第61話 特訓は続く


 魔術師ギルドの懲罰部隊と称する白ローブの連中のふがいなさにいきどおりを感じてしまった。


 俺の胸のなかで、この連中を何とかしなければいけないという義務感がメラメラと燃え上がっている。全日本を目指す! 世界を目指す! この世界では誰も理解はできないだろうが、そういった乗りのコーチに就任したと思ってくれ。


 広場の真ん中あたりはグレーターデーモン騒動でボコボコになっていたので、そこをよけて、地面の上に体育座りをしながら、今後の教育方針について三人で意見を交換することにした。広場の周りでは、今も白ローブ連中がよたよたと走っている。


 今ではどこが先でどこが最後なのか分からなくなってしまった。


 あれ、これはいわゆるウロボロスってやつかな? ちょっと俺の教養が光ってしまったな。トルシェとアズランでは分かんないだろうが、そのうち俺が教養講座を開いてやってもいいかもしれない。


 それはそれとして、トロトロ全力で走っている白ローブをアゴで指しながら、


「それで、あいつらはどうする?」


「傷つけないように殺してゾンビにするのはなかなか斬新でいい考えだと思ってたけど、それがなくなったんで、それ以上いい考えは浮かばないなー」


「ダークンさん。あまり素質がない連中は鍛えたとしても手間のわりに効果が期待できませんよね」


 どうも話が否定的な方に流れていく。白ローブたちのヨタヨタ歩きだかトロトロ走りが自然と目に入るのでこういった方向に意見が流れていくのは仕方がないのかもしれない。


「しかしせっかくいるんだから有効利用しないともったいないだろ。魔術の天才のトルシェがあいつらにちゃんと魔術を教えてやったら使い物にならないかな?」


「あの連中が使えるのは魔術で、わたしの使っているのは魔法です」


「ふーん。ところで、トルシェは魔法だか魔術だか知らないけれど、他の人間に教えることはできるんだよな?」


「もちろんです」


「アズランは魔法だか魔術は使えるのか?」


「基本的に何も使えません」


「何が基本なのかは知らないが、ちょうどいい。

 トルシェ、ちょっとアズランに簡単なのを教えてやってみてくれるか?」


「任せてください。それでは、簡単なファイヤーボールでいきましょう。

 アスラン。ファイヤーボール使えないでしょ?」


「はい。先生。全く使えません」


「よろしい。それでは、まず、魔力を意識して利き手の先端に集めてください」


「先生、魔力が意識できません」


「えっ?」


「えーと、魔力が何なのかもわかりませんし、全く意識できません」


「そうなの?」


「はい」


「ダークンさん。どうしましょ?」


「俺も魔力なんぞは意識できないから、『どうしましょ?』と言われても全く分からないぞ」


「それじゃあ先に進めないような」


「あの連中なら、その程度はできるだろうから、そこは、できたものとして次にいってくれ」


「それじゃあ、集めた魔力を火の玉にしてそれを目標に向かって放り投げる」


「えーと、トルシェ先生? たったのそれだけ?」


「今のは説明用なので、長ったらしくなりましたが、普通は無意識に『イッケー』だけでできちゃいます」


 やはり相手はトルシェ。はっきり言って期待はしていなかったのだが、案の定、天才は教育者には向かないということがよーくわかった。


「トルシェ。だいたい分かった」


「私は全く理解できなかったトルシェの説明を理解できたとは、さすがはダークンさん」


「いや、天才トルシェは天才なるがゆえに教育者には向いていないということが良ーく分かったってだけだ」


 今の言葉を聞いたトルシェが褒められたと思ったのか、妙にニマニマしている。そして、白ローブたちは、相変わらずテトテト走っている。


「そういえば、トルシェは肉体強化魔法は使えるんだよな」


「さっき見たからおそらく使えます」


「それって、自分自身じゃなくて、誰かに対しても使えるのか?」


「自分の体を対象にするのか、他人の体を対象にするのかの違いだけなので、おそらく・・・・簡単にできると思います」


「それなら試しに、あの連中の中で、適当に見繕って、身体強化をかけてみてくれるか?」


「はーい」


 いつものように右の手のひらを広げて、腕を伸ばし、


「こんな感じかな?」


 トルシェの伸ばした手のひらから、青白い光が、前を走っていた白ローブの一人に当たった。


 光が当たった瞬間、白ローブは、競馬場の馬がスタートするような感じで一気に加速して、次々と前を走る白ローブを追い越していく。


「ほう、すごいじゃないか」


「あの連中の身体強化だと、無駄が多いような気がしたんでちょっとだけ中身を変えたんだけどうまくいったみたい」


「そいつはよかった。因みに、うまくいかなかったら、どうなっていたんだ?」


「最悪体が前後に二つに千切れる。みたいな?」


「あいつ、運のいいヤツだったんだな」


「千切れるか無事かの可能性が七分三分ならまあまあ運がいい方かもしれないけれど、五分五分だからそれほど運が良いとは言えないでしょう」


「そうかもしれないが、連中全員に今の魔法をかけたら、五人は体が千切れるわけだから一応全員助かる程度にレベルアップできないか?」


「頑張ってみます。あと、四、五回試したら安定すると思います」


「それだと、二、三人は体が千切れちゃうじゃないか。そこらの石に向かって試してからやった方が良さそうだな。天才トルシェなら、それでも練習になるだろ?」


「任せてください」


 トルシェは何か思いついたのか口の中でぶつぶつ言い始めた。これは放っておいた方がいいだろう。



「ところで、ダークンさん。こんな連中を鍛えてどうしようというんです?」


「アズラン。取りあえず、ここ魔術師ギルドは残しておくことにしただろ、それで大神殿用の広い土地をまた別途用意しなくちゃいけなくなったから、安直にまとまった土地を購入しようと思っているんだ。だいたい土地ってものは上に住んでいる連中が立ち退かないだろ? それをうまく立ち退かせるようにあいつらを使うわけだな。そのさいあんまり弱っちい連中だと舐められるだろ?」


「なるほど。今の王都でこれくらいまとまった土地はこの前の墓地か大貴族の屋敷くらいですものね」


「そういうこと。アズランがこの前連れて行ってくれた小道があったろ? あの辺りの土地なら安そうだしちょうどいいんじゃないかと思っているんだ。ただ、大家が売る気になっても借家なんかに住んでた連中の中で居座るやつも出てくるだろうし、いちいち俺たちが対応するのも面倒だからな」


「わかりました。そういうことなら、私も頑張って連中の訓練に付き合いましょう」


 アズランは頼りになる。トルシェも役には立つが、振れが大きいんだよな。


 今も口の中でぶつぶつ言っているが、それでも議長閣下になって少しは落ち着いたようで良かったよ。




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