第103話 やっ……


 ハムサザールの時は、大広間の四隅に置かれた筒のなかで炎が燃えていたが、この大広間でも同じように四隅に大きな筒が置かれて、筒の中で炎が揺れている。大広間の中にはそれ以外の光源はないようで俺たちには何の問題もないが結構薄暗い。


 広間の向こう側、先ほどトルシェの放ったファイヤーボールが爆発したところは一段高いステージになっている。ここもハムサザールの時と同じだ。しかもステージの真ん中にはあの時と同じように玉座に見まがうほどの立派で大きな椅子まで置かれており、誰かがそこに座っている。あの時と違うのは、椅子の後ろの壁に大鏡がないことくらいだ。ハムサザールのような精神体が相手だと、神滅機械リンガレングを連れていない今、少し苦戦するかもしれない。


「ダークンさん、この広間に入ってきたときの扉が消えてます」


 アズランの声で後ろを振り返ると、いつの間にか扉がなくなって壁になっていた。ここも一方通行だったか。


 椅子に座った人物?は目の前でファイヤーボールが爆発したはずなのに、動きはない。何者なんだろうな。ここからでは、どういった者が玉座に座っているのかは分からない。罠がある可能性はあるが、最も打たれ強い俺が先頭になって、ステージの方に向かっていく。


 サティアスを鉱山のカナリアのつもりで鳥かごを前に突き出して歩いているので、何かあれば真っ先にサティアスに異変が起こるだろう。今回はすこしは役に立ちそうだ。


 サティアス自身は、さすがに体育座りを止めて立ち上がって前を向いている。花柄パンツのお尻をこちらに向けているので、顔は見えない。いかついあの顔が見えない後ろ姿だからといって可愛らしいわけではもちろんない。



 少しずつ椅子の上の人物が見えてきた。


 その人物は白いローブを来たおじさんで、椅子にだらしなく座っている。まだ遠目だが、少なくとも普通の人間に見える。目はちゃんとついているようだが、表情もわからないし目がどこを見ているのかも分からない。


 俺はサティアスのいる鳥かごを床の上に置き、エクスキューショナーとリフレクターを左右の手に構えてステージに向かって歩き続ける。アズランが俺の後ろで『断罪の意思』を引き抜いた音がした。


 置いていかれる形となったサティアスが後ろの方で何か言っていたが聞き取れなかった。



 さて、俺たちが近づいていっても微動だにしないで椅子の上でふんぞり返っているこの御仁は、いったい何者なのか? 全然わからないが、そんなことはどうでもいい。余裕をかましているのは今のうちだぞ。


 すでにアズランは俺の後ろにはいない。トルシェの方も準備が終わってようで、後ろの方からバチバチと放電音と一緒に足元が青白く照らされる。オゾン臭までし始めた。あの巨人をファイヤーボールの一撃で斃した時ほめ過ぎたのか、今回も一発で斃そうとしている気配だ。



「いくぞ!」


 そう言って駆け出した俺の脇を青白い特大ファイヤーボールが通過していった。ファイヤーボールの表面に小さな稲妻が無数に走っているのが横目に見えたが、こいつと一緒に突っ込むと、ヤヴァいかもしれない。


 俺はいったん突撃を止めて、ファイヤーボールを見送ることにした。


 アズランにもファイヤーボールが見えているはずなので、ある程度の距離はとるだろう。



 バーーーン!


 閃光と一緒に衝撃波と爆発音がやってきた。密閉空間での爆発だったため耳が少しおかしくなったがすぐに回復した。さすがわが女神ボディー! 今回は吹き飛ばされることも無く何とか立ち続けることができた。スケルトン時代の俺なら耳は大丈夫だったろうが間違いなく衝撃波で吹き飛ばされていた。


 振り返ると、トルシェは後ろにコロコロ転がっている最中だった。


 これだけの爆発だとアズランとフェアにも影響があったはずだが、運動神経で何とかなっただろう。二人の眷属については別段心配するような状況にないことがなんとなくわかる。


 アッ! 鳥かごのことをまた忘れていた。


 部屋の中を見回したら、後ろの壁にぶつかってそこでひっくり返って横転していた。悪魔だからその程度のことでどうにかなりはしないだろう。たぶん。しばらく放っておいても大丈夫だろう。おそらく。


 爆発による粉塵が収まったあと、ステージを見たら、ステージの半分は吹き飛んで、大穴が開いていた。あの大きな椅子も座っていたヤツもどこにも見えない。


「やっ……」


 危うく禁句を口から漏らすところだった。ぐっとその先を飲み込んで、


「どうなったか、ちゃんと確認しよう」


 アズランは肩にフェアを乗っけて知らぬ間に俺の後ろの定位置に戻っていた。


 今の爆発は密室での爆発だったため吹き戻しが弱かったらしくトルシェの方はコロコロマニューバを使わず歩いてこっちに戻ってきている。


「トルシェ、今度のも凄かったな」


「今回は、ファイヤーボールの周りに雷をまとわせて、押し固めるような感じで温度を上げてみました。ある程度効果があったかな?」


「かなり効果があったんじゃないか? ステージも吹っ飛んでるし、ステージの上の椅子も、座ってたヤツも消えてなくなってるからな」


 歩きながら話をしていたら、爆発で吹き飛んだステージにできた大穴が覗けるところまでやってきた。穴の中では、まだところどころで、小さな稲妻が走っている。さっきは半分おだててトルシェを持ち上げたのだが、こいつは冗談抜きでとんでもない威力だ。





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