第62話 人体改造
アズランが白ローブたちのフィジカルを鍛えてくれるらしい。専門家のアズランなら、少なくとも俺みたいに面倒だから全力でグランド五十周とかは言いつけないだろう。
「お前たち、たるんでいるのか! もう少し気合を入れて走れ!」
アズランの手にはいつの間にかまっすぐで幾分太い木の枝が握られていた。ヨタヨタ走る白ローブに並走してそいつの尻をその木で叩いては、その前を走る次の白ローブに追いついてまた尻を叩いている。
アズランは俺以上にスパルタだったが、大雑把な俺と比べてずいぶんときめ細かいスパルタのような気がする。
おっと、とうとう足を絡ませて一人の白ローブがこけてしまった。
「起きろ! そして走れ!」
そこらの子どもくらいにしか見えないアズランに大きな声で怒鳴られていい気持ちはしないだろうが、そいつはなかなか起き上がれない。サボタージュでも始めたのか?
そしたら、アズランが、
「トルシェ、こいつ気絶してるみたいだから、魔法で頭の上に水をかけることができないかな?」
「できるよー」
ブツブツ口の中で言いながら考え事をしていたトルシェだがアズランの言葉は聞こえたらしい。
前のめりに転がって動かなくなった白ローブに向かって、トルシェがウォーターボールを放った。命中すればただではすまないのだろうが、その水の球は白ローブの頭の上で破裂してバケツ一杯ほどの水が下に落ちていった。
さすがにこれで気絶から覚めたらしく白ローブは咳き込みながらも立ち上がり
わりと根性があるじゃないか。
「あれ? こいつ白目むいてる。
ダークンさん、意識がないのに動いてます!」
あれれれ。そいつは勝手にゾンビになってしまったのか? すごいな。これは新たな発見だ。
「ちょうどいいから、意識のないまま鍛えてやってくれ」
「はい」
技能の向上には、無意識での鍛錬はあまり意味がないかもしれないが、体力の向上には意識が有ろうがなかろうが関係ないだろう。体がダメになったら、万能薬もあるし全く問題ないハズ。ただ、こんなことをしていると、明日になれば数人逃げ出してしまうような気もする。まあ、役に立たない上に根性のないヤツが何人減ろうが問題ない。最終的に二、三人も残れば十分だ。
意識の無くなった白ローブは水を掛けられたせいで白いローブが泥だらけだ。そいつは、何かのリミッターが外れたのかそれなりのスピードで走るものだから前をトロトロ走っている白ローブを追い抜いていく。いいぞー。
半ゾンビ化した白ローブに追い抜かれた白ローブが次々と前のめりになって転げ始めた。こういった連鎖反応も初めて見た。今日は良い経験をした。
倒れ込んだ白ローブに対してトルシェがウォーターボールで水をかけていく。
水をかけられた白ローブはすぐに立ち上がって意識のないまま走り始める。ウォーターボールの水に何か仕掛けでもあるのか?
「トルシェ、みんな意識のないまま走り始めたが、何かしたか?」
「ウォーターボールの中に強化魔法を混ぜてみました。意識が戻らない理由は分かりません」
なるほど、体は元気になったが頭の方がついていかなかったわけか。このまま元に戻らない方が役立つかもしれないとふと思ったが、それは少し
結局全員半分ゾンビ化して五十周走り切ったようだ。俺は最初の三周までしか数えていなかったが、やはりヘッドコーチのアズランは勘定していたようで、
「よーし、全員五十周完走、よくやった。走るの止め!」
先頭とドン尻がどこなのかはわからないが、とにかく半分ゾンビたちは走るのをやめたようだ。
「アズラン、まだ意識がないようだから、フェアに言って万能薬で元に戻してやってくれ」
「ダークンさん、今戻すと、あまりの疲労にまた意識を失いませんか?」
「アズラン。それなら先にわたしの方でスタミナ魔法をかけて回復させるよ」
「トルシェ、そんなのもできるのか?」
「簡単ですから」
トルシェはそう言って、順番に白ローブならぬ泥ローブたちにスタミナ魔法をかけていったようだが、気絶中の連中なので効果がいまいちわからない。
「いいかどうかわからないが、アズラン、連中を起こしてやってくれ」
「はい」
アズランは万能薬の入った瓶を取り出してふたを開け、フェアがインジェクターをその中に入れて準備完了。気絶の回復程度なら、ほんの微量お注射するだけでいいだろうから、一度万能薬を塗布するだけで間に合うだろう。
フェアのインジェクターで軽く傷つけられた泥ローブたちは、目が覚めてハッとしたようで周りを見回している。あれだけ運動しているので、カロリー消費はかなりのものだろう。腹が減っているに違いない。
「お前たち、今日はこの辺で解散していいが、明日の朝、
アズラン、何時に集合させる?」
「七時でいいでしょう」
「明日の朝、七時にここに集合。それと、その暑苦しいローブは脱いで体を動かしやすい格好でこい。いいな!」
「……」
「返事は!」
「はい」
蚊の鳴くような声で返事があった。
「もっと元気よく!」
「はい!」
「それでは解散」
泥ローブたちが、自分たちが走りながら投げ捨てたフードを回収して本館の方にとぼとぼと帰って行った。
「さて、白ローブの目途は立ったのかどうかわからないが、あいつらの総数は十人てことはないと思うんだがどうなんだろう?」
「魔術師ギルドの出先はいろんな都市にあるし、そこには何人か所属しているはずだから総数はかなり多いんじゃないかな。テルミナでも白ローブを見たことがあるし」
「そいつらもいったんここに呼び戻して鍛え直す必要があるな」
「後で事務長に言って、派遣中の白ローブを呼び戻す指示を出すよう言っておきます」
「アズラン頼んだ。
それで、あいつらの基礎体力の向上はなんとかなるかもしれないが、ゾンビ化以外に何か即効性のある方法はないかな? トルシェ、何かないか?」
「やはり、身体改造でしょうか?」
「身体改造とは?」
「一時的に魔術で能力を上げるのではなく、体を作り変えて恒久的に高い能力を与えるわけです」
「それはなかなかいい考えだが、どうやって?」
改造人間ものの特撮など見たことがないはずのトルシェだが、すごい発想ができるものだ。
「それが分かれば苦労はしません」
「そうだろうとは思ったよ」
発想はすごかったと素直に認めよう。ただ、相手は魔法の天才トルシェだ。そのうち何とかしてしまうかもしれない。
「あっ! そうだ。グレーターデーモンを召喚したつるっぱげがグレーターデーモンに取り込まれたでしょ。そのときずいぶん能力が上がったような気がしたんだけど、あれと同じようにデーモンでも他のモンスターでも良いから取り込まれれがいいんじゃないかな」
「取り込まれたらダメだろうから、逆に取り込めばいいかもな」
やっぱりすごいことを考え出してしまった。
「常時体の中にモンスターを飼うとなると負担が大きくなるだろうから、それこそ召喚魔法で呼び出したモンスターが決めた時間になれば勝手に送還されるようにしたうえで取り込めばうまくいくような気もするな。どうだ?」
「ほう、さすがはわが主のダークンさん。それなら簡単にできそうです。明日、連中がやってきたら試してみましょう。楽しそー」
トルシェがまたやる気を出してくれた。結構、結構。
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