第70話 トルシェ2号


 さっそく魔術師ギルドに朝のご出勤だ。トルシェ2号まで連れているので若い女が小・中学生を連れているような見た目だ。中学生二人は双子だ。


「2号については事務長にはトルシェが作ったホムンクルスであることを教えておいた方がいいだろうな。いらぬ頼み事なんかを事務長や他の連中からされないためにもその方が無難だろ?」


「そうですね」




 魔術師ギルドの玄関ホールに入るとかなりの人がいた。ここで大枚をはたいて魔術を学ぶ学生たちなのだろう。ありがとうございます。


 受付嬢が俺たちに向かってちゃんとお辞儀をしてきたので、いちおう会釈だけはしておいた。受付嬢たちの顔が多少ひきつっているようだ。相手がだれであれ、プロ意識をもって微笑くらいは浮かべた方がいいぞ。


 場所を覚えているアズランにくっ付いて、事務長のいる部屋までたどり着き、そのまま中に入って、


「事務長」


「少々お待ちください」


 相変わらず机の上から顔も上げずに何やら書き物をしている。


 仕事の邪魔はできないのでおとなしく待っていたら、そこまで待たされることなく応対してくれた。ただ、この事務長は、下の人間の時間と上の人間の時間の価値は全く違うということを理解していないようだ。


「トルシェ、説明してやってくれ」


「はい。

 事務長、わたしの隣りに立っている女の子は何に見える?」


「ええと、トルシェ議長にそっくりな方、双子のご姉妹ですか?」


「いや、これはわたしが作ったホムンクルス。特別な素材は何も使わず、魔法だけで作ったもの。

 2号、事務長に挨拶してくれる?」


「トルシェ・ウェイスト。魔術師ギルドの評議会会長」


 全く同じ声で自分の名まえを口にする2号に、事務長は相当驚いたようだ。


「魔術だけでホムンクルスを作り上げることは錬金術師たちの究極の目標の一つだったはず。それが目の前に」


「普通のホムンクルスと違って魔力が抜けると消えちゃうから、召喚されたものに近いんだけど、召喚じゃここまで自分にそっくりなものは呼べないから」


「私も少しは鑑定ができますので、それで鑑定してみたところ確かに魔法生物と鑑定されました。正しく新会長は大賢者さま」


「ということで、このホムンクルスを置いておくから、わたしの代わりに会長の仕事をさせてやってくれる。注意事項は、わたしとほぼ同じ魔法が使えるから、あまり怒らせないように。この辺り一面が火の海になるかもしれないからね」


「はっ。分かりました」


 トルシェの言っている意味を理解したようで、軽く額の汗を拭く事務長。時限爆弾を建物の中に置いているようなものだものな。


「それじゃあ、よろしく。今日も白ローブたちの訓練をするから広場に集めておいて」


「はい」


 事務長は小走りに部屋を出ていったので俺たち四人は広場に向かった。



 広場に出て、しばらく待っていたら今日は動き易そうな服装をした男女が俺たちの前にやってきた。人数は八人。昨日は十人だったが二人減ったようだ。勝手に減ったが仕方がない。もとより大した期待はしていなかったわけで、八人も残ったことの方がビックリだ。俺は根性があるヤツは好きだぞ。それと、白ローブを着ていないこの連中を白ローブというのも変だからこれからは特別陸戦隊とでも呼んでやろう。名前から先に入って、中身がそれに追いつくように訓練していけばいいのだ。


「トルシェ、2号の紹介をしてくれ」


「はい。

 みんなよく集まった。ここにいるのはわたしの代理だ。わたしと思ってその指示に従うように」


「はい!」


 ほう、今日はいい返事だ。一歩一歩精鋭に近づいてきている。この八人には期待が持てるな。


「2号、後は頼む」


「はい。

 みんな、わたしのことは、評議会議長と思ってくれ。わたしの指示には従うように。わたしは議長ほど魔法の扱いがうまくないので、電撃をくらわしたとき加減をあやまる可能性もあるからな。今日から本格的な訓練を行う。まずは体の硬さを取るために柔軟体操だ。二人組になって、一人は地面に座って足をまっすぐ前に伸ばして、手を足の先に近づける前屈だ。もう一人は後ろから背中を押してやれ。それでは始め!」


 なかなか2号はコーチとして優秀なようだ。ということは2号を造ったトルシェが優秀ということだな。今の指示からしてアズランの知識まで持っていそうだ。



「それじゃあ2号、後は任せた」


「はーい」


 返事までトルシェと同じだった。



 2号に後は任せて、俺たちは、土地購入のための現地視察に行こうと、早々に魔術師ギルドから引き揚げた。


 2号に白ローブ改め特別陸戦隊の特訓を任せてしまったが、死人があんまり出ないことを祈っておこう。


「ところで、トルシェ、2号はどうして1号じゃなくて2号なんだ?」


「トルシェ1号は、わたし自身ですから」


「そうだったんだ」


「そうだったんです」


 創造主が被創造物を自分と同列に扱うというのはありうるだろうが、創造主自らが被創造物と同列になるという発想が天才の天才たるゆえんなのかもしれないな。


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