第71話 人はこれを当たり屋と呼ぶ


 魔術師ギルドを後にして、俺たちは特訓の必要な白ローブ改め特別陸戦隊員たちの代わりに土地購入のための下見をしようと王都のヤヴァそうな地域を見て回ることにした。


 今までは百メーター四方もあるような広い空き地を探していたので適当な物件が見つからなかったが、最初から立ち退かせることを前提として土地を見て回れば、土地の代金で折り合いがつきさえすれば、別にヤヴァそうなところである必要はどこにもないような気がしてきた。



「ダークンさん、適当な貴族の屋敷を寄付してもらいましょうよ」


 会長職を2号に押し付けて肩の荷を下ろしてスッキリとした自称トルシェ1号がピスタチオもどき食べながら、俺の考えを一歩進めたようなことを言い始めた。


「そんな都合よく屋敷を寄付してくれる貴族なんかいるわけないだろ」


「まあ、普通はそうでしょう。でも、だいたい貴族というのは、悪いヤツらと相場は決まってますから、難癖付けて追い出してしまえば簡単でしょ? そうすれば、土地の代金も立ち退き料も払わずに済みますよ」


「それじゃあ、俺たちがまるでならず者じゃないか」


「悪人をらしめたあと、たまたまそこに落っこちていた土地を拾ってあげるだけだからどうってことないじゃないですか。これぞまさに勧善懲悪の見本ですよ。それにだいたいここに王都ができる前はここら一帯は原っぱだったんでしょうから気にしたら負けです」


「トルシェ、この都ができる前のことを知っているのか?」


「いえ、全然」


「そうだよな」


 トルシェは考え方が過激だよなー。まさに過激派だ。王都に新秩序の建設をめざしているのかもしれない。議長職を2号に押し付けたとたん元のトルシェに戻ってしまった。しかし、迷宮内で仲間に騙されて瀕死だったトルシェが、どうしてこんなになったのか? あれからここまで面倒を見てきた上司としては理解できないぞ。


「それじゃあ、ダークンさん。試しに貴族街に行ってみましょうよ。

 アズラン。王都には貴族街ってあるよね?」


 トルシェはあくまで軽いノリである。


「王宮の近くに貴族の屋敷が並んで建ってる場所があるよ。

 ダークンさん、そこに行ってみましょうか?」


 女神さまとしては、ちょっと気が進まないが背に腹は代えられない。


「うーん。まあ、やることもないし、ほんとに悪者がいたら懲らしめてやるのも面白いかもしれないしな。ほっほっはははっ!」


「ダークンさん、その不気味な笑いかたは何なんですか?」


「こら! 不気味なとか言うな。これは『ご隠居さま笑い』というれっきとした笑い方だ。しかもこれは、mkIIマークツーだ。因みにmkIマークワンは、『かーっかっかっ!』だ」


「分かりました。

 アズラン早く行こ」


「うん」


「こら! 俺を無視するな!」



 二人に呆れられてしまった。貴族街に行くのはいいが、悪人のあてがあるわけでもない。何か面白いことが起こるまで近くの道を行ったり来たりするのだろうか? それだとまるで不審者だぞ。


 俺たちに対してなにか危害を加えることのできるようなヤツはこの国、いや地上にはいそうにないが、さすがの俺も積極的な・・・・トラブルメーカー反社会的人物になりたいわけではない。



 通りを進んでいき、王宮が遠くに見える大通りに出た。


「王宮が見えてきたので、このまま、まっすぐいって、一つ大通りから外れた道に入っていけばその先が貴族の住む一角です」


「やっぱり大きな屋敷なのかな?」


「大きな屋敷の中にも特別大きな屋敷もあって、それだと、この前の墓場くらいの敷地に建っていると思います」


「狙うんだったら、大きい屋敷の方がいいよね。大きい屋敷ってことはそれだけ悪いことをしてる証拠だよ」


「トルシェ。大きいから悪いことをしてるってことはないんじゃないか? 要はこの国にどれだけ貢献したかで屋敷の大きさが決まっているんだろ?」


「過去はそうかもしれませんが、代が下るにつれて、人間は悪くなってしまうんです。それは歴史が証明してるんです」


「そうなのか?」


「そうに違いありません」


「つまり、それはトルシェの感想ってことなのか?」


「感想じゃなくて、事実です。事実じゃなければ事実にしてやります」


「トルシェがそうするなら、それはそれでしかたないよな」


「はい。しかたないんです」




 貴族の住む一画らしき場所は、道も綺麗に清掃されて、風体のいかれた連中がたむろしているようなことも、妙なものが落ちているということもなかった。


 歩いていると二人組で巡回している警邏の連中が何組もいた。一般人では、さすがにこんな場所で大騒ぎを起こすのは難しいだろう。トルシェなら簡単だろうがな。


「ダークンさん。あそこの屋敷が良さそうですよ。敷地も広そうだし手ごろじゃないかな? あれ? その先の屋敷も大きいけれど、何だか敷地の中の立ち木がうっそうとしていて人の住んでる気配がありませんね」


「こういう一等地は空きがあればすぐに後の人が入ってくると思ってましたが、そうとも限らないようですね。人が住んでいないなら、立ち退かせることもないしちょうどいいんじゃないかな。まさかあの屋敷の中に持主が住んではいないだろうから、持ち主を探すのが大変そうですね」


「隣に聞いてみるしかないんじゃないか?」


「やっぱりそうですよね。それじゃあ隣の屋敷に入って見ましょう」


「勝手に入っていいのか?」


「出入りのために門があるんだから入ってもいいに決まっています」


「ほんとにいいのかよ」


「ちょっと話を聞くくらいだから大丈夫ですよ」




「向こうから、二人組の警邏が来ます」


 アズランレーダーに反応があったようだ。


「やましいことはまだしていないから大丈夫」


 やましいことだとの認識は本人も持っていたことに驚いた。


 警邏の二人とすれ違おうかというところで、その二人のうちの一人が、


「おい、お前たち。聞きたいことがある。屯所まで来てもらおうか」


「聞きたいことがあれば、ここで聞けばー」


 と、トルシェがいつもの調子で返答をしてしまった。居丈高いたけだかな態度を取られるとトルシェはすぐに切れるからな。この二人も女が相手だと思ってそういった態度で俺たちに臨んだのだろうが、ご愁傷さまではあるな。最悪、二人くらいこの世からいなくなるかもしれないが、痕跡処理係のコロもいるし大丈夫だろう。


「なに? お前はこの王都警備隊の制服が分からないのか? われわれの言うことをおとなしく聞かなければ、ただでは済まないぞ」


「ただじゃなかったら何かくれるの? 言っとくけど、安物ならいらないから。あんたら二人のやっすい俸給じゃ大したもの持ってるわけないから、期待しても無駄かな?」


 そういって、トルシェがアッカンベーをして逃げ出してしまった。


「この!」「待てー!」


 警邏の二人組が大声をあげて逃げるトルシェを追い回す。


 俺とアズランは、屋敷の塀に寄りかかって事の成り行きを見守っていたら、屋敷の門の横の通用門から身なりのいいおっさんが出てきた。


「警邏のお二方、この界隈かいわいでは少し静かにしていただけませんか?」


 おっさんが、大声をあげていた警邏の二人に注意した。


「はっ! 申し訳ありません!」


 二人そろって頭を下げた。やはり、貴族の使用人に対しても警邏の下っ端ごときは敬語で接しているようだ。まさに世間の縮図を垣間見たようだ。


「お嬢さんがたもあまり騒がないようお願いします。その子はあなたの妹かなにかでしょう? ちゃんと面倒をみなさい」


 今度は俺が使用人に叱られてしまった。



「はーい」


 こっちは気の抜けたトルシェの声。俺とアズランは別に騒いでいなかったのにトルシェの同類にされてしまった。



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