第25話 『闇の使徒』儀式


 俺たちは大広間の一段高くなった出入り口の踊り場から、奥のステージ上で繰り広げられている儀式を見物している。


 踊り場の上は照明が一カ所切れた映画館の中のようにかなり暗い状態なので、人の目では俺たちを目視することは難しいだろう。特に俺はいま下着姿。目視されたくはない。


 ステージ上には一番奥にアズランの言っていたおぞましげな像がしっかりした台の上に置いてあった。その像は両腕と胸から上だけの胸像だったがかなり大きなもので、確かに目と口を縫い付けられているところは『黄昏のアラファトネファル』に似ている。


 もちろん顔は本物の方が迫力もあったしおぞましかったが、人の作った造形ぞうけいではこの程度が限度なのだろう。像の材質は青銅のようだから、金物として売ってもそれなりの価格はするだろう。


 像の手前には、高さが1メートルほどで一抱えもあるような金色の筒が並べられており、真ん中二本の筒だけはほかの筒と比べて一回り大きい。いずれの筒もその先端から炎を上げて辺りを照らしている。


 その筒の前にこちらを向いて10人ほどの覆面の男女。覆面は黒いが着ているローブのような衣装は真っ赤だ。


 ステージの一番前にはテーブルのようなものが置かれ、その後ろにこいつだけ覆面ではなく頭巾をかぶった人物。男か女かはよくわからない。その人物が儀式を取り仕切っているようだ。宗教言葉でいえば司祭と言ったところか。


 そして、こいつだけ、白地に金糸の刺繍の入ったそれらしい立派な衣装を着ている。


 テーブルは石でできたもののようで、その上にはやせ細って骨と皮になった男?が全裸で仰向けに寝かせられていた。どう見ても、その男は『パルマの白い粉』の廃人だろう。男はまだ生きているようでテーブルの上でわずかに動いている。


 司祭?が何かブツブツ言いながら、その男の胸に右手を手刀のような形にして突き入れた。すぐに手を引き抜いたのだが、その手に赤黒く見える肉の塊りを掴んでいた。


「うへ、あれって心臓じゃん」


 トルシェが変な声を上げたが、確かに司祭?が掴んでいるのは廃人となった男の心臓だ。


 後ろを向いた司祭?は手に持った心臓を炎の上がっている太い二本の筒の片方に無造作に投げ入れた。


 心臓が投げ入れられたその筒の炎が一瞬だけ大きくなったがすぐに元の大きさに戻った。


 司祭?は前に向き直り今度は中空を睨みながら両手を大きく上げた。


 そしたら、ステージ上のショーを見ていた連中が、何やら歌を歌い始めた。司祭?も含めステージ上の連中も歌い始めた。妙に言葉を伸ばして歌っているので歌っている言葉は全く聞き取れない。ただただ、陰々とした歌だ。


 うん? なんだか連中の歌を聞いていたら、妙に頭がすっきりしたような気がしてきたぞ。この感覚からすると、この歌は聞いたものの精神に作用するような呪文や呪いのたぐいに違いない。


 俺たちには気持ちいいと感じるくらいにしか影響が出ないのだろうが、自分たち自身の精神に対して何かのカセのようなものをはめているような感じだ。興味深い。


 その合唱の中で、ステージの後ろに立っていた赤服の一人が、持っていた壺を司祭?に渡したら、司祭?はその壺に入っていた粉を黒ずんだ死体に歌いながら振り撒き始めた。粉をかけられた死体はすぐに白っぽい見た目になった。


 これは菌床きんどこに菌を植え付けているのか?



「あのう、ダークンさん。ここが連中の本拠地アジトなんでしょうか?」


「アジトの一つではあるが、ここだけとは限らないから確認は必要だな。二、三匹覆面を捕まえるか。聞き出したら処分するけれど脅せば何かしゃべるだろ。俺やトルシェが何かしてしまうとうっかり相手を殺しかねないから、アズランが捕まえておいてくれるか? 縛り上げるロープがないけれど、そこはフェアの鱗粉りんぷんで眠らせてもいいし」


「了解しました。二、三匹捕まえて部屋の脇あたりで眠らせてきますから、ダークンさんとトルシェは適当に暴れてもらって大丈夫です」


「頼んだ」


 アズランは実に前向きで優秀だ。それに引き換え、こっちの問題児は。


 トルシェの方を見ると、指ぬき手袋をした両手を握ったり開いたりして、いつになくやる気を出しているような気がする。


「それじゃあ行くか。トルシェは派手な爆発系統以外でな。あと、燃やすのもなしな」


 俺の方はそこでナイト・ストーカーを装着して下着姿ではなくなった。


「分かってますよ。ダークンさんは心配性だな」


 心配性じゃなくて、心配してるんだよ。


 俺も右手にエクスキューショナー、左手にリフレクターを持って準備万端だ。骨のあるやつが出てこなければ、過剰装備だが、スパスパいく方が、ガントレットで殴るより、楽だからな。



「そろそろいいか。こいつら人間じゃねぇ・・・・・・。容赦はいらない。いくぞ!」


 アズランは視界から消え、俺はワザと金属製のブーツの音をガシャガシャ立てながらトルシェの前を進んでいく。


 意味不明の歌声で、俺の足音は消えてしまって誰も振り向いてくれない。それならそれで後ろの方から順に首を刈ってやる。



 最後列で歌を歌っているヤツの首を刈ろうと近づいていったら、そいつの頭の上半分がいきなりスポーンと天井に向かって吹っ飛んで行った。覆面も一緒にくっ付いて飛んでいったものだから、黒いクラゲが飛び上がったような感じだ。頭の半分が無くなってしまったそいつはそのまま後ろに倒れてしまった。


 両隣の覆面はそれに気づいているのかいないのか分からないが、倒れてしまったヤツのことは無視して歌い続けている。歌の影響も大きいのだろうが、こいつらやっぱり本質的にキてるわ。


 天井が高いといっても室内だ。いったん天井にあたった頭の半分が落っこちてきて今倒れたヤツの隣の覆面の頭にちょうど当たった。


 本人にとっては運が悪かったのだろうが、吹っ飛んだ頭の半分が頭頂部を下にして落っこちてきて頭の真上にあたったので、物理的衝撃はかなりあったようで、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。それでも周りの覆面たちは歌を歌っている。大したものだ。


 倒れ込んだヤツの半分になった頭から意外と血が流れないと思っていたら、すぐにドクドクと大量の血が流れだしてきた。動脈が何本も頭に来ているんだろうから、それはそうだ。



 トルシェの『頭部栓抜き魔法』に先を越されてしまったので、目の前で頭を押さえてうずくまっている覆面を、『慈悲』の心で頭の痛みから解放してやろうと、リフレクターを頭上から叩きつけて、頭蓋を潰してやった。


 真上から頭蓋を叩き潰すと、通常なら脳漿のうしょうが飛び散って俺の大事な『ナイト・ストーカー』が汚れてしまうのだが、うまい具合に覆面がそういった諸々もろもろが飛び散るのを防いでくれたので、見た感じ頭の長さが半分になっただけで済んだ。


 諸々の詰まった覆面は自重で床の上にベチョリと音を立てて落っこちて、孔の空いたところから何やらはみ出てきた。


 脳漿などの内容物が飛び散るのを防いでくれるこの覆面は非常に衛生的だ。まるで、コンちゃんだ。『闇の使徒』などと大仰おおぎょうな名前をつけてはいるが、こいつらは衛生商品コンちゃんズだ。


 そういうことなら、首チョッパより頭蓋カチ割の方が断然いい。


 俺がそういった考察をしているあいだに、20人ほど並んでいた最後列の覆面はトルシェによって頭の半分を無くして全滅している。


 それでもコンちゃんズはまだ異変に気付いているのかいないのか分からないが歌い続けている。


 おっと、さすがにここまで来るとステージの上の赤服が異変に気付いたようだ。


 白服の司祭?は悦に入って歌を歌っているのだが、後ろの赤服が4名ほどステージを移動し始めた。


 そいつらは放っておいて、後ろから二列目、俺が頭をカチ割ろうと左手のリフレクターを振り上げたら、また目の前の覆面が頭の半分から下を残して天井に吹っ飛んでいった。


 トルシェのヤツわざとやってるな。


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