第133話 捕虜


 王都から街道沿いにタートル号は時速約三十キロで北上する。馬車と違いタートル号は休憩など不要なので一日二十四時間で七百二十キロ近く進むことができる。


 翌日、陽が中天に差し掛かった正午過ぎ。すでにタートル号は王都セントラルから八百キロ近く北に進んでいる。


「黒い軍団とやらがどの程度の速度で南下しているのかは分からないがそろそろ出会うかもしれないな。

 アズラン、すまんな」


 アズランが空になった俺のジョッキに、脇に置いた樽からブドウ酒を注いでくれて渡してくれた。


「そうですね。軍隊の進撃スピードは一日あたり四十キロもないはずだから、一週間もあれば、三百キロ近く進んでいる可能性もあるのでそろそろじゃないかな。

 ゴクゴク、プファー!」


「できれば早く出てきてほしいかな。パリポリ」


 南下してくるなら当然街道上を進んでくるはずだ。確かに俺たちの向かっている北からの馬車はしばらく見ていない。徒歩の旅行者も見ていないがこの塩梅だとかなり近そうだ。ただ敵が迫っているなら避難民的なものが流れてきてもおかしくないがそういった者も今のところ目にしていない。最悪、敵によって逃げる間もなく皆殺しにあっている可能性もある。


 気はくがタートル号の速度はこれ以上上らないようなのでこのまま進むよりほかはない。それでも俺はハッチバックからタートル号の甲羅の上に上がって辺りを観察することにした。首から下はナイトストーカーを着込んでいる。


 タートル号の中からスリット越しでは何もわからなかったが、かなり先の方で煙がカーテンのようになって立ち上っている。街道脇の木々が邪魔ではっきりとは見えないのだが、焚火や炊事の煙ではない。戦火による煙だ。


 トルシェとアズランも甲羅の上に上がってきた。


「やってますねー。どうします?」


「敵の全貌が知りたいな。このまま煙の上がっている中心に向かって突っ込んでいこう」


 タートル号は北北東と思われる方向にやや進路をかえた。今まで宿場町以外では街道沿いをタートル号は進んでいたが、少しずつ街道から離れていく。


 どこかの国を攻め落とすなら街道を伝って大きな街を順に攻略する方が効率的にもかかわらず、わざわざ広範囲を同時に襲撃している。行動が軍隊的ではない。どうも敵の目的はどこかの拠点を占拠しようとするのではなく、手あたり次第破壊ないしは殺戮を続けているように思える。強いて言えばイナゴの大群。まさかな。



 北上するタートル号の甲羅の上に立って俺たちは前方をじっと眺めている。もうそろそろだ。陽はだいぶ西に傾いている。時間的にいってまだ王都から千キロも北上していないからここいら一帯は俺の国・・・だ。許せん!


 森の木々をなぎ倒しながら進んでいたら空の向こう、高いところに黒い粒が見えてきた。そいつがこっちに向かってくる。まだ遠目だが翼をはためかせた鳥のようだが胴体は人のように見える。


「トルシェ、あいつを殺さないように捕まえることができるか?」


「サティアスみたいな感じで鳥かごに入れちゃいます」


「アレは罠だったから、相手が鳥みたいに飛んでたら難しくないか?」


「鳥かごの大きさを簡単に変えることを覚えたから、でっかい鳥かごをあいつの周りに作ってだんだん小さくしていけばおそらく大丈夫」


「なるほど。それじゃあ、頼んだ」


 トルシェが鳥男の方に向けて両手を広げて、押し出すように前に出した。


 それと同時に、橙色のワイヤーフレーム状の巨大なボールが鳥男を中心にでき上った。すぐにワイヤーフレームは透明になって見えなくなったが、鳥男は異変に気づいて首を廻らし周りを見ている。


 鳥男がこっちに向けて移動しようとしたところで見えない何かにぶつかりひっくり返ってしまった。目視はできないが檻はちゃんとでき上っているようだ。


 鳥男は檻の中で気絶したのか、ひっくり返ったままだ。


 トルシェが檻を引き寄せたようで、鳥男が目の前までやってきた。


 そいつは真っ黒い胴着のような服を着こんでいた。灰色の翼の片側は折れてしまったのか妙な具合に折れ曲がっている。服の外に現れた顔や体は青みがかった濃い灰色、ヘルメットはかぶっていない。鼻は今潰れたわけではなく元から潰れているようだ。短めの槍が空中に転がっている。


「こいつ起きないかな? トルシェ、檻を揺らしてくれるか?」


「はーい」


 直径二メートルほどの空間内で鳥男はあちこちにぶつかってばさりと見えない床に落っこちた。


 やり過ぎかなと思ったが、鳥男は気絶から覚めたようでごそごそと起き上がった。 俺たちの方を見ているそいつの小さな赤い目がきょろきょろと動いている。


「おい、俺の言葉が分かるか?」


「▽○%&@B!+」


 何を言っているのかさっぱりだ。だが服も着ていることだし、言葉らしきものを口から発していたわけだから、何かの文化は持っているわけだ。


 ただ全く言葉が通じないとなると、捕虜の意味がない。殺してやろうと思ったが、今まで何の役にも立たなかったサティアスが役に立ちそうな気がした。


「アズラン、サティアスの鳥かごを持って来てくれるか?」


「はい」


 すぐにアズランが鳥かごを持って来てくれた。中に入ったオウムに、


「おい、サティアス。そこの鳥男が見えるだろ? こいつが何を言っているのか分かるか?」


 俺がもう一度鳥男に、


「お前の名前は?」


 と聞いたら、鳥男さっきと同じ、


「▽○%&@B!+」と返してきた。


「ここから出せと言ってます」


 おー、初めてサティアスが役に立った瞬間だ。


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