第10話 第三回接近遭遇


 箱馬車の準備も整ったので、さあ出発だ。


 俺だけが御者ぎょしゃ台で、残りは馬車の中。


 なんで女神さまが御者をしているのかというと、俺しかできないから。神さま業界ではかなり珍しいことじゃなかろうか?


 仕方ない。行き先は王都だが、まずは次の駅舎まで。


 俺たちを放っておいてどこかに行ってしまった乗合馬車も、おそらくその駅舎にいるはずだ。今度会ったら必ずバチを喰らわせてやるとか思っていたが、調子に乗ったトルシェが何かやらかして駅舎を壊す可能性も十分あるので見逃してやることにする。


 馬車馬たちのことを考えると、街道沿いの馬車の駐車場では毎回休ませた方がいいだろう。急ぐ旅でもないしな。


 パッカパッカ、パッカパッカ。


 二頭の馬も俺の思うようにちゃんと進んでいってくれている。


 いやー、いい天気だ。


 こんどは、馬車の中からトルシェのあのバチ当たりな歌が聞こえてきた。御者席に座っていると、話し声は聞き取れないが、歌詞が単純だからか、歌声はよく聞き取れるようだ。


『出てこーい! 出てこーい! 山賊出てこーい!』


 しばらく、歌声が続いたところ、トルシェのこの歌には何か特別な力があるのか、前方から馬に乗った一団が砂煙すなけむりを上げてこっちに向かってくるのが見えた。


 遠目なのでまだよくは見えないが、キラキラ光っているのは武器のたぐいだろう。どうみてもカタギではなさそうだ。


 馬車を止めて、


「前の方からラシイ・・・のがやって来たぞ」


『ヤッター!』『フフ、フフフフ』


 まったくこの二人は良いコンビだよ。


 すぐに二人が馬車から飛び出してきて、


「ダークンさん、どうします?」「りますよね!」


「やってくるのが賊だったら、皆殺しだろうな。馬は可哀かわいそうだから、傷つけないように賊だけな」


「了解しましたー」「分かりました」


「マレーネは馬車の中でじっとしているように。のぞいて見ていても構わないが窓から首は出さないようにな」


『はい』


 おっさんはまだ寝てるみたいだ。よくはわからないが万能薬で急激に回復したものだから、体力を消耗しょうもうしたのかもしれない。



 そんな話をしている間に、俺たちの馬車は馬に乗って槍や刀を構えた男たちに前後を囲まれてしまった。前に六、後ろに二。着ている服はみんな揃っていた。今度は本職の山賊さんのようだ。


「今日は大豊作だな。

 前に襲った馬車によく似た箱馬車だが、護衛も付けずにのこのこ、こんなところまでやって来たおのれの不幸を嘆くがいい。

 おおっ! よく見ればいい女じゃないか、こいつらは生かしてお楽しみだ」



 俺たちは賊の男の口上などお構いなしに、


「こんなに賊だらけで、この国大丈夫なのかね?」


「さっきマレーネにそのことを聞いたら、少し前に隣国で戦争があったそうで、流民るみんがこの国に流れ込んでるそうです。特に負けた側の兵隊たちが逃げ込んでこの国で賊になっている者が多いという話でした。

 この国の軍隊もそれなりに頑張っているそうですが、今のところこのありさまだそうです」


「なるほどな。よそから流れてきた迷惑なヤツらという訳か。こいつらの着てるものが揃っているところを見ると兵隊崩れのようだな。

 おい、そこの男。どうなんだ? おまえらどっかの国の兵隊崩れなのか?」


「なにを! 黙れ、切り刻まれたいのか?」


「さっきおまえが言ったよな?『のこのこ、こんなところまでやって来たおのれの不幸を嘆くがいい』ってさ。それはな、こっちのセリフなんだよ」


『コロ、こいつらのくらを留めているベルトとあぶみを切って、切ったベルトを少し引っ張ってくれ』


 コロから肉眼では見えないような触手が走り、馬具が切られていく。


 支えを失った馬上の男たちは、コロによってバランスを崩され、そのまま馬の上から街道の硬い路面に滑り落ちていった。ゴシャッ! とか、ズシャッ! とか何かが潰れたような音がして、全員うめき声を上げている。誰もすぐには起き上がれそうもない。馬たちはその場でおとなしくしているところを見ると、軍馬なのか盗んだ馬なのかはわからないがよく訓練されているようだ。


 俺は地面に転がってうめいている山賊たちを見ていいことを思いついた。


『装着!』


 真っ黒なナイト・ストーカーを装着し、先ほどの男の前に立って、謎金属製のブーツでひじを動かせないように踏んづけてやり、反対の足の硬い踵で、手袋をした男の手のひらを踏んづけやった。


 ギシャとか音がして男の手のひらが潰れた。


 ギャー! 男が悲鳴を上げる。


 俺は耳が良いんだから、悲鳴を上げるならもっと小さな声で悲鳴を上げてくれよ。全く。


 そういうことなので、残った手のひらも潰してやったら手袋の元の方から赤黒い血が流れ出てきた。


 トルシェが俺のマネをしてそこらの男たちの手を踏んづけていたが俺ほどのいい音はしないようだった。勝ったな。


 踏んづけ勝負で俺に負けたのがよほど悔しかったのか、トルシェは次の男の腕を片足で踏んづけて動けなくして、自分のキューブの中から金のインゴットを一つ取り出し、それを男の手ひらの上に落っことした。いくら金が柔らかいといっても人の手のひらよりも硬かったようだ。こちらはグシャッ! とかいい音がした。負けた。


 アズランは周囲を警戒して、俺たちの遊びには付き合わないようだ。最近アズランは付き合いが悪くなったんじゃないか?


 窓から顔を出すなと言っていたのにも関わらず、馬車の中の観客が窓から顔を出してえずいているようなので、そろそろお開きするとしよう。



 その前に、確認だけはしておくか。


「おい、おまえたちには、仲間はもういないのか?」


 最初の男の革鎧の首元を掴んで起き上がらせ、頬をぺちぺち叩きながら尋ねたが、返事がない。


 あれ? こいつ息をしてない? あちゃー、痛みでショック死したのか? こんなの初めて見た。こいつは元兵隊だったのだろうが、所詮しょせん負けた方だからこんなものなのかな? じゃあ次。


 ショック死男を道端に投げ捨て、隣の男の首元を掴んで起き上がらせて、同じ質問をする。


「おい。おまえたちには、仲間はもういないのか?」


 男は、しきりに首を振るのだが、仲間がいるのかいないのか今一はっきりしない。この男も投げ捨てて、その次。


 同じ質問をしたら、


「仲間はこれだけです」


「そうか、ちゃんと答えてくれたお前には特別賞として、何かやりたいが何もないな。諦めてくれ」


 もうこいつらには用はない。


『それじゃあコロ。こいつらの処分頼む』


 一分もかからず賊は街道上から跡形もなく消えてしまった。



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