第14話 ヘブンズタワー(天国へ続く鉄塔)

 地上から六百メートルの高さを誇る鉄塔、ヘブンズタワー。作られた当時から現在に至るまでこの国で最も高い建造物であるこの鉄塔の展望台は観光地としてはもちろん、その高さゆえに神たちの住む天界に最も近いとされ昔は祈祷や祭事などが行われた神聖な場所でもあった。


 そんな場所で今、血を血で洗う肉弾戦が私の目の前で行われていた。


 「ふん」


 トノサマの剛腕が厨二病君に振り下ろされる。


 「ぐふ、はあ」


 普通の人なら頭の骨を粉々にされるだろう一撃も、厨二病君には致命傷にならず、トノサマに向かってこぶしを振り上げた。


 「おふ、ふふ、やりますね。さすがわ私が認めた下等生物です」


 トノサマの拳が一撃必殺なら、厨二病君の一発もまた一撃必殺、のはず。マウントをとったコガネムシを素手で殴り殺したパンチもまた普通の人が受ければ一撃で即死してしまうほどのパワーがあるはずだけど、トノサマは首の関節を少しごきごき動かしただけだった。


 大帝銀行の時はトノサマ相手に防戦一方だった厨二病君だけど、大帝銀行の時と違ってヘブンズタワーの展望台上にトノサマの足場になるようなものはない。


 あの時みたいな壁を足場にしての超加速が使えない今、二人は純粋な力と力の殴り合いをしている。


 再び厨二病君がトノサマに向かって拳を振り上げる。


 それをノーガードで受けたトノサマの口から虫特有の青い血液が噴出した。それでもすぐに厨二病君に向かって拳を振りおろしカウンターを繰り出した。


 「かは」


 厨二病君もまた、口から私たちと同じ赤い血液を吐きだした。


 厨二病君とトノサマの力は拮抗している。


 足場のないこの状況、純粋な力と力の勝負なら厨二病君にも十分に勝機が……


 私のこの短絡的な考えはこの後いともたやすく打ち砕かれることになる。


 私は忘れていた、虫という存在がどれほど恐ろしく超常的存在であるのかとうことを。


 「では、そろそろ本気を出させていただきましょうか」


そう言ったトノサマの姿はわずかな残像だけを残して、消えてしまった。


 「ぐは」


 気付いた時、トノサマは厨二病君のお腹におもいっきりブローを繰り出していた。


 「厨二病君」


 私が厨二病君に近づくよりも早く、トノサマが厨二病君を追撃。


 「がは」


 殴り飛ばされた厨二病君は地面につかないギリギリの高さでの低空飛行をさせられた。


 地面に厨二病君の体が着いた時にはトノサマが再び厨二病君の所まで移動、厨二病君の体を思いっきり蹴り飛ばしてしまった。


 「厨二病君、そんな」


 トノサマは厨二病君の頭を蹴り飛ばすと吹き飛ばされる厨二病君の所まで高速移動、低空飛行する厨二病君の体がやっと地面に着くころあいでまた厨二病君の頭を蹴り飛ばしていた。


 大帝銀行の時のように、一か所から身動きが出来なくなると言うことはなかったが、まるで一人でサッカーボールを蹴って遊んでいるかのようにトノサマは厨二病君お体をもてあそんでいた。


 「どうして、さっきまで互角だったのに。なんでこんな一方的なことになるの」


 目の前でなぶり殺しにされる厨二病君の姿に私の声は恐怖で縮み上がっていた。


 「いい質問ですね」


 「っ」


 消え入りそうな私の声もトノサマは聞き逃さなかった。


 厨二病君を痛めつけることに専念しているようで、トノサマは私にも注意を払っていた。前回のペイント弾みたいなことを起こさないためだろう。


 「私の能力、筋肉燃焼(バーニングマッスル)は動けば動くほど、このたくましい筋肉を動かせば動かすほどに身体能力を向上させるものなんですよ。」


 トノサマは厨二病君を蹴り飛ばしながら私に向かって自分の能力の説明を始めた。


 「冬のような寒い日や、しばらく体を休めてしまうとすぐに元に戻ってしまうので体を動かし続けなければいけないのがこの能力の難点なんですが」


 自分の能力の弱点まで私に話しはじめるトノサマ。


 その行動は一見すると勝ちを確信して油断したために口を滑らせたようにも見えなくもないが、違う。


 トノサマは油断しているわけでも勝ちを確信しているわけでもない。


 「動けば動くほど自身の体を強化させられる。私のスタミナが尽きるまで私の身体能力は高まり続けるのですよ」


 あえて自分の弱点、能力を説明することで自分を追い込んでるんだ。油断しないように全身全霊を持って厨二病君を倒すために。


 トノサマの体が徐々に朱を帯び始める。


 それに伴い、トノサマの速さも格段に上がっていく。大帝銀行で見た時もすでに私の目じゃ追えないほどのスピードだったけど、今のトノサマのスピードはもう高速移動と言うよりほとんど瞬会移動(テレポート)に近い領域だった。


 「さて、そろそろ決めさせていただきましょうか」


そう言うと、とのs魔あの体の色がさらに赤みを増していった。


 まずい、このままじゃ厨二病君が殺されちゃう。何とかしなくちゃ


しかし、今はもう私の手にペイント弾はない。


いや、あったとしても今回のトノサマの動きは完全にアットランダム。規則性が無ければトノサマの動きが見えない私にうまくペイント弾を命中させられる可能性はゼロに等しい。


 何かほかに武器になりそうな物はないか辺りを見回してみるけど私の周りには何もなかった。


 「ぐはっ」


 そうこうしている間も厨二病君はトノサマに殴られ続け、全身を真っ赤に染めていた。


 「っ」


 あまりにも悲惨な光景に私は目をそらしてしまった。


 「やめて」


 彼がいない視界で彼の肉が蹴られる音が私の耳に届いた。


 「やめて」


 次に骨の折れる音。


 「やめて」


 血が噴き出る音。


 「やめて」


 「ぐは」


そして、彼の痛みに苦しむ苦悶の声


 「もうやめてよお」


 私の叫びは、私にしか届かなかった。


 ドサッ


 私の近くに倒れた厨二病君の体はすでにぐちゃぐちゃにされていた。骨は変な方向に折られ、全身くまなくアザまみれ、あの幼さの残るかわいかった顔も腫れあがって顔の半分が血に染まっていた。


 ミンチになっていないのが不思議なくらいに彼の体はもう限界だった。


 「さて、決着はつきましたね。」


 後ろから歩いて近いづいてくるトノサマ。それに気づいた私はすぐに厨二病君に覆いかぶさった。


 「そんなことしたって何の意味もないんですけどね」


 「に、げ、ろ」


 耳元から聞こえる彼の言葉を私は無視した。


 何の意味もないことなのはよくわかってる、それでもしてあげたかった。


 「な……ぜ」


だって彼は私を助けてくれたから。


 「ふむ、まあいいでしょ。どうせあなたも殺すつもりでしたからね。」


そう言ってトノサマの姿が消えた。


 怖くて後ろは見てなかったけど、なんとなくわかった。


 きっとあと数秒後には私も厨二病君も


 「覚悟」


 トノサマの声が耳元で聞こえた瞬間、私は厨二病君を強く抱きしめた。


 ああ、あんまり良い人生じゃなかったけど、最後に好みの男の子と一緒に死ねるんだから、よかった……かな


 今日二度目の永遠とも思える時間。きっと実際は一秒くらいしかたっていないんでしょうけど、それでもいろいろなことが頭を駆け巡っていく。


 小っちゃいころはお父さんとお母さんにいろんなところに連れてってもらったっけ、どこいったかとかは全然覚えてないけど。


 お父さんが写真に写るのすごく嫌いで、家族一緒に写った写真が一枚もないんだよね。あるのは全部 私とお母さんの写真ばかり。でもせっかくなら一枚ぐらい隠れてでもとっておけばよかった。


 あんなに早くお別れが来るなんて思わなかったから。


 セイラと会ったのは高校生の時だっけ、あの子いいとこのお嬢様で最初はとっつきにくいなって思ったんだけど、すぐに仲良くなって親友になったのよね。


 セイラがいてくれてよかった。セイラがいてくれたから私は一人じゃなくなった。


その後、大学を出た私は育ての元を離れて銀行に、そこで研修を受け始めたんだけどその時の研修担当のおばさんめっちゃ嫌みたらしかったんだよね。ちいさいことをねちねち。あの人結局途中でどっか行っちゃったんだよね。どこいったんだろう。


それから、大帝銀行第一支店っていうまさかの花形支店に配属、そこでまたばったりセイラと再会してビックリ。あれはまさかだったな。でもまたセイラと一緒になれてうれしかった。


それから、それから…………………………ちょっと、長くない。


 私の思い出もうほとんど出し尽くしちゃったんだけど…………


 え、私の人生ってそんなスカスカだったの。そんな中身のない人生送ってきたの私。


すると突然、肩をちょんちょんと誰かに叩かれた


 「……え」


 目を開けてみると、それは厨二病君だった。


 「どうして」


 困惑する私に、厨二病君はン、と言って私の後ろを指さした。


 それにしたがって私も首を後ろに回してみると


 「へ」


 私の顔を超えるほどに巨大な拳が、あともう少しというところで止まっていた。


 トノサマは私たちに向かって拳を突きだしたまま静止していた。


 「え、これって」


 そこで私はおかしな現象が自分に起こっていることに気づいた。


 「はあ」


 まだ冬ではないと言うのに、私の吐いた息が白くなっていた。


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