第82話 鏡の先の世界2


 鏡を通り抜けたその先は、朝焼けの光がさしていたという訳ではなく、ごくふつうの世界だった。広間に並んでいた人間製の人形が俺たちを後ろから襲ってきたらマズいと思って、予防のため全てトルシェのファイヤーボールで爆破してやった。手間暇かけて数を揃えたところ、


 ザマー見ろ!


 と、言ってやりたいのだが、相手がいない。ここにいても仕方がないので、先に進むべく、両開きになった金属製の大きな扉にむかった。


 こういった扉は部屋の内側に向かって開く物だろうが、どこにも取っ手がなかった関係で、扉を押すことにした。


 一枚の扉の大きさは、横が二メートル、高さが四メートルくらいなので、両側の扉を開けると相当広い通路ができる。まさか、四メートル近い巨人が出てくるってことはないよな。


 少し本気を出して、扉を押したのだがびくともしない。実はこの扉は引いて開く扉じゃないよな。


 面倒になったので、


「コロ、目の前のこの扉を食べちゃってくれ」


 腰に巻いたベルトの形になっていたコロから触手が数本伸びて、目の前の扉が吸収されていく。


 あっという間に扉は食べつくされて、また石造りの通路が現れた。


 扉がなくなってしまったので、結局外開きだったのか内開きだったのかは分からずじまいだった。


 目の前の通路の少し先には左右の壁に扉が一つずつ。通路自体も短く、二十メートルほど先の突き当りにもう一つ扉があった。


 どの扉にも取っ手がついていないようだ。非常に使いづらい扉だと思うが、俺が作ったわけでもないし、どうせどの扉もコロに食べさせてしまうので俺たちにとっては同じことだ。


 右側の扉は、左側の扉と比べて少し大きく、一枚の扉の大きさが高さ三メートル、横幅一メートルの二枚扉で、左側の扉は一枚の扉の大きさが高さ二メートル、横幅七十センチほどの二枚扉だった。正面の扉は、先ほどの大広間の扉と同じ大きさの扉だ。


「さて、まずは右の扉からいってみるか」


 コロが、すぐに右の扉を食べてくれた。


 三人揃って、扉の先をのぞき込むと、中には大き目の宝箱が部屋の真ん中に一つだけ置いてある部屋だった。


「ダークンさん、あれって宝箱ですよね!」


「そう見えるな」


「いやー、ここまで来たかいがありましたね。早速開けてみましょう」


「箱に罠が仕掛けられているかもしれないから、今まで通り箱はコロに罠ごと食べさせてしまおう」


「コロちゃん、よろしく」


 トルシェのニコニコ顔が眩しい。


 コロの触手が伸びて、宝箱が中身を残して食べられて行く。


 中には金貨がパンパンに詰まっていたようで、宝箱が上からなくなっていくのに合わせて床に金貨がジャラジャラ零れ落ちてくる。


 ジャラジャラ音を聞いてトルシェのニコニコ顔が、ニヤニヤ顔にレベルアップしてしまった。


 結構な量の金貨が宝箱の中に詰まっていたようだ。トルシェがすぐに自分の収納キューブに回収してしまったが、一万枚以上の金貨が詰まっていたはずだ。


「これで、ここを買った時の代金の元は取れましたね」


 ここまでくると、元を取ったとは言わないんじゃないか? 


「だな。かなりの儲けになったが、大神殿建設には全然足りないだろ?」


「金の延べ棒はそれこそ山のように拠点の倉庫にありますから、それでいくらでも金貨は造れます」


「勝手に金貨を作ってしまうのもな。今流通している金貨は、金にいくらかの混ぜ物をしてるんだろ? それに対して純金の金貨を勝手に作ってしまうと訳の分からないことが始まるぞ。金貨にこだわらず、延べ棒は無垢のまま売り払った方が手間もかからないし、価格も高くなるんじゃないか?」


「延べ棒だとありがたみがあまりないんですよね。金貨を両手ですくってジャラジャラさせるのが気持ちいいんですけど。いずれにせよ、うまくやりますから安心していてください」


「財務担当のトルシェの好きなようにしてくれ。

 ここは、金貨しかないようだから、次の部屋にいくとするか」


 そう言ってその部屋を出ようとしたら、アズランが扉から見て正面の壁をじっと見ている。


「アズラン、その壁がどうかしたか?」


「ダークンさん、その壁、他の壁とどこか違っているような気がするんですが」


「アズランの勘か。それじゃあ『鑑定』してやろう。

『鑑定!』」


「鑑定結果:

名称:幻影の壁

種別:魔法障壁

特性:魔法で作り上げられた壁。本物の壁のように偽装している。物理攻撃で破壊可能」


「魔法で作った幻影の壁だそうだ。アズランの勘の冴えだな。こいつはコロでは食べることができないから、俺が叩き壊してやる」


 そう言って、腰に下げたリフレクターを両手で持って、その壁に叩きつけてやった。


 バリーーン!


 一瞬青く光った壁が、ガラスが砕けるような音とともに割れ崩れて消えていった。なかなか凝った演出である。


 壁が消えた先には、いま俺たちのいる部屋と同じくらいの部屋があり、中にはマネキンに着せられたピカピカの甲冑やショーケースに飾られた、刀剣類などがあった。


「ここにあるのは、それなりに価値のある武具なのかな?」


「おそらく美術品的にはそうなのでしょうが、武具としてずば抜けたものはこれといってないようですね」


 アズランが一つ一つ武具を確かめていくかたわらで、トルシェがせっせとキューブの中に武具を収納していく。


 このダンジョンっぽい迷惑な施設を造った本人の持ち物だろうから、非常に気持ちが良い。


 ザマー見ろ!


「それにしても、かたき役が出てこないな」


「案外そこらで寝てるのかも。いちおうここにあった落とし物は全部拾っておきました」


 置いてあろうが飾ってあろうがトルシェにとっては全て落とし物、拾得物だからな。


「ご苦労さん。それじゃあ、向かいの部屋を見てみるか」



 宝部屋を出て向かいの部屋へ。


 扉は面倒なので最初からコロに食べさせて、中を覗くとそこは長細い部屋で、両側の壁に沿って細長いテーブルが作りつけられており、そのテーブルの上にはずらりと素焼きの小ぶりな壺が並べられていた。その壺には同じ素焼きの蓋がついている。蓋の上には正三角形を上下に重ねて描いた六芒星のマークが赤黒いインクか何かで描かれていた。


「こいつは何だと思う?」


「何個あるか数えたら六十六個ありました」


「六十六?」


「そう言えば、さっき壊した人形もどきの数がちょうど六十六。もしかして、この中に、その関係の物が入っているのかも?」


「その関係というと、うーん。……、可能性が高いのはくり抜かれた目玉、そして、脳とか腹の中にある内臓とかかな?」


「壺そのものがそこまで大きくないので、目玉が正解じゃないですか?」


「蓋を開けてみれば、すぐわかることだ。早速開けてみよう」


 一番近くにあった壺を手に取って見ると、蓋がきっちり蝋付けされている。この程度の蓋を取るのは、俺の力でひねればまさに一捻ひとひねりだ。


 両手のガントレットを外して脇に挟み込み、左手で壺を掴んで、右手で蓋をひねってみる。


 思った以上に簡単に蓋がズレて蝋が剥がれ落ちた。


 蓋を外したとたん壺の中から何やら白い煙のようなものが昇ってそれっきりだった。中を覗いても何も入っていなかったし、ひっくり返しても何も出てこなかった。


 いったい今のは何だったんだ?



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