第80話 行き止まり


 後ろを確認しながら長い階段を三人で下っていく。


 順調にくだっているようで、階段のり口はそのうち見えなくなった。それと一緒に、俺たちの周りにはうっすらと瘴気が立ち込めてきている。


「それにしても、この下り階段、ダンジョンの階段並み(注1)に長いな」


「いまわたしの右足がついている段が百六十五段目です」


「あと、百三十五段で底に着いたら、ダンジョン確定だな」


「まだテルミナの拠点をはなれて、一月も経っていないのに、黒い瘴気が懐かしく感じますね」


「そうだな。やっぱりこの瘴気は、一般人には致命の猛毒なのかな?」


「感じは似てますが、どうなんでしょうね」


「わたしたちには関係ないからどうでもいいでしょう」


「それもそうだな」


 そういった会話をしていたらそのうちに先が見えてきたので、


「どうも、三百段ちょうどあるようだな」


「みたいですね。……、今、目で確認したら、やはり三百段ちょうどです」


「やっぱりここはダンジョンだったのか。それにしてはいつダンジョンに入ったのか分からなかったな」


「おそらく、梯子の下の部屋から出るときの扉を抜けた時じゃないでしょうか」


「そうかもな。ここはどう見てもダンジョンだけれど、ダンジョンの出入り口のある場所にあとからわざと屋敷を建てたってことなのかな?」


「その辺りは分かりません。一般的なダンジョンなら黒い渦が巻いていて、それがこういった平地の中だとすぐわかるので、さすがに屋敷は建てないと思います」


「じゃあ、屋敷のできた後にダンジョンができた?」


「そう考えてもいいかもしれません」


「そもそも、ダンジョンは自然発生するだけのものなのかな?」


「分かりません」


「やっぱりダンジョンって謎の塊なんだな」



 階段を下りきった底は素掘りか天然なのかわからないが洞窟になっていた。洞窟の剥き出た岩盤がうっすらと発光しているので真っ暗ではない。この程度の明かりの方が俺たちにとっては目に優しいし、支障なく辺りの様子が見える。


「洞窟型のダンジョンか。こんなところにトンネルを掘った連中を見つけてとっちめてやろうと思っていたが、とっちめる相手がいるのかも不明になったな」


「ここがどのくらい深いダンジョンなのか不明ですから、相手がいるとしてとっちめにくいですね。ただ、屋敷のできた後でこのダンジョンが生れたのなら、そこまで広くはないんじゃないですか」


「そうだな。ダンジョンはどのくらいのスピードで成長するのかは知らないが、あんまり大きくなっていないことを願うよ」


「あと、可能性として、ここは死んでしまったダンジョンの可能性もあります。ダンジョンンの最下層あたりにあると言われているダンジョンコアが壊されると、ダンジョンは成長を止めて、中のモンスターもそのうち死に絶えるそうです。今のところモンスターも見当たらないので、その可能性も高そうです」


「なるほど、そういうのもあるんだな。その死んだダンジョンを第三者が利用して屋敷の連中を皆殺しにしたってことか?」


「いや、それは当事者なりを捕まえるかしないと分かりません」


 そんな話をしながら、うねうねと曲がりくねった洞窟を歩いていたら広い空洞に出た。俺たちが歩いてきた穴の左右には各々三、四個の穴が空いている。どうもどこをどう歩いてもこの空洞に出るようだ。


 空洞には手前に並んだ穴と正面に穴が一つ。その穴の先には、炎が燃えているような揺らめく光源があるようだ。


 そういうことらしいので、正面に見える穴に俺たちは進んでいった。


 その穴は曲がることも分岐もなくまっすぐ続いてやがて岩盤むき出しの洞窟から石組みの通路になった。


 その通路も二十メートルくらい先で行き止まりになっていて、一本のダンジョン謎たいまつ(注3)の炎が揺れる中、行き止まりの正面に高さが二メートル、横幅が一メートルほどの大きな姿見が壁に立てかけてあった。


「この鏡、俺たちが映っていないな」


「『ハムザサール(注2)』の部屋にあったような大鏡ですね」


「よく見れば鏡の縁の凝った装飾あたり、あれとそっくりだな。あいつのようなのが出てくると、リンガレングがいないからやっかいだな」


「わたしたちも以前より相当強くなっていますから、何とかなるでしょう」


「そう願いたいものだ。まあ、あんなヤツがこんなところにチマチマトンネルを掘るとは思えないからヤツとは関係ないだろうけどな。

 しかし、この鏡しかないとなるとどうすればいいんだ?」


 そう言いながら、自分の姿の映らない謎の鏡の表面に手を伸ばして指で触ろうとしたら、水面に指をいれたような感じで指が鏡の中に入ってしまった。ついでに鏡の表面に小さな波紋まで広がった。


 慌てて指を引き抜いたら、ちゃんとつながっていた。焦ったぜ。


「なんかこれ、どこかに繋がっているんじゃないか?」


「うーん、ダンジョンの出入り口とはすこしちがうけど、働きは同じかもしれませんね」


「ありうるな。ちょっと鏡の向こうがどうなっているのか知りたいが、鏡の中には入りたくないな。トルシェとアズラン、どちらか鏡の向こうがどうなっているのか確認しに行きたくはないか?」


「向こうがどうなっているのかは知りたいですが、中に入ってまでは、ちょっと」


「仕方ない。俺が確認してきてやる。俺がこの中で一番打たれ強いから何があっても何とかなるだろう」


「それじゃあ、ダークンさん。短いお付き合いでしたが、今までどうもありがとうございました」


「ありがとうございました」


「お前たちはいつもそればっかりだな。たまには違うことを言ってみろよ。

 それじゃあちょっといってくる」


 二人を残して俺は鏡の中に両腕を入れて、向こうにある鏡の枠を掴んで体を引き寄せてそのまま体を前に出し一気に鏡の中に入っていった。






[あとがき]

注1:ダンジョンの階段並み

ダンジョンの階層間をつなぐ階段で、これまで確認されたものはすべて三百段あった。


注2:ハムザサール

以前、ダークン配下の神滅機械リンガレングによって撃破された大魔王。人の姿を映すことのない鏡の中の世界に住んでいた。


注3:ダンジョン謎たいまつ

ダンジョン内の明かり。なぜかいつまでも燃え続けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る