第48話 神の奇跡


 宿屋の食堂でいい酒を飲んで、その日は上機嫌で部屋に入って朝までぐっすり眠ることができた。


 宿屋の食堂で三人揃って朝食をしっかり食べたら、食堂の給仕の連中に驚かれてしまった。



「よし、今日はリスト商会でバッチリ布教活動をするぞ!」


「はーい」「はい」


「そういえば、コロの体液をアズランも別途持っていた方がいいだろうから、瓶を何個か買っておきたいな」


「それじゃあ、早めに雑貨屋に行って、それからリスト商会にいきましょう」


衆生しゅうじょうを憐れむ女神さま。うーん、これは絵になるぞ」


「どっかで画家でも雇いますか?」


「そんなのがいるのか? それはそのうち雇ってみても良いな。俺の美貌は不変だが、いつも同じ場所にいるわけじゃないから、拝むものも必要だしな」


「それって、偶像崇拝じゃないですか?」


「偶像も何も、本物の女神さまが歩き回っているんだからなんにも問題ないだろ」


「それは、そうでした。アハハハ」



 フェアのインジェクターを差し込むわけなので、あまり大きくなくて水漏れのしないようなちゃんとした瓶を探そうと何軒か雑貨屋を探したが目当てのものが見つからなかった。


「困ったな。そろそろリスト商会にいかなくちゃいけないから、瓶を買うのはその後だな」


「急ぎますか」


「そうしよう。俺は全く道が分からないから、アズラン頼む」


「わたしも全然だからアズランお願い」


「任せてください」


 しかしよくアズランは道を覚えているものだ。




 朝には集まっておけと言ったのだが、少々俺たちの到着が遅れてしまった。しかも、乗っ取ったマグショットからも手足の不自由そうな連中が四、五人ハウゼンに連れられてやって来ていたので、双方居づらい思いをしていたようだ。


「みんなご苦労。少し遅くなったが勘弁してくれ」


「滅相もございません」


「それでだ。これからすぐに体の悪いヤツを治していってやるから、最初はリスト商会の者から順番だ。リスト、この前の部屋を借りるぞ。治療はそこでおこなうから、一人ずつ順番に入って来てくれ」


 そういって、俺たち三人は先日の会議室の中に陣取って、治療を始めることにした。


「よーし、最初の患者を寄こしてくれ」


『はい』


 すぐに扉を開けて、両手のひらを布でぐるぐる巻きにしたおっさんがマレーネに付き添われて入って来た。マイルズ商会の嫌がらせで手のひらを砕かれたとか言っていたが、それがこの男か。


「布が邪魔だから取った方がいいな」


 マレーネが素早くおっさんの両手に巻いた布を剥ぎ取った。出てきた両手は紫に腫れていて、放っておけば壊死しそうな感じだ。これでは今でもそうとう痛いだろう。よくここまでこれたものだ。


「それでは治療を始める。まずは目を閉じてゆっくり深呼吸をしていろ」


 おっさんが素直に目を閉じて深呼吸を始めた。マレーネは身内のようなものだからいいか。


『それじゃあ、おっさんの両手のひらに軽くインジェクターで万能薬を注入してやってくれ』


『はい。

 フェアちゃん、ダークンさんのいったようにしてね』


 すぐにフェアは瓶の中にインジェクターの先を突っ込んで、おっさんの左右の手のひらを軽く突き刺した。


 びくっとおっさんは驚いたようだが、目は瞑ったままだった。


「よーし、目を開けていいぞ。どうだ、手の具合は?」


 ここで、後光スイッチオーン!


「ああっ女神さまっ!」


 何だか一級神になった気がしたが、それは気のせいか?


「手の具合はどうだ?」


「は、はい。まだちょっとわかりません。……、おっ! 痛くない! 腫れがみるみる引いていく。あ、ありがとうございます。ありがとうございます」


 実の父親の回復を目の当たりにしたことのあるマレーネでさえ、この急激な回復にはやはり驚いたようだ。小さな声で「神の奇跡」とつぶやいたのが聞こえた。


 これはなかなかいいアシストだ。


「うん。わかったから、次!」


 両手のひらが回復したおっさんは何度も俺たちの方に頭を下げてマレーネと一緒に部屋を出ていった。今の男がやはり一番重症だったのだろう。


 こまめにここで、後光スイッチオフ。


 次に入ってきたのは、右腕に添え木をして、三角巾の要領で首から腕を吊るしているおばちゃんだった。単純骨折ならちょっと高級なポーションで治るだろうから、この腕もいわゆる粉砕骨折なのだろう。


 素早く添え木を外し、袖をまくってみたら、こちらも腕全体が紫になって大きく腫れあがっていた。これも見るからに痛そうだ。ただ、付き添いもなく一人でここに入ってきたところを見るとさっきの男より軽傷なのかもしれない。どっちにしても同じだがな。



 おばちゃんの目を瞑らせ、フェアに一突きさせる。おばちゃんはインジェクターで突かれた時ビクッとしたがおとなしくしていた。


「目を開けていいぞ。どーだ?」


 忘れず後光スイッチオーン!


 俺の姿をみて深く頭を下げたおばちゃんの腕の腫れが見る見るうちに引いて行く。目を瞠ったおばちゃんが恐る恐る自分の腕を動かしてみて、


「痛くない。全然痛くありません。女神さま、ありがとうございました!」


 元気に添え木と布を持って部屋を出ていった。



 それから、十人ほどリスト商会の連中が続き、


「次!」


「よろしくお願いします」


 今度入って来たのは、片腕が肘から先がなくなった男だった。大分前に腕を無くしたようで傷口も肌色の皮膚で綺麗に覆われている。こいつは、カタギっぽくない顔つきからいってマグショットのヤツだろうな。


「よし、目を瞑ってー。よし。目を開けてー。部屋を出たらしばらくそこらの椅子に腰かけていろ。そのうち手が生えてくるからな」


 男は半信半疑の顔をして部屋を出ていった。


「次!」


 次が入ってくる前に、さっきの男のうなり声が部屋の外から聞こえてきた。


『おおお、おおおおー!』


 ちょっとずつ腕が再生し始めたようだ。ヒール・オールの魔法でも再生できるが、事故などから何年も経ってしまった傷口は再生できないという話だった。こいつもケガをしてすぐに再生していればよかったのだろうが、金がなかったのか、昔もこの辺りにヒール・オールを使える術者がいなかったのか。そのあとは、時間が経ったので諦めてしまったのだろう。


 次に入って来たのも似たような男で、治療・・後、先ほどの男同様部屋の外でしばらく座っていろと言っておいた。そしたら、部屋の外から、


『おおお、おおおおー!』の合唱が聞こえてきた。



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