第57話 魔術師ギルド、大賢者トルシェ


 なんだか、トルシェが魔術師ギルドで大賢者になってしまったようだ。確かに魔術だか魔法を信奉している連中からすれば、まごうかたなくトルシェは大天才なので尊敬の対象になるのだろう。


 俺が小さい人物だったなら、少しくらい嫉妬の気持ちが湧いたかもしれないが、なにせ俺は女神さま。そんなちっぽけな者ではないので、全くといっていいほどそういった感情はこれっぽっちも、なーんにも起こらなかった。はずだ。


 しかし野人トルシェが大賢者で本当に良いのだろうか? この塔の最上階でマッパで走り回っても良いのだろうか? トルシェ一人が野人のうちはいいが、この塔の中の全員が大賢者に続けとばかりにみんな野人化したらえらいことだ。そのあと周りの塔に、そして、魔術師ギルド内の全員に伝染うつってしまったら笑い事ではなくなるぞ。



 閑話休題それはそれとして


「トルシェ。そろそろ神の奇跡で信者獲得をはじめるぞ」


「そうですね。

 ユリーカくん、魔術師ギルドの中で体の悪い者、病気の者はいないかな? もしいるようなら、ここに寄こしてくれ。神の奇跡で治してやる」


「神の奇跡? ですか?」


「そう、神の奇跡だ。何を隠そう、わたしの上司であるそこの美人さんは恐れ多くも女神さまなのだ!」


「あのう、大賢者さま? お体の具合が良くないようでしたら、仮眠室でお休みください。ご案内します」


「バカ者! わたしの言ったことは事実だ!

 ダークンさん、アレを」


 そうだった。ここで後光スイッチ、オーン!


「ほう、かわった魔術ですね。体の後ろが輝いている?」


 こいつには通用しなかったようだ。これだと、二礼二拍手一礼してもこいつの体は七色に輝かないだろうし、俺も気持ち良くはならないだろう。


 こういったやから回心かいしんさせるために何か奇跡をおこなう必要があるが何かないか?


 ということだが、その前にこの自称会長秘書を鑑定してやろう。


 なになに。


名前:ユリーカ・クリプト

種族:ホムンクルス

種族特性:高い知能を有し、主人の指示を忠実に実行する。物理耐性、魔法耐性がある。人工生命体であるためか、倫理観と信仰心は持たない。

現在の主人:トルシェ・ウェイスト


 ホムンクルスなどというものが実在していたのか。ゾンビがうごめいてるくらいだからホムンクルスがいてもまったく不思議ではないか。


 信仰心を持たないとわざわざ鑑定結果に出ているようでは、神さま演出をいくらっても仕方ないのだろう。


「トルシェ、鑑定してみたら、お前の秘書はホムンクルスだった。おまえの指示だけを聞くんだと。トルシェ、お前の秘書に調子の悪い『人間』をここに連れてくるよう指示してくれるか?」


「分かりました。

 ユリーカくん、魔術師ギルドの中で体の悪い者、病気の者、手足の不自由な者がいたらここに連れてきてくれ」


「了解しました。早速探して連れてまいります」


 トルシェの指示を聞いたとたん、小走りで階段を下りて行った。ケガをするなよ。



「なんだか、ここ、魔術師ギルドに来てから調子が狂うな」


「わたしも何だか気疲れが」


「私は今のところ平気です」


 アズランだけでも元気そうでよかった。


「この調子だと、ここに大神殿を作るのは難しそうだな」


「かなり広くていい場所なんですが、大賢者にされてしまったからか、さすがのわたしもここの連中をむやみに皆殺しにはできないし」


「大賢者か。そういえば、ウマール・ハルジット(注1)も大賢者だったよな」


「すごいです。トルシェは伝説の大賢者に追いついたんだ」


「アズランよしてよ。わたしはわたし。トルシェなの」


「それで、どうしようか? ここで体の具合の悪い連中を治してしまったら当面することがなくなるな」


「各塔の責任者を呼んで、どんな研究をしているのか聞いて、わたしがやってみせれば研究を止めるんじゃないですかね」


「新しい研究を始めるかも知れないがな。

 そういえば、ここに上がってくる途中、写本をしてただろ? おそらくあれは、召喚術の研究書か呪文書なんだろ。あれが貴重な収入源の一つなんじゃないか? ああいった地道な商売をして稼ぐのは大事だよな。もっと大掛かりにして、大量にああいった物を作って、もっと安くして売りだせば、買い手が増えて、総じてここの収入が増えるんじゃないか?」


「わかりました。今までの商売をさらに大掛かりにしていこうってことですね」


「それと、もうあの荒事専門の連中はいらないんじゃないか? あんなチャチな連中だと、かえって相手になめられると思うぞ」


「ダークンさん、連中が相手をしたのがトルシェだったからで、アレはあれでそれなりだったんじゃないですか?」


「そうかなー? 迫力でもあれば幾分ましだが、それもなかったしな。いっちょ俺が連中を鍛えてやるか?」


「それは面白そうだし、良いんじゃないですか。私も協力します」


「じゃあ、トルシェが魔法を教えてやって、俺とアズランで戦い方を教えて精鋭軍団を作ろうじゃないか」


「ダークンさん、当初の目標を忘れていませんか?」


「大神殿はいずれにしても、何年、何十年もかかる物だろうから、ゆっくりでいいんだよ。

 おっと、トルシェの秘書が病人を連れて来たみたいだ。さて、どこで奇跡の治療を行うか? 一人ずつこの階に呼んで、奇跡を起こすしかないか。


「トルシェ、お前の秘書に言って、患者は下の階で待たせて一人ずつこの階に寄こすように言ってくれ」


「はーい」


 すぐにトルシェが下の階に下りて行って、しばらくして帰ってきた。


「すぐに最初の患者が来ます」


「ありがとさん。それじゃあ最初から後光スイッチを入れておくから、トルシェは階段を上ってきた患者を俺の前まで連れてきてくれ。

 アズランは、フェアと一緒に待機して、合図したら患者にインジェクターを使ってくれ。最後に俺に礼拝をさせるのを忘れるなよ」


「はーい」「はい」





注1:ウマール・ハルジット

古の大賢者。過去、魔神『黄昏のアラファト・ネファル』をテルミナの大迷宮最下層に封印した。

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