第158話 ご隠居さまからお奉行さまへ


 秘書の女に警備隊長を呼びにやらせた。待っているあいだ何もすることがないので、トルシェと二人、木の実を食べて待っていることにした。


 今回は俺はクルミだ。トルシェはいつものピスタチオ。ガントレットを外した手で殻を割って実を口に運び、殻の方は目の前でスケルトンに取り押さえられたまますくんでいる前市長に投げつけてやる。殻が当たるたびにビクッとするようだ。まさに虐めだな。


 十分ほどそうやって待っていたら、廊下の方が騒がしくなってきた。戻って来たようだ。


 秘書と一緒に現れたのは、黒っぽい革鎧を着たいかついおっさんだった。この男が警備隊長か。見た目は真面目そうに見える。


「ここテルミナにはまだ知らせが来ていないようだが、前女王、お前たちの認識では現女王だ。いまは俺のスケルトンくらいしかそれを証明するものはないがな。お前が俺を信じる信じないは勝手だ。信じない場合は、お前を解任して誰か適当なヤツに挿げ替えるだけだ」


「私はテルミナの警備隊長を務めるハウゼンと申す者です。あのブラックスケルトンを見せられた以上、あなたさまを女王陛下と認めます」


 そう言って警備隊長は俺の前で跪いた。


 この男、なかなかできるな。


「わかった。立っていいぞ。

 それでな、そこにいる小男。俺が先ほど解任したので前市長だが、こいつはいろいろ悪さをしていた。証拠は机の上に乗っている書類だ」


 警備隊長がスケルトンに両側を挟まれた小男を一瞥して、うわぁ、という顔をした。警備隊長のくせに荒事に慣れていないのか? まあ、警備隊長にもなれば基本は書類仕事が主だろうからそんなものか。


「一応、いろいろ罪を犯しているようだが、最大の罪は、国家の財産をかすめ取ったところだな。これは国家反逆罪相当だと思うが、どうだ?」


「は、はい。その通りだと思います」


「国家反逆罪に対する刑罰は?」


「財産の没収および、三親等まで処刑です」


「だよな。即刻そのように取り計らえ。行って良し。この男を連れて行けよ」


「はい」


 警備隊長と、スケルトンに挟まれた小男が部屋から出ていった。警備隊長は証拠の書類を持っていかなかったが、刑が確定している以上も証拠は不要だものな。


「ダークンさん、見事な裁きでしたね!」


 裁いたというより刑を言い渡しただけだが、トルシェにそう言われればそんな気がしてきた。水戸のご老公から、北町奉行にクラスチェンジしたようだ。そのうち全国の街を行脚して不正をただしてやろうか。そしたらご老公奉行だ。


「トルシェ、俺をおだてても何もでないぞ。ハッハッハ」


「フフフ、ハッハッハ」


 俺たちが市長の執務室で大笑いしていたら、秘書の女が泣きそうな声をして、


「私、体調がすぐれませんので早退させていただいてもよろしいでしょうか?」


「体の調子が悪いのなら仕方ない。帰っていいぞ」


 アズランとフェアがいれば万能薬で直ぐ治せたはずだが残念だったな。


 俺が許可したとたん、秘書の女はバタバタと逃げるように市長室から出ていった。いや、ほんとに逃げていったのだろう。


 これで、この街も落ち着いた。拠点のワンルームで洗濯物を回収して王都に帰るか。


「あの秘書がいなくなってしまったから市長の引継ぎを誰にさせるのか決められないな。スケルトンだと口がきけないからダメだし」


「ダークンさん、市長って絶対必要なんですか?」


「うーん。どうだろう。さっきの男みたいな寄生虫ならいない方がいいものな」


「王都に帰って、ジーナに丸投げでいいんじゃないかな」


一月ひとつきくらいなら間が空いても別にどうってことないか」


「それでいきましょう」


「よーし、拠点に帰って、荷物せんたくものを纏めて王都に帰ろう。明日の午前中には王都だ」


「はーい。スケルトンたちはどうします?」


「スケルトンたちはこのままここに残して、役人どもがちゃんと真面目に仕事をしているか監視させておけばいいだろう。上があんなだったから下もかなりひどい可能性があるものな」


「それもいいですね。アハハハ」



 市庁舎を出て、トルシェの案内でダンジョン入り口まで戻ってきた。ギルドの職員に会釈して黒い渦の中に入っていく。


 ダンジョンの黒い渦から出て、ワンルームの扉を開けると黒ちゃんが迎えてくれた。俺とトルシェの洗濯物は別々に畳んでベッドの上に山盛りに置いてあった。黒ちゃんは実に働き者である。


「そう言えば、ダークサンダーのライトニングムーブってどうなのかな?」


「ライトニングムーブか。意味合いは稲妻のように動くってことだろ」


「この階層だとスライムだから、ちょっと面倒でも、1層上がって、ゴブリンで試しますか?」


「ゴブリンも弱っちいからあまり参考にはならないと思うがスライムよりはましだな。それにスライムは以前と比べて数が減ってしまったから大事にしたいものな」


「それじゃあ、さっそく行ってみましょう」



 トルシェと二人で拠点の本当の出入り口からダンジョン内に入り、通路の黒スライムは無視して、一層上まで登っていった。


 300段を上り切ったこの階層にいるのは緑のゴブリン。そいつらが二匹ペアでそこらをうろうろしている。ここの通路は碁盤の目状になっており、通路の交差部分では挟み撃ちに会う危険もあるため最初のころはかなり注意していたが、今となっては挟み撃ちされたほうが一気に斃せる数が倍増するのでウェルカムだ。



「ダークンさん、ライトニングムーブはどうやって発動するの?」


「だいたい、こういったものはヒーローチックに敵に向かって『ライトニングムーブ!』とか叫べば発動するんだよ。ゴブリンを見つけたら試してみるから」


 そんなことを話しながら気楽に歩いていたら、交差点の右側の通路でゴブリンペアを見つけた。そいつらも同時に俺たちを見つけたようで、こん棒を振り上げて何かをわめきながらこっちに向かってきた。


 それでは、行くぞ!


「ライトニングムーブ!」


 やってみたら、思った通り体が勝手に走り出して視覚に捉えていた二匹のゴブリンに順にぶちかましをかけた。俺自身には全く衝撃は無かったのだが、ぶちかまされた相手は衝撃で肉体そのものが弾け飛んで粉々になってしまった。


 これはマズい。いくらダークサンダーが全身鎧でも肉体の細片と血を主体とした体液でぐちゃぐちゃだ。二匹目を斃して体が停止したら、ジュルジュルと肉片ではなく青黒いジュースがダークサンダーから地面に落っこちていく。しかも俺の全身が異常に臭い。インパクトは相当だが、これはもう封印だな。


 今の動きを見ていたトルシェもジュースまみれの俺の姿を見て一言も言わなかった。そして俺の後をかなり離れてついて来る。


 ライトニングムーブについてだいたいのことが分かったので、もう一度拠点に戻り風呂に入ることにした。



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