第31話 マイルズ商会


 リスト商会の前で捕まえた男は、殺されても良いような相当な悪人なのだろうが、『慈悲』の女神である俺が、両足のむこうずねを蹴り折っただけで許してやり、店の邪魔にならないように遠くに放り投げてやった。


 グシャッ。


 変な音が聞こえたので、あの世に行ってしまった可能性が高い。『慈悲』の心でじきにお仲間を増やしてやるから待っててくれ。


 通りを歩く連中も、空からいきなり路上に降ってきた人のようなものを放り投げたのが、か弱そうに見える俺とは夢にも思わないようで、道に血を流している物体を迷惑そうにけて行き来している。


 そのうちお仲間かもしれない警邏けいらの連中が見つけたら処分してくれるだろう。知らんけど。




 元『闇の使徒』の幹部、いまでは俺の信者3号のシーラの案内で、マイルズ商会に向かう道すがら、


「あのう、わが主にお尋ねしたいのですが?」


「なんだシーラ? 言ってみろ」


「『闇の使徒』の地下拠点の方はどうなりましたか?」


「ああ、あれは潰しておいた」


「潰したということは、施設そのものも破壊したということでしょうか?」


「面倒なので、墓場ごと潰してやった。そしたら大穴が空いてしまった。あれなら雨が何回か降れば池になるんじゃないか。池ができたら魚を生けて釣り堀つりぼりにすれば儲かるかもな」


「そ、そうですか。そうですね。ハハ、ハハハハ」


 シーラの硬い笑いがなかなか良い。



「わがしゅよ、あそこに見える石造りの立派な建物がマイルズ商会です」


「あれだな。分かった。おまえも興味があればここらで見物してても良いが、ここからじゃああの建物がぶっ壊れるくらいであんまり面白おもしろくはないだろうから、リスト商会に帰っても良いぞ。いずれにせよ俺たちはここをぶっ潰したら適当に宿をとるので気づかい無用とリストに伝えておいてくれ」


「分かりました。それではお店の手伝いに戻ります。失礼します」



 シーラは帰って行ったので、トルシェとアズランと三人で簡単に作戦会議を道端みちばたで開いた。


 作戦はシンプルに、


「いつもと同じだで、殴り込んで皆殺し。そのあと『神の怒り』で焼き払う。いやここで焼き払っちゃさすがにご近所迷惑になりそうだから、『神の鉄槌』で叩き潰すほうがいいか」


「ダークンさん。作戦はそれでいいと思いますが、ダークンさんの一番の権能けんのうでなければならない『闇』がどこにもありません。このままだと、権能に『破壊』と『殺戮』が増えて『闇』が無くなっちゃいますよ」


「それもそうだが、『闇』の権能を表すのはどうやったらいいのか見当がつかないんだ」


 道端みちばたで、権能会議が期せずして始まってしまった。


「そうですねー、やはり『闇』の演出えんしゅつが大事じゃないですか?」


「演出か。ここら一帯を闇に包むとか。相手を暗闇くらやみおおうとかか? おそらく、今の俺ならそのくらいはできそうだな。コロの瘴気を闇の中に混ぜでもしたらエグイな」


「そういったことでいいと思います。ついでに大見得おおみえを切ったらどうでしょう?」


「大見得?」


「たとえば、そう! 闇で覆う前に大声で『闇よ集え!』

 これなんかなかなかいいでしょう?」


「ほう。さすがはトルシェ、キレッキレにキレてるフレーズじゃないか『闇よ集え!』いい。実にいい」


「フフフ。ついでに、『闇よ集え! わが権能はあまねく世界を覆う!』これで辺りを暗くしてやれば、闇の権能なのだと周囲が気づくでしょう」


「すんばらしい! 『闇よ集え! わが権能はあまねく世界を覆う!』これはもう鳥肌ものだな。ちょっと前なら鳥肌が立たなかったがこの体になったおかげで鳥肌が立つぞ。ワッハッハッハ!」



「ダークンさん、相手の親玉は捕まえるんですよね?」


「どっちでもいいが、金目のものをどこかに隠してるかもしれないから、捕まえておくか」


「了解しました。そこは私に任せてください」


 アズランはいつも頼もしいな。


「行くぞ」


「はーい」「はい」



 リスト商会と比べればこちらのマイルズ商会の店構えはずいぶん立派だし、外から中を覗いた感じ、店の中には使用人がかなりいる。そうとう羽振はぶりがいいようだ。今日は強制的に寄進きしんしてもらうつもりでここに来ているので、羽振りの良い方がありがたい。『闇の大神殿』のために、一肌も二肌も脱いでくれることだろう。おっと、これはトルシェ的思考ではあるな。


 そう思って後ろを見ると、トルシェは指ぬきの『ビスマの手袋(注1)』を握ったり開いたりしてキュッキュッと鳴らし始めてスタンバってる。今回はやる気満々。目つきも真剣そのもの。怖いくらいだ。


 目つきだけかと思ったら、何を言っているのか分からないが、口の中で何やらブツブツ言っている。怖いくらいから本当に怖いヤツにランクアップしてしまった。


 店の正面扉は閉じていたが鍵はかかってなかったので思いっきり開け放して三人揃って突入してやった。


 扉がいきなり開いて、店の中に入ってきた妙齢の美人おれさまと美少女二人。店の者たちが驚いているところへもってきて、まず俺が店の奥に向かって大声で、ここの商会の会長を呼びつけてやった。


「おーい! ここの会長はいるかー!」


 こんどは、生え際前線が後退した小太り男が小走りで俺の前にやって来て、


「お嬢さん、店の中にいきなり入って来て大声を上げてもらっては困ります」


「おい、俺はここの会長に用があるんだが、お前が会長なのか?」


「会長にどういったご用でしょうか?」


「店をたたんでびを入れろと言いに来ただけだ。ケガしたくないヤツは店から出ていった方がいいぞ。逃げる前に会長をここに連れてくるのを忘れるなよ」


 俺のおどしを何と思ったか、小太り男が、店の奥に向かって、


「おーい、こいつらをつまみ出せ」


 偉そうに大声を出す。確かに俺たちのやっていることは、はた目から見れば反社会的勢力の鉄砲玉みたいなものだが、反社勢力はこの店の方だ。しかも俺をつまみ出すとはまったくもってバチ当たりなヤツだ。


 バチ当たりなヤツにバチを当てるのも女神さまの大事なお仕事だから、ちゃんと対応してやるとするか。




注1:ビスマの手袋

指ぬきの黒革の手袋(ビスマ:弓の伝説の名手)。命中率、矢の飛距離がともに上昇する。

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