第49話 夢の終わり

 世界を覆う者を映し出していた画面が切り替わり、老いた儂を映し出す。

 致命傷を負い全てを失った、たんなる老人の儂の姿。


「キャハハ、いいよね。世界を覆う者なんかより、そのみすぼらしい姿。その方があたしには、とっても良いよ」

 儂は痛みと絶望感と未だに信じられない気持ちを持っていた。

「なぜだ? おまえは死んだはずでは……もしかして!?」


 少女は赤い瞳を輝かせた、儂は言葉を続ける。


「おまえは、脳を破壊されたときに、自分の思考をネットに飛ばした。眼鏡の男はサーバーにおまえを隔離したと言っていた。そして分離した身体を人質に、おまえに男のケルブになる適合者を探させたと聞いている」


 血天使である少女は答えをディスプレイから返してきた。


「あたしを解析して、ケルブに適応する人間を探す為に造られた、アプリやゲーム内容を変更するMOD。あたしは、ちらばったアプリとMODから得たデータを使い、自我をネットで再構成した。そしてこの研究所のサーバーをハッキングして、全てを取り戻した」


 ネット空間に存在するセカンドは、二つに分離されていた、実態の方は所長の研究で命を落としたが、片方はネットで血天使、新たな時代のケルブとして存在した。


「いつからだ、いつから私は騙されていた? 世界を覆う者は?」

「世界を覆う者? ああ、この下等な寄生虫の事?」

 蜘蛛のように足を広げて、床に這いつくばる醜い生物をディスプレイから指さすセカンド。


「これ、もうすぐ死ぬわ」

「そんな……何故だ? これはこの世界で一番優れた者。異世界の細胞、そこで眠るファーストの細胞から造られた、この世界の神なんだ!」


 流れ出す腹部からの血、意識が遠のく中でも儂は声を荒げた。

 もうすぐ死ぬだろうと予感が有りながら、全てが無駄だと言うセカンドの言葉に逆らいたかった。


「異次元の生物である水槽にいる女、ファースト。それから創り出したセカンドのおまえと男のサード。二人から最後に眼鏡の男が創り出した世界を覆う者が死ぬなんて」


 ディスプレイの少女は複雑な表情を見せる。

 それは嘲笑であり哀れみ。そして愛しさ。儂が今まで見たことの無い表情を含んでいた。


 資材を動かすクレーンが動き出した。

 速度をつけたクレーンは、ファーストが眠る水槽のガラスに勢い良くぶつかった。


 水槽のガラスが砕け、水槽の大量の液体が部屋に流れ出し、一緒に流れ出したファーストは人形のように床に倒れ込む。


「あなたがファーストと呼ぶこれは、何の意思も持たない単純な生き物。血肉を食らう大きなダニ、つまり寄生虫。あたしの脳の中に出現した生体チップはこの生物の本体。つまり人間の脳に寄生する異次元のダニ」


 強烈な臭いが周りに漂う、それは倒れたファーストから出ていた。


「この女は寄生虫の卵。既に役割を終えて腐っている。この水槽で身体を維持していただけ。この世界では自分を守る為に、美しい女の姿に擬態していた」


 世界で一番優れた者どころか、儂は異世界の寄生虫を培養してしまった?


「儂はどうなる……そして人類は……」

 少女はつまらなそうに答えた。


「いまさら人間の心配? さあね、この寄生虫はもうじき死ぬ。どうやらここの環境に合わないみたいね……でもね」


 殆ど動かなかった世界を覆う者は、ゆっくりだが、動きだし儂の方へ近づいてくる。


「その寄生虫も必死なの。今度はあなたで試す……自分の可能性をね」

 腹部を押さえたまま逃げようとするが、少しだけ世界を覆う者の方が早い。

「あなたに選択肢は残されていないわ」

 部屋の隅に追い込まれた儂に、覆い被さってくる世界を覆う者。


「……やめろ……やめさせてくれ」


「身体をあなたと眼鏡の男に奪われたあたしに、何が出来るの?」

 少女はまた、不思議な表情を見せた。

 儂が知る人の表情は、恐怖、懇願、喜び、服従。

 そのどれにも属さない。少女は悲しみと憐憫を称えていた。


 儂の腹部の傷に、世界を覆う者の触手がねじり込まれる。

 あまりの痛みに、声を出すことも出来ない。


「あなたが本当に望んだのは、微かな繋がり。孤独があなたの恐れの源。だから安心して、あなたの夢は叶えられた。これからは一人じゃないから」

 

 腹部に差し込まれた触手から、卵が儂に産み付けられた。

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