第11話 一般信者2号、『二礼二拍手一礼教』


 乗り手を失っても馬たちはおとなしくしていた。ここに放っておいても野生には戻れないだろうから、連れていくしかないか。女神の俺が馬に頼めばついてくるだろうからなんとかなるだろう。


『おまえたち、馬車の後からついてこい』


 少し馬車を前に動かしたら、馬たちは、馬車の後にまわって並んでついてきた。これなら手間もかからず連れていける。次の駅舎で馬たちを引き取ってもらおう。



 八頭の馬を馬車の後ろに引き連れて街道をゆっくり進んでいったら、馬が二頭、街道脇の木につながれていた。


 この二頭は俺たちが乗っていた幌馬車ほろばしゃを引いていた馬のような気がする。


 放っておくのもかわいそうなので、紐をほどいてやったら、後ろについてきている馬たちの後ろに並んだようだ。ぞろぞろ馬を引き連れているところはカルガモの親子か幼稚園の先生に連れられた園児たちの行列を思い出してしまった。



 パッカパッカ、パッカパッカ。


 さらに街道を進んでいくと、街道脇に幌馬車が一台ひっくり返っていた。


 俺たちの乗っていた駅馬車に見えなくもないが確証はない。


 後ろに向かって、


「道端に馬車が転がっているが、俺たちが乗ってた馬車かな?」


『間違いありません』とアズラン。


 やっぱりそうか。御者はどこにも見えないが、無事ではないだろう。俺がバチを当てる前にバチが当たってしまったようだ。やはりさっき拾った二匹はこの馬車につながれていた馬だったに違いない。



 パッカパッカ、パッカパッカ。


 そのまま進んでいたら、こんどは、無残むざんに切り刻まれた死体が四つ道端に転がっていた。二つはさっきの賊と同じ革鎧を着ており、二つはそれとは違う別々の革鎧を着ていた。おそらくこの二人はマレーネのいう護衛たちなのだろう。十人を相手にたったの二人では厳しかったということか。



 馬車を止めて、


「マレーネ、そこに転がっている四人のうち、ふたりはおまえたちの護衛だった連中じゃないか?」


『えっ!』


 そう言って馬車から飛び出して、二人を認めたマレーネが、


「そうです、うちの二人です」


 二人の無残な死体に手を当てて泣き出してしまった。


 ここで泣き出されても困るが、さすがに言えないし、


 馬車から降りてきたトルシェに、


「トルシェ、そこらに墓穴はかあなが掘れないか?」


「簡単です」


 何をどうしたのか知らないが、街道脇に棺桶型のくぼみが二つでき上った。


「マレーネ、二人を埋めてやろう。形見かたみになる物があれば取っておいてやれ」


「は、はい。ありがとうございます」


 マレーネは二人から指輪と首輪を形見として取り外したようだ。


 その後、トルシェとアズランで護衛二人の死体を墓穴に放り込み。トルシェが魔法で穴を塞いだ。賊と思しき二人の死体はコロがおいしく、かどうかは知らないが、きれいに吸収してしまった。



「そろそろ行くか?」


 涙を拭いたマレーネが、ありがとうございました。と、俺たちに礼を言ってきた。


 信者の福利厚生ふくりこうせいは、教祖さまかつご本尊さま本人の義務だから気にする必要はないのだ。




 そんなことがあったが、それからあとの道中は何事もなく、


 パッカパッカ、パッカパッカ。


 いい天気だ。


 


 次の駐車場では、運のいいことに誰もいなくて、馬車も俺たちの一台だけだったので、マナー違反だとは思うが、馬たちに水場で直接水を飲ませてやった。


 トルシェとアズランも馬車から降りて、体を伸ばしたりしている。


 しばらく休憩していたら、馬車の中で寝ていたおっさんが目覚めたようだ。ちなみにおっさんの服は脇腹に大穴が空いてはいるが、血の汚れはコロがきれいに吸収してしまっている。洗濯機のかわりになるとは大したものである。


 そのおっさんが、馬車から降りて、俺たちのところにやって来てしきりに礼を言う。


 いいんだよ。その代りちゃんと礼拝はしようね。


 今回も、小声でアズランがおっさんにアドバイス。


『二回頭を下げて、二回手をたたく、最後に一回頭を下げる』


 おっさんも俺の素性すじょうは娘から聞いていたようで、ちゃんと礼拝できたようだ。


 そうしたら、おっさんの体が例のごとく七色に輝き、俺の方はヒュー、と体が洗われるようないい気持ちが全身を駆け巡った。


 フォウ!


 これは癖になったな。


『トルシェ、馬車に戻ったら、おっさんにちゃんと信者集めの話をしとけよ』


『分かってますよ。ついでに寄付のことも頼んでおきますから安心してください』


 ちょっと不安だが、わが眷属の財務担当に任せるしかないな。


「そろそろ行くか」




 十頭の馬を引き連れた二頭立ての馬車が街道を行く。


 パッカパッカ、パッカパッカ。


 陽は西の空にだいぶ傾いてきた。そろそろ次の駅舎のある宿場町のはずだ。



 そこからまもなく馬車は駅舎に到着。



 全員馬車から降りて、おっちゃんが駅舎窓口で何か言うと、駅舎の中からおっさんが出てきて馬車に乗ってどこかに行ってしまった。


 聞けば馬と馬車を一晩駅舎に預けたそうだ。


 その後すぐにトルシェが窓口に何か言うと、十人ほどのあんちゃんたちがやって来て俺が引き連れてきた馬たちがそれぞれひかれていった。


 最後にトルシェが、窓口でそれなりに膨らんだ袋を受け取っていた。商売上手なのかどうかはわからないが、商売好きではあるよな。



 その日はおっちゃんとマレーネ、それと俺たちは一緒に宿場町の宿屋に泊まった。夕食時、食堂でおっちゃんたちにまたも礼を言われたのだが、礼じゃなくて、礼拝しろと言ってやったら、二人そろってその場で礼拝を始めてしまった。かなり注目を集めてしまったが、パフォーマンス的にはなかなか良かったと思う。


 俺自身は『常闇の女神』教などと勝手に言っているが、『常闇の女神』と一般信者が簡単に口に出してもらってはあなどられてしまう。とりあえず、対外的には『二礼二拍手一礼教』ということにしておこう。



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