第29話 あたしが見た少女
「ダメになった!?」
所長の言葉に、拘束着から出ている自分の脚を見た。
「えっ!? 何この黒い穴……腐っている」
あたしの脚には、小さいが深い穴が数個開いていた。
「こんなの前には無かったのに……」
「少し急がないと、君の身体は長くは、可愛らしい姿を保てない」
「そんな……」
「君の細胞の破壊が始まり、残された時間は少なくなった。そして、せっかく君から出来た抗体、それから造った若返りのクスリ、インフィニットは、結局、性別と年齢の問題に行き当たる。やはり初潮を向かえる前の少女でなければ効果が無かった。成人の男に再生能力を持たす、老人達の要求に応えられずに、資金は止まられ計画は頓挫しかけた。そこで前に少女から切り取った、生体チップの解析を試みた。だが今の科学では、血天使の記憶など分かる筈もなかった」
瞳が深い赤に変わったあたしを、所長は嬉しそうに見つめた。
「そこで優秀な君の出番になったわけだ。どうやら瞳の赤い色が強い程、血天使の力も増すらしい。前の少女は薄い赤い色だったが、君の瞳は数段濃い赤。ファーストの瞳はどうなんだろうね。彼女は眠ったまま……見てみたい気がしないか?」
「そんなの興味ない!」
「そうか……まあ究極の美は、同姓からは支持しにくいもの」
「……あの女がいなければ、あたしはあなたと居られたかもしれない」
少し意外そうな顔をした所長。
「ほう、君が私に好意を持っていたのは知っていたが……一度、私のお気に入りの女性研究員を殺したしね」
「ええ? なんの事? あれは夢……」
「ふむ。君は記憶操作も自由に出来るようだね。思い出そうとしてごらん。君が新しい感情を持った、人を越えたその瞬間をね」
「人を越える……新しい感情!?……あれは……夢じゃ無かったの?」
所長はニヤリと笑った、そしてあたしは思い出す……人を楽しんで殺した事を。
「思い出したみたいだね、君は既に人間ではない。その身体能力もだが、考え方が人間とは違ってきている。だからあんまり悩まない事だね。人間が害虫を殺す時に倫理など持たない。あるのは自分の主張だけさ、虫だから殺してもいい……さて私が考えたの知識を得る方法だが。君の記憶に一番残る行為、それも即効性があるもの、つまり恐怖と痛みを感じさせる。それから、前の少女から取り出したこれと比較する」
所長が振る瓶の中で、透明な液体の中を灰色の肉片が舞っていた。
「思った通り、君の生体チップは“痛み”そして“恐怖”を記憶してくれた。何度か同じ行為を君にする事により、少女と君のメモリの違いが増えていく。そして、痛みと恐怖がの中ではどう記憶に表現されるか解析出来た。まずは英語のアルファベットのaとbが分ったわけだ」
「その後も実験を繰り返して、記憶データのフォーマットの解析を行った。その結果、ほんの少しだが翻訳する事が出来た。その間、他の刺激を受けないように、情報を絞る為に、小さな灯りの無い部屋に、君を長時間拘束して、毎日、少しずつ恐怖と痛みを、与える事になったわけで、君はちょっと大変だったね」
拘束着を引き千切ろうと、あたしが全身に力を込める。
「おまえ……殺してやる!」
凶暴さを見せたあたしに、後ろに下がる研究員達。だが若き所長は大きく笑った。
「ハハ、君たちから見たら、私など虫より下等な生き物。殺しても、なんの益にもならない。それにその拘束着は改良版だから引き千切るは無理だよ」
所長の言葉通り、あたしの力でも拘束着は、破る事は出来なかった。
諦めて力を抜いた時、所長はあたしに近づき右手で髪を掴み顔を引き上げる。
「しかし、君は別だよ。君は血天使、異次元の生体チップを持っている。何か思い出せないか? 君が話せば人は変わる。君を切り刻めば世界が変わる」
未来への期待、そして、美しいものをいたぶる快感。所長の顔は喜びを称えていた。
「……さあ、始めるぞ」
「始める? 何を?」
あたしの問いには答えずに、所長は準備を進める。
「麻酔はどうします?」
助手の質問に答える所長。
「必要ないだろう、最後に首に打ち込んだ麻痺剤が効いている」
「しかし、それは身体の力を削ぐ薬で、痛みを消すわけでは……」
眼鏡の所長は職員をつまらなそうに見た。
「君は、先ほどの実験で、少女に憐憫でも感じたのかな?」
「いえ、ですが、無意味な痛みを感じさせる必要は無いのでは……」
「無意味だと? こうして麻痺剤が消えるのを待っているのは、実験に少しでも影響が出る事を防ぐため。それなのに君は新たに、クスリをこの子に与えようとしている」
強い視線を送る所長に、職員は黙って頷くしかなかった。
「まあ、先ほどの少女は、少し騒ぎすぎた。君がスムーズに実験を進めたい気持ちは分かるよ」
所長は視線を緩め、その職員に奥の部屋を指さす。
「君は、前の実験の片付けをしていなさい……では始める」
実験から外された職員は、残念そうだったが、それ以上にホッとしているように見えた。
一礼して、奥の部屋に進む。
自動ドアが開き、隣の部屋の中があたしの瞳に映る。
この部屋と同じ造りの手術室。光が緩まられた、そこに横たわる少女。
あたしが見た、銃弾を撃ち込まれた少女。
……たぶん、そうだと思う。それほどに破壊されつくした少女の身体。
長い髪と、辛うじて残る人の姿から感じる人だった証拠。
あたしが見た少女は繊細に微少に解剖され、身体の臓器が殆ど取り出されていた。
一番念入りに切り刻まれていたのは、頭部、灰色の脳らしき部分が散乱している。
あまりの少女の状況に、あたしはそれがとても現実とは思えなかった。
だが、一番、現実離れしているのは、少女が生きている事だった。
ビクン、ビクンと残骸になった少女の身体は、電気を流されたカエルのように動いていた。
身体の必要な器官、脳さえも失った少女は死んではいなかった。
信じられない光景。その時、スッと、隣の部屋の自動ドアが閉まった。
所長は、あたしの目線に気がついた。
「先に君が見た少女だよ。心配しなくても彼女は生きている……ただ」
所長は残念そうに首を振った。
「無かったんだよ。彼女には大事な物が無かった」
あたしは意味がわからず、ただ所長の顔を見るしかなかった。
「彼女は用無し、でも材料には使える。研究に必要な器官を取った後は、地下へ連れて行く。母なる者の礎になる」
「材料? 地下? 礎?」
「君の瞳は美しい。ファースト眠り続ける彼女によく似ている。その深い色の赤い瞳なら、教えてくれるのかな。私に新しい世界をね」
所長は目の前に揃った機材の最終確認を行っている。
あの少女のように、あたしを切り刻む準備を終わらせようとしていた。
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