第81話 鏡の先の世界
二人を残して俺は鏡の中に両腕を入れて、向こう側の鏡の枠を掴んで体を引き寄せてそのまま体を前に出し一気に鏡の中に入っていった。
鏡の世界を通り抜けた先は朝焼けではなく(注1)、ただの天井の高い大広間だったのだが、壁際に何個かおかれた謎かがり火の揺らめく光で部屋はかなり明るい。
大広間の中には、数十人の人らしきものがてんでバラバラに立っていた。そいつらは意外と立派な服を着ているのだが、よく見ると、胸の辺りが一様に黒ずんでいる。
振り返ると、俺の後ろには大鏡がちゃんと立っていてくれていた。鏡がなくなってしまえばすぐには向こうに帰れないので、やや安心した。
勝手にそこらを見て回って時間を取ってしまうと残した二人に悪いので、ひとわたり見回した後すぐに鏡を通ってもとに戻った。戻って見たら、二人はもうそこらでしゃがんで何やら乾燥果物を食べていた。
「あれ? お早いお帰りですね」
「まあな。御覧の通り無事に帰ってこれた。この鏡の先は大広間だったから、魔王の出てきたあの部屋に出たのかと一瞬思ったが、あの部屋とは違っていた」
「それじゃあ、みんなでいってみましょう」
鉱山のカナリヤだかわからないが、事前に危険のないことを確認することは大切だ。ただそのカナリヤに自分がなるとそんなことも言っていられない。
とはいえ、俺はカナリヤとは違って、何が起きてもちゃんと対応できるという自信は持っているからな。
二人を引き連れ、俺が先頭に立って鏡をくぐる。
鏡を抜け出て振り返り、鏡から人が出てくるところを観察した。
まず手が鏡から波紋を作りながら現れて、その手が両脇の鏡の枠にかかり、同時に右足が鏡の下の方から枠をまたぐように出てきて、次に顔から順に体が、最後に左足が引っこ抜かれてトルシェの全身が現れた。
最後はアズランだった。
トルシェが広間を見回して、
「あの時の大広間に似てるけど違いますね。人が大勢いるけれど、あれ? 動いていない?」
「全く動いていませんね。死んでいるのか、石化しているのか。肌の色は普通ですから石化ではないのかな?」
「胸の辺りがみんな汚れてるだろ? あれって何か口から吐いたからじゃないか? 例えば猛毒なんか」
「二十年前の惨劇の犠牲者かもしれませんね」
「その可能性は高いが、動いていないだけで、死んでるふうには見えないんだが」
「ダークンさん、毒の種類によっては、死体が腐らなくなるものもありますから、そういった毒で殺されたのかもしれません」
「それだとしても、二十年も腐らないというか干からびないってことはないだろう?」
「そう言えばその薬の効力もせいぜい三カ月でした。ということは、これも一種の謎ですね。用心して近づいてみましょう」
そこで、鏡から一番近くに立っていた、派手なドレスを着たおばさんの近くによってよく見たら、確かに肌は生き生きしている。だが、一般の人と決定的に違うのは、目玉が眼窩からなくなって、そこに空洞が空いているところだ。スケルトンならば当たり前のことなので何ともないが、こう、生身の部分がしっかりしていて眼窩に何もはまっていないところを間近に見ると、さすがの俺もきみが悪いと思ってしまう。
三人で手分けして、広間に立っていた連中を確認したところ、総数六十名あまり、老人から子どもまで、全員目玉がなかった。
「目玉をどうしたんだろうな?」
「ダークンさん、ここに立っている連中は、もしかして、はく製じゃないでしょうか?」
「はく製じゃあ
「犯人像として浮かんでくるのは、」
ここで、アズランが推理を披露するらしい。
「浮かんでくるのは、まず、猟奇的な人物である」
俺もそうだと思う。
「そして、人形を飾るのが好きだが、その衣装には頓着しない」
なるほど。
「それで?」
「えっ? それだけですけど」
これは、推理とは言わないな。
「アズランが今言った犯人像を、通りを歩いている百人に、どうだと聞けば、百人ともアズランの言った通りと答えると思うぞ」
「えへへ。そうでしょ」
いや、全然褒めてないから。
犯人の性癖がわかっても、別に犯人が大衆の中に隠れているわけではないので、あまり意味がない。対峙した場合は、単純に殺し合いをするだけだ。
鏡の置いてある壁の反対側の壁には金属製の大きな両開きの扉があり今は閉じられている。ここをおろそかにして、先に進むと、ここに立っている人形連中がゾンビだかロボットだかわからないが、敵方の駒として俺たちを後ろから襲ってくるのは、物語上の定番だ。
ただ、これだけ手間をかけて飾っている人形たちを、戦闘行為で使いつぶすのだろうか?
俺なら、大した戦力にもならないこんな連中をすりつぶすようなことはしないと思う。逆に考えると、こいつらを粉々にしてしまえば、作ったヤツは相当怒りを覚えるだろう。嫌がらせとしては最高かもしれない。
「トルシェ。ここにいる人形をぶっ壊してくれるか? そしたら、作ったヤツへの相当な嫌がらせになるだろ?」
「分かりましたー。任せてください」
こういう時のノリは非常に軽い。
「それじゃあ、ファイヤーボール、いっけー!」
今回は相手が多いので、トルシェは両手を広げて突き出し、ピンポン玉くらいの青白く光る球を人形たちに向けて連射しはじめた。いままでのファイヤーボールと比べて青みがかなり増して、飛翔速度も格段に速くなったように思える。
光球が人形に着弾すると、一瞬体の中に吸い込まれたようになって見えなくなるのだが、その後ものすごい爆発が人形の内部から起こる。その爆発で粉々になった部品が辺りの人形たちをなぎ倒していく。
光球はホーミング機能があるようで、近くの爆発に巻き込まれて位置が変わっても着実に命中していくようだ。
十秒もかからず、広間の人形たちは跡形もなく粉々になった。今回はありがたいことに、人形の内部は乾燥していたようでナイトストーカーに妙なものが付着するようなことはなかった。
ゲームなんかだと、ここで、お金やアイテムがドロップされてウハウハでそこらから拾いまくるのだが、現実ではそんなものが落ちてるわけもない。
「あっ! 金貨見っけ! あれ? ここにも。あっ! そこにも。
アズランもそこらを探してみてよ。宝探しっておもしろいよね」
金貨がドロップしていたらしい。財布を持ったまま人形にされていたのならそういったこともあるわけだ。ならば装飾品として、指輪やネックレスもあるに違いない。
いまの爆発ではまあネックレスなどは無事ではないだろうが、比較的丈夫そうな指輪くらいは見つかりそうだな。
[あとがき]
注1:鏡の世界を~
♪朝焼けの光の中に立つ影は、……
この歌詞をご存じの方はおそらくいらっしゃらないでしょう。
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