第9話 一般信者1号

[まえがき]

誤字報告、フォロー、評価、ありがとうございます。

表記方法ですが、

文中「」は声を出しての会話を、『』は念話(声に出さない会話)や小声での会話、それと隣の部屋など離れた者との会話や聞こえてきた声を表しています。また、『』は固有名詞にもつけることがあります。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 事件のニオイを嗅ぎつけたトルシェにかされるまま、床から血を滴らせている箱馬車のドアを開けてやった。


 馬車の中には高級そうなドレスを着た若い女が、脇腹から血を流してぐったりと気を失っているように見える初老のおっさんにすがり付いて泣いている。


 おっさんはまだ生きているようだが、顔色は蒼白く精気はない。これはそんなに長くはもたないな。


 いや待てよ。こいつははちょうどいい。万能薬の実験材料モルモットにして、あわよくばこの二人をわが『闇の教団』の信者1号と2号にしてしまおう。トルシェの暇つぶしの事件解決は二の次でいいだろう。



 いきなり馬車のドアが開けられたので、びっくりしたのかその女はとりあえず泣き止んだ。俺の後ろで控えているはずのトルシェが、首を伸ばして馬車の中をのぞいている。まったく落ち着きのないヤツだ。


「われわれはたまたま近くで休んでいた者だが、血が馬車から滴り落ちているし、馬車の中から泣き声がしたので、ドアを開けたんだが悪かったな。その男は今にも死にそうだが、どうする? 助けてもらいたいか?」


 われながら上から目線の口上だ。神の『奇跡』を安売りする必要はないので、こんなものでいいだろう。


「お願いです、父をお助け下さい」


 女はよほど取り乱しているのか、見ず知らずの得体のしれない俺たちに縋り付くような目で懇願してくる。これは幸先良いぞ。万能薬かみのきせきでおっさんを治してやれば簡単に信者ゲットだぜ!


「よかろう。そのかわり相応の対価をいただくが?」


「もちろんです。私共にできることなら何でも致します」


 やったー!


「治療が済むまで、しばし目を閉じてくれるか?

 トルシェ。向かいの椅子に男を横になるように寝かせて、

 アズラン。例の薬を」


「はい!」「はい!」


『待てよ、フェアのインジェクターは毒薬の効果を上げる特性を持っていたが、万能薬でも行けるんじゃないか? おっさんを見た感じは槍で刺されたようだ。試しにインジェクターでおっさんの脇腹の傷をざっくりとえぐってみてくれ』


えぐって大丈夫でしょうか?』


『傷口を抉って殺しちゃったら、さすがの万能薬も効かないだろうから軽く刺すくらいかな』


『わかりました。

 フェアちゃん、インジェクターにこの薬をつけて、そこのおっさんの血の出ている脇腹を軽く刺して』


 アズランが蓋を開けた万能薬の瓶にフェアがインジェクターを突っ込んで剣先に万能薬をつけてそのままおっさんの脇腹に軽く突き刺した。これはインジェクターが本物の注射器になったってことだな。


 ワッハッハ!


 そういえば、スケルトンだったときは高笑いしてもカタカタカタ音しか出なかったが、自分の高笑いの声を聞いて自分の神化を実感してしまった。


 俺がいきなり大笑いを始めたものだから女が閉じていた目を開けてぎょっとして俺の方を向いた。だからと言って言い訳するのも面倒だし、そこは無視するしかない。


 万能薬をフェアの極太注射器インジェクターで微量注入されたおっさんは、最初は息も弱々しかったが、だいぶ落ち着いてきたようだ。死人のように蒼白かった顔色にも赤みが差してきている。すでに脇腹の傷口もふさがっている。


 劇的ともいえる効果だ。


「冷たかった手先も温かく、ああ、何という奇跡! ありがとうございます。ありがとうございます」


 女は、馬車を降りて地面に膝をついて俺たちを拝み始めてしまった。


 拝むのはいいんだがね、そうじゃないんだよ、拝み方。


「立っていいから、話しづらいし」


 女がおずおずと立ち上がり、


「お約束の対価のお話ですね」


 俺がゆっくり頷く。


「今はわずかしか持ち合わせがございませんが、王都の屋敷に戻ればいかようにもなります」


「ああ、物や金が欲しいわけではないんだよ」


「と、おっしゃいますと?」


「われわれは、近い将来『大神殿』を王都に建てようと思っている。その大神殿を作るにあたり信者を集めているのだ」


 取りあえず、女は俺の言葉を理解しようとはしているようだ。


「それで、対価というのはおまえとそこの父親にわが信者となってもらい、信者集めに協力してもらいたいということだ」


「わが信者ということは?」


「何をかくそう、われこそが、その神殿でまつられる神、『常闇の女神』なのだ。わが名は一度しか言わぬゆえ、ゆめゆめ忘れるでないぞよ」


 その言葉を聞くと、女が怪訝けげんそうな目で俺を見始めた。


 そりゃあいくら奇跡をの当たりにしたからと言って、自分自身を女神だといい始めるごじんはおかしなヤツかあぶないヤツだと思うのは仕方がない。


 だがな、俺は正真正銘の女神なのだ。近くの者を鑑定することも可能だ。この女のスリーサイズも分かるし、一度失禁して下着や衣類が濡れていることも分かる。まあ、臭いでも分かるんだけどな。


「不審に思うなら、われに向かって正式な礼拝を行ってみよ、全てを理解できるはずだ。

 トルシェ、ちょっと礼拝の見本を見せてやれ」


「はーい」


 トルシェが二礼二拍手一礼を俺に向かってしっかりおこなった。アズランも少し遅れて礼拝をおこなった。最初にトルシェが、次にアズランが七色に輝いた。


「こ、これは。父を奇跡の御業みわざで救っていただいたにもかかわらず、尊い女神さまを疑ってしまい申し訳ありません」


 そう言って俺に向かって礼拝を始めた。横からアズランが女に小声で、


『最初は二回礼、そして二回手をたたく。最後に一回礼。そう』


 女がアズランの指示通り俺に向かって礼拝をおこなった。そして、女も七色に輝いた。どういう仕組みからかわからないが、おれの奇跡の一つなのだと思っておこう。


 しかも女が輝いた瞬間、ヒュー、と体が洗われるようないい気持ちが俺の全身を駆け巡った。これは癖になる。


 七色に輝く以外にも選挙の七つ道具的な神さま特典とくしゅえんしゅつがあればいいんだがな。


 そうだ! 忘れていたが、ここで後光ごこうをスイッチオーン!


「父親が目を覚ましたらちゃんと信者になるようにお前から言うんだぞ」


「お、お姿から、後光が! は、はい『常闇の女神』さま。父にはくれぐれもそのように申しておきます」


「うほん。われの名は人前で軽々けいけいに口に出してはならないのだ。以後は気を付けるようにな」


 名前を口に出すなも何も実物がこうして旅をしているんだからあまり意味はないが、カッコ付けにはいいものな。


「は、はい。申し訳ございません」


 信者第1号を獲得して喜んでいたら、アズランが、


『ダークンさん、大変です。私たちの乗っていた馬車が見当たりません』


『何だってー!? まだ10分も経っていないだろ?』


『そう思いますが現にどこにもいません。われわれが見当たらないのをよいことに逃げ出したのかもしれません』


『うーん、バチ当たりな御者め。今度会ったら必ずバチを喰らわせてやる』


『どうしましょう?』


『仕方ないから、この女の馬車に乗せてもらうか』


『そうですね』




「ところで、おまえの名は何という?」


「マレーネ・リストと申します。いま横になっておりますのが父エルンスト・リストと申します」


「マレーネ、われわれ三人もこの馬車に乗せてもらっていいだろうか? たまたまわれわれの足が無くなってしまってな」


 マレーネが俺の足元を見る。幽霊じゃないんだから足はついてるぞ。


「もちろん構いませんが、賊の襲撃を受けた折、御者は御者台から転げ落ちたようで行方がわかりません。ここへ戻ってこれたのも、馬たちが勝手にここまで馬車を引いてきたからです」


「よく馬車が賊に捕まらなかったな?」


「護衛の者が、馬車わたしたちを逃がすため最期まで戦ってくれたためと思います」


「責任感のある立派な護衛を雇っていたんだな」


「当家に長年仕えていた者たちでした」


 なるほど、信者のかたきは俺の仇。賊を見つけたら仇は討ってやるよ。



「アズランもトルシェも馬車は操れないよな?」


「もちろんできません!」「申し訳ありません」


 トルシェ、威張いばるところじゃないだろう。


 仕方がない、女神さまが直々御者をしてやろう。


 馬車の中が血で汚れているので、先にコロに血をきれいに食べさせてやった。マレーネが驚く中、馬車の中は見違えるほどきれいになった。


 出発する前に、馬車につながれた二頭の馬たちを一度馬車からはなして、水場で水を飲ませてやるか。


 こういう時は岩塩をなめさせると聞いたか読んだかしたことがあるが、今はそんなものは持っていない。次の駅舎まで行けば手に入るだろうからそこまで馬たちには我慢してもらおう。


 俺自身馬の世話など一度もしたことがないが、なんとなくやり方は分かるようだ。


 馬車用の馬具から解放した二頭を水場まで連れていき、キューブに入っていた空樽からだるの栓のある側の板を引っぺがし、中に水を汲んで飲ませてやった。樽をおけくらいの感覚で手軽に扱う俺を見て、俺たちとは別の駅馬車に乗っていた連中が目をいていたが、知らんふりだ。


 十分水を飲んだ二頭を馬車に繋ぎ、準備は整った。


 おっさんはまだ寝ていたが見た目は元気そうだ。





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