第15話 閉ざされた雪原

 白い冷気が色を失い空気に溶けていくと、周りを飛んでいる羽虫ども達が人の形に集まって、上下にその人モドキを動かしているところが見て取れました。


 やはりあの影はブラフ、視界が制限される中で人影を見せられれば、敵と勘違いしてそちらに集中する。そこを冷気が届いていない上空から遠回りして無防備な背中に一撃を叩き込む予定だったのでしょうが、


 所詮虫けらは虫けら。


 考えが甘いですね。


 わざと私の背中を狙わせるために前方に冷気を放って視界を制限させたのですが、まんまと引っかかってくれましたね。


 私が後ろを振り向くと、背中から放出した冷気は色を失わず縦横五メートルほどまで広がっていました。


 いくら空中を自由自在に動けても、至近距離からこれだけの冷気を噴出されれば、さすがに凍死は免れないと思ったのですが、


 「しゃしゃ」


 目の前の冷気で氷漬けになっているはずの虫けらがいつの間に私の背後に回り殴り掛かってきました。


 さすがの私も意識と視界外からの攻撃に即座に対処することができず、なんとか虫けらの攻撃を腕で防御しましたが、勢いに押され冷気の中に吹き飛ばされてしまいました。


 「く」


 吹き飛ばされた私は冷気の中で何か壁のようなものに激突しました。それをよく見ると、さっきあの少年をさらったが氷漬けにされたものでした。


 なるほど、冷気が虫けらに触れる直前でこのツタが虫けらを守ったのですか。


 虫けらのくせに味なまねを


 「しゃしゃしゃ、人間の分際でやってくれるじゃねえか。てめえ。ただで死ねると思うなよ。」


 虫けらに食われる時点で普通の死に方ではないと思いますが。


 「しゃしゃ、てめえは四肢を引きちぎってトノサマ様の元へ連れてってやる。そして、てめえらが守ってきた者達が俺たちに蹂躙される様を見ながらゆっくりゆっくり絶望の中でトノサマ様の胃袋に治められていくんだな」


 はて、私が命がけで守っている者とはなんでしょうか。私の大事なものは私の命だけなのですが。

 

 だいたい、四肢をもがれて人は生きていけるものなのでしょうかね。

まあ脳みそまで筋肉になって鉱質化してしまった虫けらの言うことですからあまりあてにはなりませんがね。特に、


その程度の力で私に勝てると思っているのが何よりも滑稽ですね。


 「しゃしゃ、てめえは俺を怒らせた、俺様の本気を見せてやるぜ」


そう言って虫けらは私を円で囲むように空中を高速で移動しはじめた。


 何のつもりかわかりませんが、戦場で手を抜いていたとは。本当に殺る気があるのでしょうか。


 呆れる私を余所に虫けらはスピードを上げていきました。徐々に虫けらの体が重なって見えるようになりそして


 「ほう、分身の術ですか。これはまた妙なものを」


 八体の残像が私を囲むように現れました。


 「しゃしゃ、どれが俺かわかるまい」


 「確かにわかりませんね」



 「しゃしゃしゃしゃ、そうだろう、そうだろうこれで貴様はどの俺様を攻撃すればいいかわかるまい。もはや貴様の攻撃を封じたも同然だ。しゃしゃしゃしゃ」


 勝ち誇ったように笑い声を上げる虫けら。下品な声が四方八方から聞こえて気持ち悪いですね。


 「それじゃ、そろそろこの戦いを終わらせてやる。しゃしゃしゃ」


 私を囲むように現れていた残像が一斉に私目掛けて殴り掛かってきました。


 とりあえず、一番早く私目掛けて飛んできている虫けらに向かって冷気を飛ばしますが、


 「しゃしゃ」


下卑た笑いと共に冷気に触れる直前残像は姿を霧散させてしまいました。


 消えた残像に目を奪われている間に他の残像が私目掛けて猛スピードで突進してきていました。


 「く」


 私はそれを間一髪のタイミングで避けますが続けて第二、第三の残像が私目掛けて突進を仕掛けてきました。


 「ち、またですか」


 「しゃしゃ、避けろ避けろ、死ぬその時まで無様なダンスを踊り続けろ。」


 ギリギリのタイミングで虫けらの残像たちを避けますが、避けてもすぐに私の死角から突進してきて正直ジリ貧ですね。


 「はあ、仕方ないですね。正直気乗りはしないのですが。私の命が最優先ですからね」


 私は両手を合わせると、神経を集中させるため目を瞑りました。



 「しゃしゃ、なんだもう踊ってくれないのか、なら死ねええ」


 虫けらの声が聞こえないほど集中した私は、この町全体を包み込むような強大なドームをイメージ、そこに自分の神経を張り巡らせるように自分の体内の奥にある何かをそのイメージしたドームに張り巡らせ、導線のようにそれを伝って冷気を少しづつ流し込んでいきました。そして


 「しゃしゃ、これで終わりだ」


 流し込んだ冷気を一斉に膨張、ドームの中で冷気の爆弾をいくつも爆発させた


 「閉ざされた雪原(スノードーム)」


 今までのことは全て私の頭の中だけで起こったこと。つまりただの妄想。しかし、私が目を開けるとそこには、あと一歩で私をなぐり殺せると言うところで全身をカチコチに固められた虫けらの氷像がありました。


 「ふん、芸術性のかけらもないですね。駄作。」


 私は凍った虫けらの頭を蹴り飛ばし粉々に砕くとそのまま全身にひびが入っていきイナゴ、とか呼ばれていた虫けらは全身をバラバラにしてこの世を去りました。


 スノードームは私以外の周りの物をすべて氷漬けにする技なのですが、冷気の調整が難しいんですよね。冷たくしすぎると、周りの一般市民も全員凍死させてしまいかねませんしかといって死なせないために生易しい冷気を送り込むとただちょっと肌寒くなるだけで何の意味もなさない、死にはしないが体を動かせないぐらいの冷たさというまあなんとも微妙な温度に調節しなければならないのですから、まあ面倒な能力です。


 この能力の面倒なところはもう一つあります。それは、


 「また仕事が増えましたね」


 スノードームがうまくいこうがうまくいかまいが始末書を書かなければいけないことです。

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