブの可愛らしい女の子が写っている。頭からは青い犬の垂れ耳が生えていた。
「……これがわたしですか?」
「そう、多少は自分に似ている姿の方が愛着湧くでしょう?」
「え、えっと、すごく可愛いです。でも、なんで犬の耳があるんですか?」
「あれ不満かしら? でも、陽向ちゃんは猫というより犬よね?」
それについては吉川に賛成だった。陽向は私の言う事に忠実だし、臆病でいつもビクビク震えているのも子犬によく似ている。
「あ、そうじゃなくて、どうして人間に動物の耳が生えてるのかなって……」
「ああ、それはもう、そういうものだから仕方ないのよ。他にもツノとか翼とか魔法陣とか色々あるけど、選んでみる?」
「あ、別に大丈夫です。これでいいです」
陽向は何かを察したようで、大人しく引き下がった。VTuberが妙な業界なのが薄々わかってきたんだろう。ちなみに姫乃こと姫崎ルカのアバターも見せてもらったけど、普通に人間の美少女の姿をしていた。
それから吉川は、三期生の初配信までのスケジュールを説明してくれた。陽向の初配信に向けた準備も急ピッチで進めるらしい。陽向も陽向で、機材の扱いや配信の仕方など覚える事がたくさんあるようだった。でも、そこも吉川や会社のサポートがあるので、陽向でもなんとかなりそうだった。
そうして初めての顔合わせが終わった。その頃には人と話すのに慣れていない陽向はすっかり疲弊していた。ほうほうの体で事務所を後にする陽向だったが、事務所の入っているビルを出たところで姫乃に呼び止められる。
「村谷さん、ちょっといい?」
「え、えっと、ななな、なんでしょうか?」
さっき言葉を交わしたばかりなのに、陽向はしどろもどろに姫乃に向き合う。
「一つだけ聞いておきたいの。……あなたはどうしてVTuberになりたいの?」
「え? それは、社長さんにスカウトされたからで……」
「違う、それはきっかけでしょう。あたしはあなたがVTuberをやる理由が知りたいの」
姫乃の声色は相変わらず厳しいものだったけど、教室での冷酷な態度とは違って、真剣さが眼から感じられた。陽向を単なる背景ではなく、ようやく一人の人間として認識し始めたのかもしれない。
「……わたしは、東條さんも知ってるかもしれないけど、学校ではいつも一人で、というか
「何それ? あなたは友達が欲しくてVTuberになるの?」
「う、うん。それが理由じゃ、だめかな?」
違うよ、陽向。どんな理由でもいいんだ。それが自分にとって重要な事なら、胸を張っていいの。それを他人が
姫乃は呆れた様子で陽向を見ていた。そこには失望も含んでいるかもしれない。
「そんな半端な理由で、VTuberとして通用するとは思えない。……いいえ、別に構わないけれど、あたしの足を引っ張るようなことだけはしないで。言いたいことはそれだけ」
姫乃は陽向に背を向けて歩き出した。
「あ、待って!」
気付けば、陽向は一歩前に踏み出して、姫乃の肩を掴んでいた。
「何?」
不快そうに姫乃が振り返る。
「……聞かせて、東條さんはなんでVTuberをやるの?」
そうだそうだ。陽向を馬鹿にするくらいだから、大層ご立派な理由があるんだろう。聞かせてもらおうじゃないか。
「簡単よ。あたしは姉を超えるアイドルになる。それがVTuberをやる理由」
「お姉さん? アイドル?」
「あたしの姉は、国民的アイドルグループでセンターを張ってるトップアイドルなの。あなたも名前くらいは聞いたことあるでしょう。『リナシス』の
リナシメントシスターズ、通称『リナシス』はテレビでもネットでも人気絶頂のアイドルグループだ。陽向も私もファンじゃないけど、名前は知っているくらいには有名だ。姫乃の姉がアイドルをやっているという噂は本当だったらしい。
「で、でもどうしてVTuberなの? お姉さんと同じアイドルを目指さないの?」
確かに陽向の言う通りだ。姫乃ほどの美少女ならアイドルとしてデビューだってできるはずだ。
「あたしは、あたし自身の力で評価されたいの。あたしは姉とよく似ているから、この姿で芸能界に出ても、トップアイドルの妹として売り出されるだけ。だからこそ、VTuberなの。本当の顔と名前を隠してでもアイドルになる。あたしは純粋に自分の力だけで姉を超えたいから」
姫乃の顔を見れば、生半可な覚悟で言っていないのが伝わってくる。実際、その意気込みのままにVTuberのオーディションを彼女は勝ち抜いたのだろう。確かに陽向とは目標の次元が違うみたいだ。
「だから、あたしはあなたに構ってる暇なんてない。友達作りなら、
今度こそ姫乃は足早にその場を離れた。陽向は何も言えずに立ち尽くしていた。
東條姫乃。陽向のVTuber仲間ではあるけれど、一筋縄ではいかないようだ。
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