第138話 マリア
西に向かう途中の小都市で魔族の残党が街を破壊しているところに追いつき、そいつらを一応殲滅した。アズランが街の中に飛び出していったから、討ち漏らしは無いと思う。そのかわりアズランが両親と家族を失って孤児になってしまった小さな女の子を拾ってきてしまった。
女の子の年のころは十歳ほど。物心がつかないといったほど幼いわけではない。自分の境遇も理解できるだろう。青い目をして、きれいな金髪を三つ編み(注1)にして肩口まで伸ばしていた。寝ているときも三つ編みにしていたわけだろうから、よほど三つ編みが好きなのだろう。その子の着ている服は貫頭衣のような寝間着だ。生地の肌触りは悪くなさそうなので結構上等な生地のようだ。
捨てて来なさいとも言えないので、タートル号の中に入れ、腹が空いているようなら何か食べさせ、ソファーの長椅子で寝かせてやることにした。
その子にとって、鳥人間がタートル号の中にいるのは酷な話なので、トルシェに言って見えない檻はタートル号のしっぽの先にくっつけてもらうことにした。これなら女の子も怖がらないだろう。
タートル号はとりあえず西に向かって進んでいる。このままいけば、想定通り昼前にはルマーニ王国の王都に到着しそうだ。王都にタートル号を乗りつけてしまうとついクーデターを起こしたくなるが、あっちやこっちで女王さまになっても仕方ないのでここはおとなしくしておこう。
本来なら、目の前のソファーで寝息を立てている女の子をどこかの民家に預けてしまった方がいいのだろうが、アズランがな。
短期間、面倒を見るのはいいのだが、瘴気の渦巻くダンジョン内に連れ帰るわけにはいかない。セントラルに帰ったら、ジーナに預けるほかないだろう。ジーナの養子にすればいいか。あいつは独身だったかな? どっちでもいいか。宮殿内にはそれなりの女官や侍女もいるだろうから面倒を見るのはそこまで大変じゃないだろう。
その小都市を抜けたあと、夜明けまでに数カ所、魔族に襲われている街に出くわした。それぞれ魔族を殲滅しつつルマーニ王国の王都に向かってタートル号は街道沿いを進んでいく。
街道を見ると、なぜか傷んでいる個所が等間隔で二列、規則正しく続いていた。
これまで通りがかった街はいずれも大型の何かが通ったような感じで、まっすぐ街を横断した破壊跡が残っていた。街道が傷んでいたのは大型の何かが道を踏んづけて傷めたもののような気がする。タートル号ではこうはならないので、よほどの大きさで重いものが歩いたのではないだろうか。
不思議なのは、後方で大爆発があった上、魔界ゲートから増援も補給も途絶えているにもかかわらず魔族が進撃を続けて撤退しないことだ。そういう習性なのかもしれないが、それではいくら兵隊がいても早晩全滅してしまうだろう。俺が心配することでもないが。
タートル号はルマーニ領内をかなり進んでいるはずなのだが、ここまでルマーニの軍隊に出会っていない。トラン王国は周辺国とは良好な関係を築いていると言って兵隊は配置していないとか聞いたものな。このルマーニだと兵隊の数がそもそも少ないだろうし。
そう考えると、この国も簡単に乗っ取れそうだ。いかーん。またそういったことを考えてしまった。
「アズラン、その子のことだがな」
「はい、私が面倒をみます」
「そう言うと思ったが、テルミナのダンジョンには連れていけないぞ」
「それは。……。それまで私が面倒みます」
「お前の気持ちはわかるが、いずれ別れなければいけないだろ。その子はセントラルのジーナに任せないか? あそこならそんなに遠くはないし、周りに人も多いからちゃんと面倒を見れるだろ?」
「……。分かりました」
「それで、その子のことは何か本人から聞いたか?」
「名前だけ聞きました」
「両親がいなくなった今となってはあまり意味はないかもしれないが、何ていうんだ?」
「マリア・アデレートと言ってました」
「マリアか、いい名前だな」
俺のダークンに比べれば大概の名前がいい名前になるよな。羨ましくなんてないんだからね!
冗談はさておき、目の前で寝ている小さな女の子用の着替えもなければ下着もない。それどころか、俺たちの持っている食料はほとんど酒の肴と木の実だ。しかも今ある水分は酒の他は『暗黒の聖水』だけ。やはりなるべく早くどこかで買い物しなくてはならない。
西の空はまだ暗いが、徐々に夜が明け始めた。ルマーニの都へはまだ距離がある。
夜がすっかり明けたところで、アズランが拾って来た女の子が目覚めた。
何だかもじもじしている。あっ! 俺たちは何ともないが相手は生身の人間だ。
「アズラン、その子をおしっこに連れていってやれ」
タートル号が停止したところで、アズランがマリアを連れてハッチバックから出ていった。
「トルシェ、そのうちタートル号の中にトイレを作らなくちゃいけないな」
「作るのは簡単だけど、どうやって掃除をするか? が難しいところ」
「道に落っことすわけにもいかないしなー」
「とりあえずはタンクに溜めて、タンクごとファイヤーボールで爆発させますか?」
「それじゃあ、辺り一面悲惨なことにならないか?」
「さあ、どうでしょ」
俺たちがそんな話をしていたら、アズランがマリアを連れて戻ってきた。
「お待ちどおさまでした」
「……、すみません」
マリアが下を向いて小さな声でそんなことを言う。自分の境遇については理解しているようだ。確かにこうやって一度でも会話をしてしまうとアズランではないが情も湧いてきてしまう。
「子どもがそんなことで謝る必要なんかないぞ。腹もすいているだろうから、アズラン、マリアに何か食べさせてやれ」
「はい」
タートル号が移動を再開した中で、アズランがマリアの世話をしている。食事と言っても酒の肴しかないからなー。パンぐらいあればよかったがそういった系統は何もない。アズランはハムと焼いたソーセージを皿に盛ってマリアに食べさせていた。ちょっとかわいそうだが今は我慢してもらうしかない。無事な街があれば店も開いているだろうからそこで何かマリアの食べられそうなものを買えばいいだろう。
次の街も、街を横断するように大きく破壊されていた。パン屋が開いているとはとても思えない。そのまま
そこから先、何個所か同じように破壊された街を、同じような感じで通り過ぎて、時刻は昼近くになった。
注1:三つ編み
寝ているあいだ三つ編みにしていると髪の毛に良いそうです。
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