第16話 バーニングマッスル
小門のスノードームには緻密な冷気のバランス調節が必要となる。一歩間違えば関係ない民間人を凍死させてしまう可能性のある超広範囲攻撃は小門といえどもそうたやすく扱えるものではない。故に万が一が無いよう小門は冷気を爆発させる際ある程度のムラを作って冷気同爆発を起こしている。そうすることによって最悪凍死しかけるほどの強い冷気爆発が起こっても弱い冷気爆発で済んだ人間が助けてくれる可能性があるためである。
もちろん、これは小門がいい人だからそうしていると言う訳ではなく、最悪被ばくしても助かる可能性を残すことでこのスノードームという核兵器なみの能力を何のしがらみもなく大手を振って使用できるようにするために仕方なくそうしているのである。
実際は出力を絞らずスノードームを発動した方が威力も発動までの時間も速いのだが、そこは民間人を守る殺虫課として超えてはならないハードルであると、小門自身認識している。
「え、どういうこと。これ」
小門さんのスノードームという能力を知らない私は目の前で今まさに私たちをなぐり殺そうとこぶしを振り上げている状態で時が止まったように固まってしまったトノサマに困惑するしかできなかった。
けれども、冷静に状況を観察していた厨二病君は覆いかぶさる私に目もくれずにトノサマの前に立つと思いっきり顔面に拳を叩き込んだ。
「ぐは」
うめき声と共に止まっていたトノサマの時が動き始めた。
「な、なにが、がは」
トノサマも突然自分の身に起こった事態に困惑していた。しかし、トノサマが困惑から回復するのを厨二病君が待つわけもなく、さっきまでグロッキー状態だった厨二病君の体はいつの間にかまた回復、さっきまでのお返しとばかりにトノサマを滅多打ちにし始めた。
「ぐ、ぐは、く、この」
反撃を試みるトノサマが、さっきまで厨二病君を圧倒していたはずのスピードとパワーが陰りをひそめ、厨二病君の猛攻に防御をするのが手一杯だった。
「な、なぜだ、私のバーニングマッスルが」
そう叫ぶトノサマの体はさっきまでの朱が完全に消え、元のコケ色に戻っていた。
トノサマのバーニングマッスルは体を動かすことで体内の燃焼効率を上げ体温を上昇させることにより筋肉を活性化させることで身体能力を著しく向上させる能力である。
イヴたちは知らないが小門のスノードームにより一度全身を凍結されたトノサマの筋肉は完全に冷え切っており、また気温も小門の冷気により下がっているため改めて体を動かして体の燃焼効率を上げても体温が上がらないために筋肉が活性せず、身体能力を向上させられないでいるのだ。
「ごぼぁ」
一瞬の隙をついて一度距離をとったトノサマは口から大量の血を吐きだした。
さっきまでの厨二病君と状況は完全に逆転して、全身を滅多打ちにされたトノサマの体はあちこちがぼこぼこにへこまされていた。
「く、この私がこれほど……」
トノサマは厨二病君と違って驚異的な回復力はない、全身激しい打撃痕をつけたトノサマはもう虫の息。つまりこの勝負、私たちのかち――
「仕方ありませんね」
しかし、トノサマはまだ諦めていなかった。
トノサマは自分で自分の胸を思いっきり殴った。何度も何度も何度も
「な、なにしてるの」
トノサマは口から零れ落ちる青い液体を気にも留めず、自分の胸を殴り続けた。
そして、コケ色に戻っていたはずのトノサマの体に再び朱がさしはじめた。
「は、は、一時的ですが、これならまだあなたと戦えますね。」
朱に染まったトノサマの体は、さっきよりも赤く、陽炎を生じさせるほどに熱気を帯びていた。
「どうして」
意味の分からない私にトノサマはさっきまで自分がしていた不可解な行動の意味とそれにより生じた今の自分の状態について説明をしてくれた。
「心臓マッサージ、のようなものですよ」
「マッサージ」
私にはマッサージというより自分で自分の体を痛めつけていたようにしか見えなかったんだけど、トノサマは私の反応を気にせず続けた。
「心臓に強い刺激を与え続けて、簡易的な頻脈を起こしたんです。なぜかはわかりませんが体の熱が上がりにくくなっていますのでね。体内の血液循環が活発化すれば当然体温が上がり、筋肉も活性化する。もちろんこんな状態が長く続くわけはありませんがね。」
応急処置というか火事場の馬鹿時から見たいなものが今目の前にあるトノサマのパワーアップの原因ってこと。
でも体の色はさっきよりも赤くなってる。
ってことはつまり…………
「がは」
瞬間移動というよりほとんどワープに近いスピードで移動したトノサマは厨二病君を殴り飛ばし中央の柱に激突させた。
柱が無かったら五百メートルの高さから落ちて即死だっかもしれないけど、たぶんわざと柱にぶつけたんだと思う。厨二病君との決着をつけるために。
「この状態は私自身の負荷もかなりものなのですが仕方ありませんね。全力でいかせていただきますよ。」
そう言って構えるトノサマの姿はすでにぼろぼろのはずなのに私にはさっきよりも大きくなって見えた。
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