第31話 少女に会いたい

 ケルブが僕のスマホに残した物語……

 全ての画像を見て、僕はしばらく動けなかった。


「異世界の生物? 不老不死? 人を越える者……ケルブ」


 異次元から持たされた細胞から、培養されたケルブファースト。

 その力を人間に与える実験。そして犠牲になる少女達。


「本当にこんな事が現実で起こっているのか……」

 動画終了のメッセージが表示されているスマホ。

 しばらくそれを握りしめたままだった、


 僕の想像を遙かに超えた、少女の秘密に思考が止まったままだった。

 スマホの画面が変わり、アップデート中のメッセージが表示された。

 僕はそれにも気がつかず、なんとか自分なりの論理的な結論を得ようと必死だった。


「これは良く出来たホラーアドベンチャーなんだ……現実でこんな事が……少女が解体されるなんて……」


「起こるはずない?」

 その声は僕が握っている、スマホから聞こえた。

「君はケルブ……セカンド」

 スマホの画面に映し出された赤い瞳の少女、僕が使った呼び名に悲しそうな表情を見せる。


「知って欲しくなかった……それなのにあたしは、誰かに、こんなあたしでも生きている事を知って欲しかった。矛盾している考えと思考。でも、生まれてずっと孤独だったあたしは、こうして人間じゃなくなって、もっと孤独を感じている。あたしを感じる事が出来る人間は、この世界では稀なの。そしてあたしを感じる人は、眼鏡の男に捕らわれる。二回目のバージョンアップを果たし、あたしの過去が見えたのは、あなたが初めてなの」


 少女は独り言のように呟き続ける。


「眼鏡の男は喜ぶでしょうね。あなたはあたしより先まで、試練の階段を登れるかもしれない。そして研究は成功するかもしれない。そしてあたしは、また大切なものを失うの」


 少女は大きな赤い瞳を閉じた。その瞳から涙があふれ出す。

(女の子が泣くところなんて……初めて見た)


 僕は言葉を無くした。泣き続ける二次元の彼女が急に身近に感じられる。

 その愛しい姿に、締め付けられる僕の心。


 僕は可愛い姿と話しやすさなど、外面で少女に好きになった……でも……


 ディスプレイに写る少女に手を伸ばし、泣き続ける少女の髪に触れる。

 ガラスの固く冷たい感触が伝わってくる……でも、彼女に触れられた感じがした。

 彼女の深い悲しみが……ガラス越しに僕にも分った感じがした。


(僕は少女の中の悲しみに心引かれたのかも)


 少女は自分を感じてくれる人を求めていた。

 少女が望む孤独を癒やす人を求めていた。

 少女はこんな僕を求めてくれた……そして大切だと言ってくれた。


 それは本当だった。でもそれは与えられた使命でもあった。

 やっと望む者を見つけた瞬間に、別れが訪れるなんて、悲しくやるせない。


 空っぽの僕の心に流れ込んでくる少女の想い。

 僕は少女の髪を、ディスプレイの上から撫でながら聞いた。

「なぜ泣くの……何がそんなに悲しいの?」

 少女がスマホの中で呟く。

「自分の気持ちが……わかんないよ」


(君でも分からない事があるの?)

 そう聞こうとした、でも彼女が流す涙を見て……彼女の想いを感じて……

「そっか……」

 僕はそれだけを呟いた。


 少女の心に触れた僕は、しばらく泣き続ける彼女を見つめる。

 青い髪と幼いその仕草がとても愛しい。

 この感情は昨日までは持っていなかった、自分では感じていなかった。

 二次元の存在でしかない彼女が、リアルで会う誰より今は身近に感じる。


「ふ~~う」

 大きなため息をしてから、僕は彼女から離れ身支度を始める。

「……どこへ行くつもり?」

 小さい声で聞かれたが、それには答えない僕。

「まさか、あそこに行く気じゃないでしょうね?」

「君が辛そうなのは見たくない……理由は分からない。でもゲームで、いや夢で見たあの洋館に意味があるんだろ?」

 赤い瞳が僕を見た。


「ニ度と……帰れないわよ。あそこへ行ったらあなたはもう帰って来られない……あなたは死ぬ。いいえ、死ぬより酷い事になるわ」

 着替えを終えた僕は彼女を見た。

「それが……きみの使命なんだろ?」

 答えない彼女に言葉を続ける僕。


「あの洋館のビジョンを感じる者を見つける……それがきみの使命なんだろ?」

 なんとなく解っていた……古い洋館のビジョンはよく見る夢と同じ。

 血の匂いと鉄の味がしたから。


「そうよ……私は見つけてしまったの……あなたを」

「ならば、連れていけばいい。初めは君も……それを望んでいたんじゃないのか?」

「ええ、あなたを連れていけば、眼鏡の男は私の身体を返してくれる……いいえ、あの人は、約束を守らない」

「身体を返してくれる? やはり君は存在するんだね? ビジョンだけじゃなくて実体が存在するんだね」


「あなたには、あたしのシグナルを感じて欲しくなかった」

「シグナル? やっぱり、あの古い橋と洋館の風景を見る事は、何かのテストだったんだ。なんの意味があるの? あのビジョンが見えたらどうなるの?」


 その問いには少女は答えない、いや答えられないように見えた。

 少女を抑制する、何かの力を感じる。


「答えられないの?……脅かされているの? あの所長に」

 下を向いたまま顔を左右に振る少女。

「そうか……分った」

 ディスプレイの前から離れ、玄関の方へ歩き始めた僕に少女の想いが叫んだ。

「ダメよ!あなたも同じ目に……あなたは知らないのよ!心を抜かれた人形は死ぬ事も出来ない」

「……もう行くよ」

 少女が髪を振り乱して叫ぶ。


「ダメよ、ダメ!お願い話を聞いて……あたしと同じ姿になりたいの?」

 その声は懇願に変わっていた。

「それもいいな……君とネットの世界で生きるのも悪くない」

 僕は微かに笑った。

「僕は誰にも期待されていない。人と付き合うのも苦手……親とさえ上手くいかない。何の目的もなく今まで生きてきた。そんな僕が、初めて会いたい人が出来たんだ。君を助けたい……いや、たぶん無理だろうね。結局は君の言うとおりになるだろう……でも、それでもいいんだ、きみに会いにいくんだ」


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