第167話 帰りの道中、堂々巡り


『赤き左手』の清涼剤男ナンバーワンのことなどすぐに忘れて、王都の西門の先まで進んだ俺たちは、いつものようにタートル号に乗り込んだ。


「テルミナに向けて、出発しゅっぱーつ

 サー、飲むぞー! 待て待て、先に風呂に入った方がいいな。黒ちゃんお湯の準備頼む!」


 すぐに黒ちゃんが浴室に走って湯舟にお湯を入れ始めてくれた。すぐに湯舟はお湯でいっぱいになるので、俺の方はダークサンダーを収納し服を脱いでおくことにした。改めて見ると、俺の余所行きはほとんど溶けてしまっている。危ないところだった。たった右腕一本で済ませたのは安すぎた。もう一本取っとけばよかった。


 そういえば、ここにはゴミ箱がないな。いずれ、コロちゃんにゴミを食べさせるにしても、いったんまとめておいた方が便利だろう。


「トルシェ、ゴミ箱を作ってくれないか?」


「それなら、ゴミも排水と同じようなものだから、下にゴミ捨て場を作ったほうがいいでしょ」


 そう言って下に向けて空間拡張をして、床をあらためて作り直し、ゴミ箱に見えなくもない筒がその床の上に一つ作られた。その筒の上からゴミを投げ入れれば、下のゴミ捨て場にゴミが落ちていくわけだ。


「これだとゴミの臭いで部屋の中が臭くならないか? いや、適当なところでコロちゃんに食べさせればいいだけか。後は、いったんゴミを溜めておく箱が何個かあった方が便利だろ? 黒ちゃんが掃除するにしても、コロちゃんがいつもゴミを食べるわけにもいかないからな」


 そういうことで結局トルシェに50センチ角のゴミ箱を4つほど作ってもらった。キッチン、寝室、風呂の前、酒盛りをしているダイニングテーブル脇に一つずつだ。ゴミ箱にたまったゴミは黒ちゃんがゴミ捨て場に棄て、コロちゃんが適当な時にそのゴミを食べるという作戦だ。


 ゴミ箱のことでお風呂にお湯を入れていたことを忘れていたので、急いで裸になって、浴室に入った。ボロボロになった余所行きはゴミ箱の中に捨てようかと思ったが『暗黒の涙』が付着しているので確実に処分する必要がある。そういう訳なのでコロちゃんに食べてもらった。


 今回はいつも以上に体をよく洗って湯舟の中に。俺の体にも『暗黒の涙』が付着しているはずなので、俺たち3人には何の影響もないけれど、あとで黒ちゃんに浴室の掃除をしっかりしてもらう必要がある。


 俺が湯舟入っていたら、トルシェとアズランが浴室に入ってきた。相変わらずトルシェは体を洗わずそのままザブンと湯舟に飛び込んでくる。アズランの方はちゃんと体を軽く洗ってから湯舟に入ってきた。


 トルシェの親の顔が見たいものだと思ったら、すでに亡くなっていると言っていたことを思い出した。さすがの俺も本人に向かって言えんわ。逆に孤児だったというアズランを誰が躾けたのかが気になる。まさか、さっきの一服の清涼剤男じゃなかろうな?


 風呂から出た俺とアズランは軽くタオルで体を拭いた後、ドライヤーゴーレムで体を乾かした。トルシェだけはタオルで体を拭きもせず、びちょびちょに濡れた体を、自分のドライヤー魔法で乾かしている。


「飲むぞー!」


 俺とアズランが服を着ている間に、トルシェがマッパで駆けだして、例の冷蔵室の壁を開いて中から冷えたエールの樽を抱えて出てきた。


「ウフォー、意外と冷蔵室の中が涼しい」


 そりゃいくら風呂上がりでも、マッパで零度近い部屋の中に入れば涼しいだろうよ。


 冷蔵室から取りだした樽をキッチンに置いたトルシェはテーブルの椅子に座って足をブラブラさせながら、黒ちゃんがジョッキにエールを注いでくれるのを待っている。


 俺たちも順に席に着き、黒ちゃんから渡されたジョッキを持って、


乾杯カンパーイ!」



 それから、どんちゃん騒ぎをするわけではないが、三人で飲み明かしたわけだ。



 前方のスリットのぞきあなから前を見たら、タートル号は前回立ち木をなぎ倒してできた林道を正確にたどってテルミナに向かっているようだ。自然破壊を最小限に済ませるとはさすがだ。気になったのは、林道上にところどころ赤黒いしみが見えたことだ。タートル号の前進の尊い犠牲になったなにがしかの生き物の残骸だろう。


 ついしんみりしてしまったので、席に戻って、


「黒ちゃん、俺には、赤で」


 気分を変えて赤ワインを頼んでおいた。


 日本酒があれば、刺身も食べたいが、醤油がない。あー、そういったことを思い出したのがいけなかった。日本食が無性に食べたくなってきてしまった。ここは忘れるに限る。


「黒ちゃん、悪い。赤は取りやめて、濃い蒸留酒で頼む」


 黒ちゃんが透明の液体の入ったグラスを俺に渡してくれた。


 グラスを鼻先に持っていき匂いを嗅いだがほのかにアルコールの匂いがするだけだ。一口飲んで、


「ホー! これは効くー! こんなのどこで仕入れたっけ?」


「酒屋で一番濃い酒って店の人に言ったら、これでしょうということで10本ほど買っておきました」


 アズランが買っていてくれたらしい。


「これは、頭の中が空っぽになるような酒だな。頭の中が空っぽの俺の頭だと、全然影響ないな。ワッハッハッハ」



 自分でも分かるくらいハイテンションになってしまった。


 スケルトン時代は頭の中が空っぽ以上に、体全体が骨しかなくて空っぽだったしな。最近よく昔のことを思い出す。歳をとったんだろうな。こういった強い酒もいいが、日本酒だよな。日本酒と来れば刺身だ。魚は手に入るが、醤油がないしわさびもない! 日本食が無性に食べたくなってきてしまった。これはひょっとして堂々巡りしてないか?





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