第13話 時は少しさかのぼる
時は少しさかのぼる。
殺虫課本部からトノサマに連れ去られた私は今、トノサマの肥大化したエルボーに担がれぐるぐる変わる視界に目を回していた。
「うっ」
私は今日何度目かわからない吐き気に襲われ、必死に口を手で押さえて胃酸を逆流しないようにした。
トノサマに私の吐瀉物がかかるだけだから別に我慢しなくてもいいような気もするけど……いや、乙女がそんなことしていいわけがない。
まして私みたいな美人がそんなこと、許されるはずがない。
トノサマが建物の屋根を足場に別の建物へ移動するたびお腹を強烈な圧迫感が襲う。
「むう」
それを私は必死でこらえた。
数分程度建物を足場に移動してきたトノサマは最後に足場の建物が崩れるほどの大ジャンプを決行、強烈な衝撃が私のお腹を直撃。
「うむぅ」
やばい、そろそろ……
私の乙女力が限界に達しかけたその時、
「ぐへ」
肩に担いだ私をトノサマはぞんざいに投げ降ろした。
「う、ここは」
見渡すと周りには何もなくただ空が広がるのみ、地面はあるが中央にある鉄の突起の他に目だった物はなく、まるで空に浮かぶ小島の上にでもいるかのような錯覚を覚えるけど当然そんなことはない。
「ここはヘブンズタワーですよ」
私を降ろしたトノサマは、中央から地面を貫くように生えた突起に背中を預けて何かを待つように空を見上げていた。
「ヘブンズタワーって確か、とうの昔に閉鎖されたこの町一番の高さを誇る鉄塔……ってえええええええええええええええええ」
当然こんなところで叫んだところで誰の耳にも届くわけはないのだが、あまりにも予想外な現在地に叫ばずにはいられなかった。
「うるさいですよ、静かにしてください」
いや、静かにできるか、ってかあんた耳あるのかよ。パッと見、目と口、あと頭から生えた変なアンテナしか分からないけど
トノサマは人間と同じように頭の両側を手で抑え込む動作をしていた。
まあ、会話できるんだからそりゃ耳もあるわよね……そうじゃなくて
「どうして私をこんな場所まで連れてきたのよ」
よくよく考えたら私はトノサマに攫われる覚えがない。ペイント弾をぶつけたことを根に持ってるなら取調室ですぐに殺して逃げればよかったはず、わざわざ攫って来るなんて難易度の高いことをしなくてもいいはず。
「あの少年をおびき出すためですよ」
少年、少年という単語が当てはまる人物はいっぱい思いつくけれども、私とトノサマが知っている人物で少年と言えば一人しかいない。
「あの少年……って厨二病君の事」
「ええ、彼とはまだ決着がついていませんからね。私、勝負事はちゃんと白黒はっきりさせないと嫌なんですよ。この国への浸食を開始するも前に彼とは決着をつけておきたいのですよ」
まあ、確かにあの時の勝負はいいところで殺虫課の邪魔が入った。確かに消化不良の部分があるのは納得いくんだけど。
私はトノサマの話に合った不穏な言葉が気になった。
「侵食って」
辞書で調べたらたぶん土地が水とかで削られていくってこと、だったとおもうけど。
「言葉のとおりですよ、この国人々を全員、喰らうということです」
トノサマの言う侵食は人間で言うところの侵略、虫にとっては人間は食料だからそう言う言い方を恐らくしているんだと思うけど
「っどうしてそんなことを」
虫は人類の敵である。それはみんなの共通認識になっている。
でも、どうして虫が人を襲うのか、そもそも虫はどこから来たのか。虫のことについて人類が知っていることは数えるくらいしかない。
でも、もし争わない道があるなら
トノサマは今までにいなかった人と会話のできる虫、もしかしたら
「この世は弱肉強食、強いものが弱いものを喰らうのは当然のことでしょ」
私の問いに対するトノサマの答えは至極単純なものだった。
弱肉強食、それはもう生物の真理、本能とも言えるものなのかもしれない。
生き物である以上逃れられない宿命。だけど……
「そんなこと言っている間に私の部下の虫乱舞(スクランブルホッパー)で、ほら」
そう言ってトノサマが指をさす方へ視線を向けると、私が暮らす町が視界いっぱいに広がっていた。砂嵐のような茶色い風に包まれて。
「町が…………」
虫という人類の敵が現れて以降、構想の建物を建設することが法律で禁止されてしまった。
今ある建物は高いものでも五階建てのものだけで、昔からあったこのヘブンズタワーもだいぶ昔に閉鎖されてしまった。
本来ならここから見える町の景色は、とても綺麗で壮観な感じだったでしょう。
少なくともこんな大気汚染した汚い街みたいな見え方はしなかったはず。
私は住んでいる町がどんどん砂嵐のようなものに飲み込まれていくのをただ見ていることしかできなった。
私が今見てるのが、人間と虫の現実。
虫は人間をはるかに超越した能力を持っていて、人間はそれに対して無力。
パラディオという例外はあるけど、人間は虫から逃げることしかできなない。
それがこの世界の常識で、誰にも覆しようのない真実なんだ。
「来たようですね」
そう言うと突然、目の前に植物のツタのようなものが現れた。
ここ、地上から五百メートルくらいの高さのはずだけど。
五百メートルを超えて伸びるツタ、よく見るとそのさっぽはくるんとまかれており何かを掴んでいるように見えた。
ヘブンズタワーを超えて、六百メートルぐらいまで伸びたツタは勢いよく腰を折ると先端を思いっきり展望台に叩きつけた。
「わ」
なにか捕まるものがあればよかったんだけど、誰かが上ることを想定していない展望台の上にそんなものあるわけもなく。私は突然の衝撃に体を丸くしてその場にうずくまった。
これじゃ、さっきのコガネムシとやってることほぼ同じね。
あわや展望台が壊れて転落、かとおもったけれど。
いくら古い建物とはいえさすがは鉄塔、頑丈に作られていた。
「ぐは」
聞き覚えのある、声、というかうめき声に、丸くなった体を戻して顔を動かすと
「厨二病君」
私のすぐそばに厨二病君が背中から展望台に叩きつけられていた。
ツタに捕まれてたのって厨二病君だったんだ。
普通ならあれだけで全身ぐちゃぐちゃのミンチになってるはずなんだけど、厨二病君の傍に駆け寄ってみると、服こそ最初見た時よりぼろぼろになっているけど、どこもケガをしているようには見えなかった。
「おまえは…………」
数秒、意識を失っていた厨二病君だけど、意識を取り戻すとすぐ起き上がり、目の前にいるトノサマを鋭く睨みつけた。
しかし、厨二病君の鋭い視線もトノサマは全く意に介さずムキムキの腕を厨二病君へ向けて差し出すと
「待っていましたよ。さあ、ショータイムです。」
あの時ならなかった戦いのゴングをトノサマは高らかに宣言した。
厨二病君を運んできたツタはいつの間にかなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます