第83話 鏡の先の世界3


 壺の蓋を開けたら白い煙のようなものが昇った。


 あわてて、壺を持った手を見たが、別に年寄りのしなびた手にはなっていなかった。


「今煙が昇ったのを二人も見たろ?」


「何も入っていないくせに煙だけが出てきた? 煙が煙のままで何年も壺の中に入っているわけはないので、さっきのは実は煙じゃなかった。かも?」


「じゃあ、何だと思う?」


「壺の蓋の上の三角を上下に重ねた模様は、タダの模様じゃなくて、何かを封じ込める術式が組み込まれていました。

 死体をああいった形でコレクションしているところが、死霊術師っぽいんですよね。となると、今けた壺の中に入っていたのは、封じ込められた『霊魂』だったりして」


「ほう、模様から術式が分かるとは、さすがは大天才トルシェだ。閉じ込められていたのがほんとうに『霊魂』だったとして、さっき一名さまがお亡くなりになったってことかな?」


「そう考えていいと思います。死霊術師だか悪魔に囚われていた『霊魂』ですから、本人にとっては『救い』でしょう」


「なるほど。それじゃあ、ここにある壺は全部処分した方がいいってことだな」


「おそらく。万が一、囚われた『霊魂』でなくとも、もはや体は粉々ですから、すっきりさせてあげましょう」


「さっきみたいなファイヤーボールで壊すのだと味気ないから、床に落として割っていくか」


 床に落として壺を割れば、味気があるのかどうかは分からないが、壊した実感だけはある。


「そうしましょう」


 言ってるはしからトルシェが両手に壺を持って床の上に叩きつけている。


 ガシャン。バリン。ガシャ。


 こういった割れ物をわざと壊すのは爽快だ。人の『霊魂』なりなんなりが入っていたかもしれないが、俺にとったら赤の他人。トルシェとアズランが競って壺を床にたたきつけていくのに負けじと俺も参戦する。


 床が大理石っぽい石でできているので、確実に壺は粉々になる。


 壺が壊れて床から立ち昇るのは、もはやホコリと見まがう煙だ。


 俺は神さまだが、仏教的来世観を否定しているわけではない。なぜなら仏教的来世観など俺の頭の中に何もないから、否定も肯定もできないのだ。ということで、言葉だけを借りて、


 成仏してくれ。これで大丈夫。


「よーし、この部屋は片付いた。次の部屋にいくぞ!」



 最後に残った扉は最初の大広間と同じ大きさの扉だ。


 すぐにコロに扉を食べさせて、一歩中に入って見る。


 中には全く明かりとなる物はなかったので真っ暗だった。俺たちにも少し暗く感じるほどなのだが、気にするほどではない。


 この部屋は最初の大広間ほどではないが結構広い部屋で、その真ん中は一段高くなっており、高くなった部分の中心辺りに四角い石でできた横長の箱が置いてあった。


 他には部屋の四隅に人形が各々一体ずつ四体立っていた。俺たちだからこそ気付けたが、普通なら気付けない可能性もある。


「ここには四隅の人形と石の箱だけか。石の箱の見た目は、ひつぎだな。人形は最初の部屋と同じ人形みたいだから、手始めに潰しておこう。トルシェ、頼んだ」


「はーい」


 トルシェからまた改良ファイヤーボールが発射され、あっという間に四隅に立っていた人形たちは爆散した。


 石の箱に近寄ってよく見ると、石の蓋には凝ったレリーフが刻まれ、いかにもな感じだ。


「中に死人が入ってるんですかねー。それともお宝? できればお宝がいいんだけど」


「ここで、あてっこゲームをしていても始まらないから、蓋をずらしてみるぞ。ずらしたら床に落っこちるかもしれないから、すこし下がっていてくれ」


 石の箱の上の蓋をずらそうと思って、腰に力を込めて手をかけて動かそうとしたが、俺の力でもびくともしなかった。


「こいつはタダの石の蓋じゃないな」


「呪いでもかかっているんでしょうか?」


「そうかもしれないから、また祝福しとくか」


 ちょっと前にやったので、もう慣れたものだ。


「祝福!」


 両手の親指どうし人差し指どうし指先をくっつけた三画形から緑の光を石棺の蓋に当てる。石棺全体が薄く緑色に輝いた。この反応があったということは、やはり呪いっぽい何かが石棺にかけられていたのだろう。


「それでは、蓋を開けるぞ」


 先ほどのことがあるので、さっきよりも慎重に、少しずつ蓋に力を込めていったのだが、今度は拍子抜けするくらい簡単に蓋は横にズレて動いてくれた。


 箱の中に入っていたのは、どこかで見たことのあるおっさんだった。おっさんは白絹かなんかで作られたローブのようなものを着て、目をつむって寝ている。生きているのか死んでいるのかは今のところ分からない。死んでいるとしてもまだ死んで間もないフレッシュな死体だ。干からびたミイラという訳ではない。


「この顔、どこかで見たような気がするが」


「ダークンさん。この顔は、屋敷の玄関ホールの一番奥に飾ってあった絵の中のおじさんですよ」


「ああ、あいつか。こいつだけ広い部屋で一人でイッチョ前にお棺に入っているってことは、こいつが諸々もろもろの犯人なんだろ?」


「おそらく、そうなんでしょう」


「こいつ、寝ているだけで生きていそうだな。どれ、寝ている間に、すっきりさせてやろう」


 エクスキューショナーを右手に持って、振り上げたところで、寝ていた男が両目を開けて俺を睨んだ。


 普通ならビックリというよりはおののくような状況なのだろうが、どっこい俺はゾンビから成り上がった女神さまだ。その程度のことでひるみはしない。



 今さら目を開けても、もう遅い。


眉間縦割みけんたてわり!」


 一度言ってみたかったセリフだ。


 振り上げたエクスキューショナーをそのままおっさんの頭に振り下ろしてやった。


 ビシッ!


 小気味よい音と手応えともに、俺のエクスキューショナーがおっさんの頭蓋骨を縦に真っ二つにして刃先はのどまで達した。


 相手が石棺の中で石の枕をして寝ている状態だったので、刃先が石に当たらないように切ったので完全には頭を断ち切られなかったが、いずれにせよ、これで片付いた。



 いろいろな疑問点は残ってしまったが、そんなことは今さらだ。早めに業者を見つけて、まずは、屋敷の解体を始めよう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る