第77話 探検


 鎧の戦士をたおした玄関ホールでは、大理石とおぼしき床が鎧の戦士がまき散らした黒い液体で表面が溶かされてボコボコなってしまった。


 今の戦いを見学中だったトルシェとアズランが体育座りからゆっくりと立ち上がって、まずトルシェが、


「ダークンさん、気味の悪いヤツでしたね。中身はどうなってたんだろ?」


「黒いタールみたいなのが詰まってたみたいだな」


 次に、アズランが、


「うまく木の実が当たって、あいつの気をらせたでしょ?」


「ありがとな」


 ピスタチオもどき攻撃は、敵のすきを作るために狙っていたようだ。さすがはアズラン。大した相手ではなかったのでアシストしてもらう必要はなかったが、長引かせるわけにはいかないからちょうどよかった。


「ここには今のヤツ以外、変わったものはないようだな」


「ダークンさん。あいつの立っていた台座の下の床が他と少し違うようです」


「ほう。よく気づけたな。だいたい他と違うということは何かしらのヒントになっているんだ。他と違う場所は良く調べて、落ちている物は拾っておく。これが基本だ」


「そうなんですか? 誰が何のためにヒントをくれるのか分かりません」


「そういうものなのだ。ヒントが何もないせいで攻略が行き詰ってしまえば、面白くないだろ?」


「それはまあそうなんでしょうが、相手側から見たら無駄じゃありませんか?」


「だまらっしゃい! 第三者から見てそういったこまやかな配慮は必要不可欠なものなのだ。これは、経験ゲームちしきから導き出された、知見ともいえよう。

 そういうことなので、まずは調べてみよう」



 確かにアズランの言うように台座の周りの床だけ雰囲気が違う。他の床の石材と同じ石材なのだろうが、こちらの方が汚れが明らかに少ない。


「よし、台座を動かしてみるから、もう少しよく見てみよう」


 カチッ。


 鎧の戦士が立っていた石の台座を向う側に押して完全に位置を変えてやったら。床の下から音がした。


「いま音がしたよな」


「何かのスイッチが入るような音でした」


「これって、ダンジョンにあった感圧スイッチか何かなのか?」


「さあ、どうでしょう。音のした後、このホールの中で変ったところはありません」



 不審に思いながらも、床を見ると台座のあった場所がツルツルの真っ白になっている。そこだけ汚れていないので真っ白に見えているだけなのだが、よく見ると少しだけ周りの床と比べ浮き上がっている。


 気になるので、俺が乗ってみることにした。


 後で考えると不用意な行動だが、俺は女神さまなので気が大きくなっていたのだろう。


 それでどうなったかというと、結論から言って、また、カチッ! と音がした。今のところは、ただそれだけだ。遠くの方で何かが動いているような音も聞こえてはいない。何か仕掛けはあったのだが、古くなって動作不良を起こしているのかもしれない。今のところ気にしても仕方がないが、こういうのはそのうちいきなり動作不良が何かのはずみで直ってしまって仕掛けが動き始めるんだよな。


「ダークンさん、正面の絵なんですが、最初と比べて、何か変わっていませんか?」


 アズランにそう言われて、がくにはまった鎧姿の若い男の油絵を見ると、確かに最初と比べ雰囲気が違うような気がする。


 どこがどうとは言えないのだが、確かに何かが違う。


「どこがとは言えないが、確かに何か雰囲気が違ってきた感じがする。

 トルシェはどうだ?」


「ごめんなさい。今初めて絵の中身をちゃんと見ました」


 それは仕方がないな。いかに大賢者と言えども、比較する対象がなくては比較は無理だ。


「ここはもう仕方がないから、一階から調べていこう。右の通路から行くか、左の通路から行くか。全部見て回るんだからどっちでも一緒なので、まずは右から行こう」



 そうして俺たちは玄関ホールから右の通路に入って行った。ここからは通路ろうかの天井も普通の高さになっている。もちろん天井には絵は描かれていないようだ。かつては漆喰か何かで真っ白だったのだろうが、カビやシミが広がっていて黒くなっており、それが何か不気味な形に見え非常によい風情をかもし出している。


 床は落ち葉などが溜まっていて山道のようになっていたが、ありがたいことにちゃんと玄関ホールと同じ白い大理石のようで、床が抜けているような個所はなかった。日当たりが悪いせいか、溜まった枯れ葉が堆肥状に腐って積み重なっているのだが、雑草などが生えてはいなかった。シイタケ栽培には良さそうな環境ではある。


 まっすぐな廊下の左側は窓になっていて、窓そのものは朽ちて全開状態だ。右側に部屋の出入り口が並んでいる。出入り口の扉は、付いているところもあれば無くなっているところもある。


 手前から順番に部屋の中を確認していくとしよう。


 最初の部屋の扉はまだ健在だったので、取っ手を持って扉を開けてみた。扉は簡単に開いたが、中からむっとしたカビの臭いが鼻を突いてきた。


 その部屋はわりと小さな部屋で、おそらく玄関口や門の辺りの守衛の詰め所のような部屋だったのだろう。長机に椅子が数脚、あとは食器棚と小さな流し台。この部屋の扉はしっかりしていたし、窓といえば明り取りの小さな窓が天井近くにあるだけだったせいか、中のものはそれほど傷んではいなかった。


 それでも上の階から、雨水などが流れてきたせいか、天井はカビとシミで真っ黒で、部屋のいたるところにもカビが生えていた。外から見ても屋根は相当傷んでいたし窓もないようなものだから、どの部屋も雨水が回ってカビだらけなのだろう。


 そこから続いて何部屋か中を見てみたが扉のある部屋も窓がなくなっているので中は荒れ放題で、トルシェの喜ぶようなお宝はどこにもなかった。


 これまでのところ、玄関ホールの戦士像だけが脅威と言えば脅威だったが、大したことはなかった。ただ、一般の冒険者では呪いをその場で解呪できるようなスキルを持っていないだろうから、あの動きの遅い戦士像でも相当な脅威になるだろう。


 しかし、あそこでもし戦いになっていたとすれば、冒険者なりなんなりの残骸むくろが残っていてもいいものだが、そういった物はあそこにはなかった。それどころか、あそこでは戦闘が起こった形跡もなかった。あの像は俺たちだけを接待してくれたのだろうか?



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