第142話 ナイトストーカー1、分解


 トルシェとアズランは普段着姿なのだが俺はヘルメットはとっているものの全身鎧のナイトストーカー姿。俺はナイトストーカーの中には普段着を着込んでいるが、女神さまの風格があるとは言えないないただの服だ。それくらいだったら戦いの神さまっぽく、このままナイトストーカーを着て食事をすることにした。もちろんガントレットは外している。


 俺の鎧姿もかなりきているが、マリアの着ている服は寝間着の貫頭衣。小柄のアズランの服でも貸してやれば、大きさがダブダブでも寝間着よりは良かったかもしれない。


 ちょっとかわいそうだが、いまさら仕方ない。


 横目でマリアの顔を見たらなんだか涙目のような。ちょっとじゃなく、随分かわいそうだ。慣れだよ慣れ。十歳児にはこくか。


 それでもマリアはテーブルに並べられたおいしそうな料理を見て嬉しそうな顔をし始めたので少し安心した。


「どうぞ召し上がってください」


 王さまの言葉で食事を始める。


 マリアが戸惑っていたので、アズランが手を貸してやっている。面倒見のいい奴だ。フェアはさすがに食べることができないので、アズランが干しブドウをやっているようだ。


 今までアズランの肩の上でじっとしていたフェアがいきなり動き出したところで向かいに座る二人は驚いたようだが、その程度で驚いたところをみると、この辺りにはフェアリーはいないのかもしれない。そういえば、俺もテルミナの迷宮以外では見たことなかった。


 普段ならなにがしかしゃべり始めるトルシェが今は黙っておとなしく食事をしている。それはそれで気になる。なにかしでかしそうな予感がするがまさかな。


 飲み物はワインと水だったが、そういったものをグラスからある程度飲むと後ろに控えていた給仕の女性が、黙ってグラスに注いでくれる。こういうのもいいな。


 黙って食べていたら、宰相が場を持たせるべく、


「料理の方はいかがでしょうか?」


「たいそうおいしい料理の数々。美味しくいただいておる」


「お口に合ったようで何よりです」


 こういったことに気を配るのは日本人だけではなかったようだ。この宰相、意外と苦労人なのかもしれない。午後三時になると一人で甘いものを乗っけたパンケーキを食べている姿が想像できる。


 その後当たり障りのない話をしつつ食事が終了した。食後のお茶を飲みながらゆっくりしていたら、女官風の女がやって来た。


「お嬢さまの衣装などを取り揃え、食材などの用意も整いました」


 そいつはありがたい。


「女神さま、王宮内にお部屋をご用意しておりますので、今日はお泊りになられてはいかがでしょう」


「そうだな。一泊だけお世話になって、明日の朝にでもおいとましよう」


「それでは、ご案内します」


「かたじけない。

 それでは、バリオ殿失礼する」


「どうぞ」




 俺たちは宰相と女官たちに連れられて廊下を歩いていき案内された部屋に入った。


「それではごゆっくり。お嬢さまの衣装は部屋の中に用意しております。夕食は係りの者に届けさせます。食材の方は量がありますのでいかがいたしましょう?」


「この部屋にでも運んでもらえれば、大容量のキューブがあるので問題ない」


「かしこまりました。すぐに運ばせます」


「すまんな」




 宰相たちが帰っていったので、タートル号は部屋の隅に移動させ、サティアスの鳥かごも邪魔にならないようにタートル号の横に置いた。


 次は部屋の中を確認だ。居間と三つの寝室、小さめの台所と書斎、それに風呂とトイレがそれぞれ二つ付いたスイートだった。


 居間の中には、大き目の木箱が二つ置いてあった。マリアの衣類が入っているのだろう。


 開けてみたら、片側が下着やタオルそういったものと小物類。もう一方の箱には子ども用の衣装と靴が入っていた。靴はサンダルとブーツだったがどちらもひもで結ぶタイプのものだったので小さくなければ少々大き目でも何とかなるだろう。


「ワンルームに比べれば見劣りはするもののいい部屋ですね」


「ワンルームよりすごい部屋はこの世にないんじゃないか?」


「服を脱いでたら勝手にきれいになってるし、食材も無尽蔵だし」


「あのう、ワンルームって何なんですか?」


「マリア悪い。ワンルームというのは、俺たちの拠点だ。ただ、ワンルームの周りは瘴気でいっぱいなので、マリアを連れてはいけないんだ。俺たちは明日にはトラン王国の王都セントラルに戻るが、マリアはそこの執政官をしているジーナという女に預ける。という訳で、そこでいったん別れることになる」


「そうですか。分かりました」


 聞き分けのいい子だ。


「マリア、俺の後を襲ってトランの女王になるつもりでトランの都でちゃんとした教育を受けて立派な大人になれ」


「はい」


「そうだ、俺がお前に加護を授けてやろう」


 右手の平をマリアの額にあて、


「我、常闇の女神の名のもと、このものに加護を授ける」


 俺の手のひらが銀色に輝き、その光がマリアの額からマリアの全身を包み込んだ。


 そして光が徐々に収まっていった。


 あれ? 前回ジーナに対して加護を与えた時は金色の光だったような気がするが、どうだったかな? ま、悪いものじゃないから大丈夫だろ。


「さて、長いこと風呂に入っていないから風呂にでも入るか。俺とトルシェでこっちの風呂に入るから、アズランはマリアとあっちの風呂だな」


「はーい」「はい!」「はい」


 それぞれ特徴のある返事を返した。


 さっそくトルシェはそこらへんに衣服を放り投げながら真っ裸になって風呂場に突撃していった。すでにお湯が張られていたようで、ジャブンという音が聞こえてきた。まずは体を軽く洗ってから入れよな。


 アズランは木箱の中からマリアの下着と着替えを選んでやっている。実に面倒見がいい。まさにお母さんだ。まだまだ先の話だが、俺の大神殿ができたら、王都にいることも多くなるだろうから王宮に預けるマリアの顔をしょっちゅう見ることができるようになるだろう。


 そのころにはマリアはいい大人になっているだろうから、アズランのお姉さんとかおばさんに見えるかもしれない。そう考えると俺たちの時間と、定命の人間の時間の価値は全く違う訳だ。




 俺はいま装着中のナイトストーカーを一度に収納するためヘルメットをかぶろうとしたのだが、ふと見ると居間の隅に鎧用のマネキンが置いてあった。マネキンに試しにヘルメットをかぶせてやったら、マネキンに頭だけできて、なんだかさらし首のように見えて、可哀そうになってしまった。


 いままでヘルメットとガントレット以外、自力でナイトストーカーを脱いだことも着たことも無いのだが、試しに自分で脱いで、マネキンに着せてみようと思い立ってしまった。


 食事の後一度着けていたガントレットを外して、テーブルの上に置き、素手になって、いったん鞘ごとエクスキューショナーを取り外し、リフレクターの留め具を外してそれぞれテーブルの上のガントレットの脇に置き分解準備完了。コロにはテーブルの上で丸くなってもらった。


 初めてのことなのでそれなりに苦労しながらも、革の留め具を外し革紐ほどいて、何とかナイトストーカーを脱ぐことができた。


 ただ、これをマネキンに着せるとなると相当難易度が高そうだ。俺もうっかりして適当に鎧の部品をそこらに置いていったため、何が何だか分からなくなってしまったのもいたい。


 マズいぞ。


 風呂場からは、トルシェの鼻歌と、アズランとマリアの笑い声が聞こえてきた。


 楽しいひと時を過ごしているようで何より。


 楽しそうな三人とは逆に、俺の方は全くどうしていいのか五里霧中状態だ。足の部品と腕の部品は区別がつくのだがそれに繋がる胴体の部品がうまくマネキンにくっ付いてくれないとどうしようもない。胸の部分は前と後ろで二分割されていたはずだから、ヘルメットの下に何とか嵌めればくっつきそうだ。そう思って両手で前後に別れた部品を持ったうえで、留め具を締めてしまおうとしたが、もう一本か二本手が足りない。


 これはもう、諦めざるを得ない。


 作業をしながら心理的に追い詰められたようで、少し汗をかいてしまった。トルシェに後で何か言われそうだが、ナイトストーカーはこのままにして、どれ、俺も久しぶりに風呂に入るとするか。


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