第157話 ご隠居さま2
市長秘書が全く俺の話を信用しない。
「嗤っているが、王都で王権が次の国王に禅譲されたのを知らないのか?」
「その件については存じています。二日前王都よりここテルミナに知らせが届きました。それは美しい女王陛下だというお話を使者の方から伺っています。あなた様がお美しいのは認めますが、今上陛下の前の陛下はクレオン1世陛下。クレオン1世陛下は男性です」
まずったな。確かにこの秘書の言うのはもっともだしマリアが新しい女王になったことはまだこの街には知らせが来ていないのだろう。
天下公認の印籠でもあれば話は別だが、俺が前国王であることを示すものが何もない。だったらご隠居様ゴッコはやめて実力行使だ。俺がここの市長になればいいだけだ。それでこの馬鹿どもをぎゃふんと言わせてやろう。
「お前ではらちが明かないが、それはお前の責任ではないことは認めよう。ただ、俺の言ったことは真実だ。王都の黒いスケルトン軍団のことは聞いているか?」
「もちろんです。今上陛下がお連れになった無敵の軍団とかいうお話です」
無敵の軍団と聞いてちょっと嬉しくなったが表情は変えず、
「そうか。ならば、
トルシェ、ブラックスケルトンを百体召喚してくれ。それでこの市庁舎を占拠する。いちおう、抵抗するヤツは半殺しくらいはいいが殺さないように。アズランとフェアがいないから万能薬もすぐ使えないしな」
「はーい!」
俺の後ろに立つトルシェが後ろの廊下に向かって右手を一振りした。すぐにブラックスケルトンが床から浮き上がるようなビジュアルで召喚されて、部屋の外の廊下にあふれた。今回の視覚演出はなかなかの迫力だった。トルシェの芸術的センスが光った演出だった。
そのスケルトンたちにトルシェが簡単に指示を出した。その指示に従って、スケルトンたちは市庁舎の中に広がっていった。
市庁舎のいたるところから、ドタバタする物音や女の悲鳴なども聞こえてきた。目の前の秘書は青い顔をしている。仕方ないよな。女神さまのお言葉を疑ってただで済むはずはない。
「お前が俺の言葉を疑うものだから、もうじき市庁舎は俺たちのスケルトン軍団で占拠される。しかも、俺はここの市長を
「私の勝手な判断でお止めしてしまい、申し訳ありませんでした。市長はただいま外出しており不在です」
「仕方ない。市長の帰るのを待つとすか。俺がそいつをたった今解任したから今はもう市長じゃないがな。解任の手続きをしておいてくれ。前女王の名で書類を作ってくれればサインしてやる。前市長が帰ってくるまで市長室で待つとしよう」
入り口の先にもう一つ扉があり、その先が本当の市長の執務室のようだ。
市長秘書を残してそのまま執務室に入っていく。扉にカギはかかっていなかった。
さして広くない部屋の奥に机が置いてあり、隣に金庫のようなものが置いてある。
この金庫はどう見ても市庁舎の備品だ。ゆえに俺のものと言って差し支えない。
「コロちゃん、いつものように金庫の扉だけ食べてくれ」
俺の腰のベルトに擬態しているコロちゃんの触手が金庫の扉にのびて、アッというまに扉がなくなった。部屋の入り口でそれを見ていた秘書が目を見開いていた。
「トルシェ、何か面白いものがないか確認してくれるか?」
「はーい」
嬉々としたトルシェの返事が返ってきた。こういったことが大好きなトルシェに任せておけば何か面白いものを見つけ出してくれるだろう。
俺の方は市長の机の引き出しの中を漁ることにした。案の定机の引き出しの中には当たり障りのなさそうなものしかなかったのだが、
「ありましたー!」
トルシェがまた何か面白いものを金庫の中から見つけたようだ。
「南区画の復興計画の入札の談合と、道を通すとか言って立ち退かせ、安く買いたたいた土地の転売指示。予算の不正流用。続々出てきたー」
「そういったものはどこの街でもやってるんじゃないか?」
「そうかもだけど、不正は不正。証拠があれば断罪しないと」
「それはそうだ。俺は直接的には司法権を持っていないかもしれないが、女神の名のもとに悪人を断罪する権利を有するのだ!」
カッコいいことをただ言ってみただけだが、口に出してみるとそんな気がしてきた。
「やっぱり、財産没収の上一族郎党さらし首が妥当な刑罰だろうな」
「首チョッパか、串刺しか、はたまた火あぶりか。縛り首は見た目不潔だからやめた方がいいですよ。いずれにせよ、女神さまの裁量の範囲でしょう」
「だよな」
「だって、ダークンさんに文句の言える人間なんていないもの」
「そりゃそうだ。ワッハッハ。証拠の書類は机の上に置いといてくれ」
「はーい」
秘書の女はまだ出入り口の辺りに突っ立っていたのだが、今の話を聞いたらまた青い顔をして、今度は足を振るわせ始めた。トイレに行きたいんなら早く行きなよ。それともこの秘書は市長の係累なのか?
「トルシェ、一族郎党には、愛人とか情婦とかは入るのかな?」
「それは入るでしょう」
秘書の女は、こんどは、ガタガタ震えはじめた。分かりやすいヤツだ。
そんな話をしていたら、部屋の外が騒がしくなってきた。それからすぐにブラックスケルトンのペアに挟まれた小太りの男が顔を腫らして市長室に連行されてきた。
それを見た秘書が、
「市長」
と小さく声を出した。
この小男が市長か。顔を腫らして、口元から血を流しているところを見ると
市長が帰ってきたら連れてこいとはスケルトンたちに明示的な命令を与えていなかったはずだが、ちゃんと自分たちで判断したようだ。こいつらはAI装備のタートル号と違って召喚されたものたちだ。スケルトンの世界ににもちゃんとした文化があるのかもしれない。大したものだ。
俺は市長の椅子に座って、机の前に引っ立てられた
目元も腫れているため、細目になった小男がびくりとしたようだ。
「お前がここの市長か? いやもう俺が解任しているから前市長だな」
小男はもごもご何か言っているのだが口は腫れているし、見た感じ歯が何本も無くなっているようだ。そのせいで、何を言っているのか聞き取れない。
「お前が前市長だとして話を進めよう。
この俺はこの国の前女王『常闇の女神』だ。今この市庁舎を占拠しているスケルトンたちは俺の配下ということになる。聞いたことがあるだろ? 王都の黒いスケルトンのことは。あれもこれも全部俺の配下だ。
それでだ、今そこの金庫の中を調べさせてもらった。お前さん、いろいろ面白いことをやってるみたいじゃないか?
ああ、そういえばお前が冒険者ギルドに出した依頼を見たぞ。お前が討伐してくれと依頼を出した討伐相手は俺のメイドだ。大方お前のガキに頼まれたのかもしれないがバカなことをしたものだ。そんなことをしてなければ、わざわざ俺がここまで出張ることは無かったんだがな」
小男の赤く腫れた顔が青くなった。分かりやすいヤツだ。
「どこも同じことをしているのかもしれないが、俺が知った以上お前を断罪しないわけにはいかない。国民をだまし私服を肥やしたうえ、さらに本来国のものである財産に手を付けたわけだ。刑は国家反逆罪だよな。一族郎党全員処刑の上財産没収だ。国のために笑って死んでいけ!
おい、秘書の女」
「は、はい」
「この街の治安機構のトップを呼んで来てくれないか?」
「警備隊長でしょうか?」
「そいつが街の治安のトップならそうなんだろう」
「私一人が行ったところでここにお連れできるかどうかは分かりません」
「わかった。
トルシェ、この女に二十体くらいスケルトンを付けてやってくれないか」
「はい、はーい」
すぐに二十体ほどのブラックスケルトンが召喚され廊下の外に並んだ。
こうしてみると、たかがブラックスケルトンだが数は力だな。
「廊下にスケルトンが二十体ならんでいる。そいつらを連れて行って警備隊長を呼んで来い。ぐずぐず言うようなら引きずってこい」
「は、はい」
そう言って、秘書の女は駆けだしていった。スケルトンたちはもちろん女の後についていった。スケルトンが後ろに二十体もいれば、女も勝手に逃げ出せないだろう。
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