第44話 身代わり(いけにえ)、とけて流れりゃみな同じ


 俺たちは身代わりいけにえを探して、邪神のごとくそれらしい通りを歩いていたら、壊れかけのような民家の扉がいきなり開いて、目の前にせた女が転がり出て来た。


 女の後から、三人ほどガラの悪そうな男が民家の中から現れた。


「俺たちから逃げようったって無理、無理、無理、無理」


 どこかで聞いたようなセリフを吐きながら三人の中で一番背の高い男が女の前に歩いていった。いや、どこかで聞いたのは無理ではなく無駄だったか?


 背の高い男の後から、小柄な男二人が女の両脇を抱えて立ち上がらせ、背の高い男に面と向かわせた。


「借金の期日は昨日だったのを、今日なら何とかできると言ってたから一日待ってやったんだろうが!」


「……」


「おまえ、俺らを舐めてんのか?」


「十日で一割の利息なんて一度も言ってなかったじゃないですか」


「何を言っている、この証文のここにちゃんと書いてあるだろ!」


「そんなの後から書いただけじゃないですか」


「なに難癖付けているんだ! 払えないなら奴隷になって払ってもらおうじゃないか、ほら俺たちについて来るんだよ。ちゃんと歩けよ!」


 両側から男に腕を掴まれた女が、


「いやよ、誰か、誰か助けてー!」


「うるさい!」


 背の高い男が女の頬を平手でぶったら、女はそれ以上何も言わず男たちに連れられて歩き出した。




 ほう、借金のカタに女を奴隷として売り払おうというのか。


 なんだか、安物ていよさんのドラマをみているようで、ほっこりしてしまった。


 男たちの言い分が本当で、女が最初から利息のことを知ったうえで、それでも借金したのならこの三人にも情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地がないわけでもない。が、おそらくそんなことはないだろう。あったとしても、この三人は有罪だ。俺が決めた。今決めた。



 ちょうど男たちの体格は俺たち三人の体格にかなり近い。溶けて流れりゃみな同じ(注1)だろう。よし決めた。こいつらに尊い生贄いけにえになってもらおう。


 何もしらずに尊い生贄さんたちが女を連れて俺たちの方に歩いて来る。


 俺が道の真ん中、少し後ろの右にトルシェ、左にアズラン。見ようによらなくても狭い道にこうやって立っていれば、道を塞いでいるのは明らかだ。


 背の高い男が俺たちに向かって、


「邪魔だからそこどけや。うん? ここらで見ない連中だな。着ている服も上等だし、後ろの二人はまだ子どもだが、いい女たちじゃないか。いずれ俺たちがいいところを紹介してやるぜ」



「ちょっと聞きたいんだが、お前、その女をだましたのか?」


「ねえちゃん、何が言いたいのか知らないが、あんまり出しゃばったこと言っていると、痛いめだけじゃ済まなくなるぜ」


 その言葉に連れの二人の小男が下卑た笑い声をあげて同意していた。


「なるほど、お前は腕っぷしには自信があるようだが、世の中には上には上がいるって聞いたことはないか?」


「なんだと!」


「上には上がいると言っただけだ」


 そう言って俺は、右手を握りしめて、男の顔に向かって軽く突き出した。


 ビシュ!


 風切り音と一緒に風圧が飛んだのか、男の左頬が軽く切れたようで、血が流れ始めた。


「理解できたかな? 世の中にはな、どうあがいても勝てない相手がいるんだよ」


 今のパフォーマンスで、男たちは明らかにひるんで腰が引けている。


『アズラン、フェアにインジェクターを抜かせてくれるか? コロに直接体液をつけさせるから』


『はい。

 フェアちゃんインジェクターを抜いて待っててくれる?』


 フェアが、軽くうなずいてアズランの肩から飛び上がりインジェクターを抜いたところに、コロの触手が伸びて、体液を軽く先端に付けた。


 男たちは、あまり見かけないフェアリーが何か小さな棒を持って飛び回っていることにまた不穏なものを感じたようだ。


『ダークンさん。どうせこいつらはどこかの組織のチンピラだから、事務所を聞き出してお片付けに行きましょうよ』


『そうだな。街のダニ退治も女神の仕事かも知れんしな』


 道にしゃがみこんでいた連中も面白そうな出し物が始まりそうだというので、ぞろぞろと道の前後に集まり始めた。



 俺たちが何食わぬ顔でいたものだから男たちはさらに怯んだようだ。とはいっても、ハッタリだけで生きてきた連中だろうから、ここまで衆人環視の中で逃げ出すこともできないのだろう。その人生も今日でおしまいだ。


「おい、女を放してやれ。そうしたら俺たちが女の借金を立て替えてやってもいいぞ」


「ほ、ほんとか?」


「うそは言わない。それで、女の借金はいくらなんだ?」


「金貨10枚、い、いや12枚だ」


「トルシェ、払ってくれるか?」


「はーい」


 トルシェが男に金貨の入った小袋ごと手渡した。


「その中に金貨は三十枚くらい入ってると思うよ。一応数えてもいいけれど、袋からは出さないでね!」


 袋の重みを確かめ、中を覗いた男が、子分に向かって顎をしゃくって見せ、女は解放された。


 女は俺たちに頭を下げてそのまま逃げて行った。


 信者獲得のチャンスと思ったがそういつもうまくいくとは限らないようだ。


 男たちは女を奴隷に売ることはできなかったが、それなりの金が手に入った以上その場から去ろうと、俺の方へ近づいてきた。


「用はないならそこをどいてくれないか?」


 俺たちがそのまま道を塞いでいるので、背の高い男が当然のことを俺に言ってくる。


「おい、おい。まだ話は終わってないんだ。おまえら、はっきり言って犯罪者だよな。街からいなくなった方が、喜ばれるんじゃないか?

 案内役は一人いれば十分だから、フェアはどれでも良いから二人、インジェクターで二、三カ所切りつけてくれるか?」


 フェアが一瞬見えなくなった。その間にインジェクターで小柄な男二人の体に数か所切りつけたはずだ。


 フェアがまた、アズランの近くで現れたと思ったら、小男二人組は、声を出すこともできずそのまま崩れ落ちて、文字通りグチュグチュに溶けていった。着ていた男物の服まで一緒に溶けていったのはラッキーだったが、一度に数カ所傷つけたのがやりすぎだったようだ。ここまでグチュグチュに溶けてしまうのなら、身代わりいけにえの大きさにはあまり制限をつけなくても良かったようだ。


 トルシェが気を利かせて、溶けてしまって完全に液体になる前に適当なところでキューブにグチュグチュの塊を収納してくれた。これを冒険者ギルドで出すと、ひと騒動起きるかも知れないな。




注1:とけて流れりゃみな同じ

『お座敷小唄』の一節でした。

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