第101話 脱出


 巨人の残骸が地面にゆっくり飲み込まれていくのを眺めている俺たち。


 俺もヘルメットを取って、トルシェとアズランの横並びに体育座りして木の実を食べている。俺の前には鳥かごが置いてあり、その中には俺たちと同じように体育座りしている悪魔のサティアスがいる。


 ちょっと疑問に思ったのでサティアスに聞いてみた。


「サティアス、お前は普通何を食べているんだ?」


「我は何も食べる必要はない」


「ふーん。俺もそういえばそうだが、便利でいいよな。それじゃあ手にいれた『魂』はどうしてるんだ?」


「『魂』の質にもよるが、食べるわけではなく、ある程度の『魂』を取り込むと我らは一段階昇華するのだ。難しいのはただ殺すだけでは『魂』を奪えない。ちゃんとした契約をしてからでないと取り込めないのだ」


「それは、大変で面倒だな。昇華というのは進化と考えていいのか?」


「見た目が大きく変わるわけではないが、そう思ってくれていい」


「やはり、お前も進化して上を目指しているんだ」


「しかり」



 今となっては俺が何でしんかを目指していたのかははっきり覚えていないが、多分単純なゲーム的なノリだったのだろう。一度死んでしまった命だと軽く考えていたフシもある。いや、ゾンビになって一度自殺したから二度死んだ計算か。


 そのうち、死にかけていたトルシェが眷属になり、追われながら死にかけていたアズランが眷属になった。二人の眷属を得て俺にも責任感も出てきたはずだ。自覚はないが、きっとそうに違いない。


 物思いにしばらくふけっていたら、随分目の前の瓦礫の山が小さくなっていた。これならあともう少しだ。



 それから、しばらくして全ての瓦礫が地面に飲み込まれた。


「どれ、詳しく見てみるか」


 髪の毛が肩まであると、フルフェイスのヘルメットをかぶるのは結構面倒なので、


「収納!」「装着!」


 いったん全部脱いでしまって、それから、全部身につけるようにしている。これだと髪の毛を気にすることなく、一瞬でヘルメットをかぶることができる。


 立ち上がって、巨人の残骸があった場所まで歩いていく。


「おい。我を忘れないでくれよ」


「忘れはしないから安心してろ」


 鳥かごを下げて巨人の跡まで行くと、巨人の足のあった部分だけまだ少し残骸が地面に飲み込まれずに残っていた。


 その残骸もやがて全部地面に飲み込まれ、足のあった場所に、下に続く階段が現れた。


「やっぱりあいつがボスだったんだな。足が大きすぎて階段を塞いでいたようだ。

 それじゃあ、下りよう。また三百段あるんだろうが、先が分かっていると気にならないな」


「はーい」「はい」




 罠などの可能性があるダンジョンの通路では知覚能力が俺よりも数段高いアズランが先頭になって、俺とトルシェが後ろの左右に広がった三角形で進んでいるが、階段などでは罠の心配はないので、適当に並んで進んでいる。


 階段の中は瘴気というほどではないが、少し霞んでいて、下の方は俺でも何も見えない。そういうこともあって、今は最も打たれ強い俺が先頭に立っている。



 階段をかなりの段数下りてきたら、霞の先に階段出口らしい明かりが見えてきた。


「あと、百段くらいあるようだから、やっぱり三百段ありそうだな」


「そうですね」


 そこから、百段ちょっと階段を下りたところで、階段が終わった。


「ちょうど三百段でした」と、アズラン。


 想定通り。ダンジョンの階段だったと考えていいだろう。



 俺たちが降り立った場所は、とてもここがダンジョンの中とは思えないような場所だった。なにがダンジョンと似ていないかというと、どう見ても建物の中なのだ。床は大理石のようで磨き上げられている。壁には壁紙だ。通路の両側には木製の扉もいくつも並んでいる。ところどころ、台の上に壺だか花瓶だか分からないがそういったものまで置かれている。


 高さ四メートルほどの天井には、フードに覆われている白色の照明器具がついているので非常に明るい。


 俺たちの下りてきた階段を振り返ると、後ろには何もなく壁があるだけだった。


 後ろの壁が幻影かもしれないと思って、手を伸ばしてみたが、しっかりした壁だった。


 どうやら、俺たちの下りてきた階段は一方通行の階段だったようだ。



 まっ、そういうこともあるだろ。


「上に戻る用事はないが、一方通行の階段だったな。鳥かごを忘れていたら、それまでだった。さすがは、悪魔サティアス。運だけはいいな」


 鳥かごの中のサティアスが嬉しそうに微笑んでいた。いや、半泣きしているのか? よほど自分の幸運が嬉しかったようだ。


 素直に喜べるのはいいことだよな。本当は喜ぶだけでなく感謝の気持ちを表してくれてもいいんだぞ。


「しかし、ここは変わったダンジョンだな。建材がダンジョンに吸い込まれていないわけだから、この屋敷の中のように見える諸々もろもろもダンジョンの一部なんだよな」


「そうなんでしょうね。扉を開けて中がちゃんとした部屋だったら、ここをいただいちゃいますか?」


「それも面白そうだな。さすがにテルミナのワンルームには劣るだろうが、これだけ広いと使いではありそうだ。信者の保養所にできそうだしな」


「保養所ってなんですか?」


「普通旅に出ると、旅先で宿屋に泊まるわけだからかなりの出費だろ? 信者限定で、実費だけいただいて泊まらせてやれば、信者にありがたがられるだろ?」


「なるほど、信者のための施設ってわけですね?」


「そういうことだ。信者に金銭的な余裕が生れれば、わずかかもしれないが大神殿建設のための献金額も増えるかも知れないだろ?」


「なるほど」


「とはいえ、扉を開けたら洞窟でしたじゃマズいし。別途取り揃えたものがそのうちダンジョンに取り込まれましたじゃもっとマズいから簡単じゃないだろうな。まずは扉を一つ開けてみてその先がどうなっているか確認しよう。罠はないとは思うが、いつもの隊形でアズランが先頭で頼む」


「はい。それじゃあ、一番近いところから行ってみます」


 十メートルほど先に見える扉に向かってアズランが歩いていく。アズランが扉にたどり着いたところで俺とトルシェが歩きだして、アズランに追いつく。


「扉に罠は仕掛けられていないようです」


 扉を開けるのは俺の仕事だ。


 アズランの言葉にうなずいて、俺が取っ手に手をかけ一気に押し開ける。と思ったら、扉は通路側に開くようだったので、引き開いた。




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