第30話 破壊された

「もう……止めて……お願い」


 微かにあたしの声が聞こえる。

 既に、目、鼻、耳、感じる為の器官は切除されたあたし。

 それでもあたしがされている行為は、ハッキリと分かった。


 次々とあたしの身体が切り分けられ、保管用のケースに入れられていくのがちゃんと分かった。そして、死んだ方がマシと思われる、痛みと不快感が永遠のように続く。


 強烈な痛みを越える不快感、あたしの機能の実験、ケルブとしての覚醒度を測る為にわざと行われている。全身の神経に対して強い刺激を、電気や火そしてクスリで与えている。


 あたしの身体を焼く匂いが部屋に充満する。

 人を焼く、生焼けの肉の臭いは、目と鼻をつき、耐えきれず嘔吐する助手達。


「すごい。この子の反応を見てみろ。切られ焼かれ、心臓も肺も取り出したのに、意識を保っている。喉の気管を取り除いたのに、微かだが言葉さえ発する。素晴らしい、人間の常識を越えている」


 所長は子供のようにはしゃぎ、あたしから取り出した大腸を目の前で伸ばして見せている。助手の職員達は、目を背けながら、部屋の換気を勧めるが、所長はこの人を焼く匂いさえ、大事な研究の材料だと言い、それを断りあたしの解剖を進めていく。


 既に十名はいた助手半分は、部屋の外へ出ていた。残った者も口を手で押さえ、嘔吐を我慢している。


「さて、この子が優秀なのは分かった。あとはここにアレが有れば、セカンドと呼べる」


 所長の目線はあたしの頭部に集中している。

 電動ドリルが回り始め、あたしの頭に押し当てられた。

 骨が削れる衝撃、一気に押し込まれたドリルがあたしの脳をかき回す。


 ドリルを止めた所長は、あたしの頭蓋骨に空いた大きな穴から、直接手を入れ、少しずつ灰色の細胞を掴み、外に出しては顕微鏡で確認を行う。


 その作業は、ミリ単位で周到に行われる。あたしには時間が止まっている気がするほど、長い長い苦痛の血の時間だった。


 部屋の壁の時計が一周して同じ時間を指した。


 その時ずっとあたしの脳の細胞を顕微鏡で見ていた所長が、今まで聞いたことが無い声を上げる。そして、二十四時間を越えた狂った実験の疲労で、辛うじて残った二人の助手に笑いかける。


「クク、これだよ。ついに見つけた!」

 疲労とあまりに残虐な行為に、心まで疲れ切った二人の職員も目を輝かせる。

「所長の考えは正しかったですね。ついに探し出したんだ」

 所長は二人に指示をし、小さな片手で持てる小瓶を用意させた。

 所長は長時間の解体の疲れも見せずにあたしに感謝した。


「優秀な君のおかげでこれが手に入った。解析すれば、男の天使も創り出せる……いや、それ以上だ、私の望みも叶うかもしれない」


 所長は脳幹に埋め込まれた、それを慎重に切り取ろうとした。

 その時、パチ、メスの先がショート、部屋の電気が消え、部屋の電子機器が全て停止した。

 それでも、所長は見失うことなく、脳幹にある一ミリに満たないそれを切り取った……その時、全館に響き渡る声。


「やめてーー!」


 あたしの声が手術室に響いた、声を出す器官を失ったあたしの声。

 それは先ほどの微かなものではなく、その場の全員が動きを止めた程の大きさ。

 全ての電源が緊急用に切り替わり、部屋の照明がつき、電子機器も再び動き出す。


「おい! 所長」

 研究所の管理センターの連絡用ディスプレイが点灯した。

 その画面の中で、青ざめた顔をした大柄な男が写った。

 この研究所を守る、非合法の武装チームを指揮する防衛隊長だった。


「おまえは何をやった? 少女の叫び声が館内の全てに響いたぞ!」

 警備隊長の問いには答えずに、大事そうにあたしから切り取った、細胞を保管用の瓶に入れた所長。

 蓋を閉じ、瓶を助手に渡してから、やっと警備隊長を見た。


「声? 館内全てに、この子の声が聞こえたというのかい?」

「ああ、そうだ」

「この子は声を出すところか、指一本動かす組織が無い。だが、さっき確かに叫び声を上げた」


 管理センターからカメラを操作して、あたしの状態を見た警備隊長は目をそらした。


「馬鹿な、たとえどんな理由があっても、こんな事が許されるものか……」

「君の許しを得る必要はない。私は老人達の意向で動いているだけだ。戦場で何百人も殺してきた君だからこそ、厚遇でここの警備を担当しているんだ。つまり意味ある殺人は、堂々とスキルシートに書ける」


 ディスプレイの中で肩を落した隊長が、自分の横の警備用ビデオ機を見せる。


「さっきのビデオだ。これに少女の声……そして顔が写っている」

 疲れも見せない所長の顔が曇った。

「声だけじゃなくて、この子の表情も写っているのか……あり得ない現象だ」

 警備隊長が首を振る。

「この形相……忘れられない……その子の最後の表情」


 警備隊長を見た所長が笑う。


「フフ、警備で君が撃った者達は、安らかな顔をしていたのかい?」

「なんだと!」

「クク、その事象は興味深い。後で検証しよう」


 隊長の怒りの表情など気にもとめずに、助手に促し、小さな小瓶を手にした所長は、上機嫌に警備隊長にそれを見せた。


「ほら、やっと見つけたよ。これで人は進化出来る。世界は変わるんだ」

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