第8話 聴取

 小門さんに呼ばれ私はようやく牢屋から出ることができた。


 「はい、その件につきましては今確認中でして……」「会見は後で小門さんから発表がありますので……」「ご子息の行方に関してはまだ捜査中でして……」


 外に出ると殺虫課の人たちが応対や電話対応のため右に左に右往左往して、てんてこ舞いになっていた。


 見てるこっちまで目を回しそうになる光景ね……まあわかるけど。


 ついさっきまで自分もあの中の一人だったんだと思うと室内を走り回る職員さんたちへ同情してしまう。


 「こちらです」


 そう言われて案内されたのは、机といすだけで後は何にもない白い小部屋。


 よくドラマとかだとこっちから見えないけど相手にだけ見えるマジックミラーみたいなのが壁に埋め込まれてたりするけど、この部屋にはそれもなかった。


 本当にただ机といすがあるだけ。


 「どうぞ、奥の方へ座ってください」


 あまりにもイメージに違う部屋に、少し入るのを戸惑ってしまったが、すぐに小門さんに入室するよう促された。


 「あ、は、はい」


 何か、逃げないためというより面倒だから早く終わらせたいみたいな感じがしたんだけど気のせいかしら。


 私はすぐに部屋に入ると言われたとおりに奥の椅子に腰かけた。


 てっきり小門さんもすぐに向かいの椅子に座ると思ったのだが、小門さんは立ったまま手に持った分厚いファイルを開いた。


 「ではまず確認なのですが、あなたのお名前は竹下イヴさん、先ほど虫に襲われた大帝銀行第一支店の銀行員でお間違えありませんか」


 「は、はいそうです」


 私が竹下イヴであることを確認した小門さんはようやく私の向かいの席に座った。


 おそらく取締り前に確認するのが規則だったのだろう。


 それ以降、小門さんがその分厚そうなファイルを開くことはなかった。


 「では、先ほどもお伝えした通り、大帝銀行が虫に襲われた際にあなたが見たことをそのまま、何の脚色もせず教えてもらってもいいですか。感想は結構ですのでできれば状況を事細かく、何度も聞かれたくないでしょうから」


 なんか注文多いな、しかも最後のは私じゃなく自分がめんどうなだけでしょ。


いやまあ仕事だからしょうがないんだけど。


 私は自分が見たことをそのまま、何一つ話を盛ることなく小門さんに話した。ただ一つを除いて。


 「なるほど、なるほど。つまりあなたはその謎の少年に虫を襲われてるところを助けてもらったと。その襲ってきた虫がさっき我々が回収した虫の死骸で、あの虫を殺した後また他の虫が襲ってきた。しかもその虫は人の言葉を理解し会話することもできる言今までにない新たなタイプの新種の虫であったと……」


 「はい……」


 何だろう、本当のことを言っているだけのはずなのになんかすごい攻められてる気がする。


 「はあ、そんなことを聴取に書けとでも……」


 目がすっごい嫌そうな顔してる。


 「…………はい」


 部屋の中の空気が一気に重くなった。なんか心なしか粘度まで上がった気がする。


 「「……………………」」


 そして二人の間に流れる沈黙。


 …………いや、だってしょうがないじゃん。本当のことなんだからさあ。私が悪いの、私何にもしてないじゃん。私だって何が何だか分からなくって頭の中パニックってるんだからさあ


 「はあ」


 また重たいため息。


 そんなことしてると幸せが逃げちゃいますよ。いつかセイラに言われたことと同じことを頭の中で小門さんに愚痴っぽく言っていると、小門さんは急に足を汲み、インテリっぽい黒縁眼鏡をクイっと上げた。


 うわ、態度わる。


 「まあ、そいつらの正体はすでにこちらでも把握してるんですけどね」


 「え……」


 それってどういう、と聞きだす前に小門さんは続きを話した。


 「そのまんまですよ」


 「そのまんま……」


 小門さんの言っている言葉の意味が分からずそのままおおうむ返しするとまた嫌そうな顔をして、今度は私にもわかりやすいように話してくれた。


 「つまり、虫にも人の言葉を理解できるものがいるということ。当然でしょ、これだけお互いつぶし合いをしているんですから、相手の言語を理解できる虫がいたっておかしくない。言語を理解できるということは相手の組織の暗号を解読できるということと同義なのですから。」


 小門さんの説明はとても分かりやすいのだが、正直耳に入ってきていない。なぜなら私が今一番気になっているのは、私が一番知りたいのは……


 「少年の方は、全くそのままですよ。」


 「と、いうと」


 続きを促す私を見て小門さんは眉を寄せた。


しかし、出し惜しみなどすることなくすぐに続きを話してくれた。


 「少年の言った通り、その少年は悪魔なのですよ」


 「は………………」


 豆鉄砲をくらった鳩のような顔をする私を気にも留めず、小門さんは椅子から立ち上がった。


 「さて話は聞けましたし、嘘をついてるようにも見えませんでした。ここからはいくつか質問をさせてほしいのですが」


 立ち上がった小門さんは、入り口のドアではなく、部屋の奥、私の後ろに回った。


 「あなたも悪魔ですか……」


 「へ」


 小門さんの顔は見えない。しかし、耳元でささやかれたその声は温度を感じさせないどころか聞いたものをすべて凍死させてしまうほどに暗く平坦な声であった。


 「ああ、聞き方が悪かったですね。あなたは人類よりも自己を優先し、自分のためなら他人を虐げようが、辱めようが、殺そうが何とも思わない、いや、そんな下劣なことに快楽すら覚える、人以下の畜生ですか……と聞いているんです。」


 小門さんの言葉に私の体から熱が足元へ逃げて行ってしまった。


 「ち、違います」


 震える唇で言えたのはその一言、だけだった。


 さっきとは比べ物にならないほど重たい沈黙。


 まるで全身がコンクリートの中に浸ってるように動けない。


 せめて空気だけ変えられないかと言葉を探していると、突然、目の前の壁が突き破られた。


 「なに」


 重くなっていた空気が壊された壁から外に流れだしていった。しかし、空気が軽くなることはなかった。


むしろ、さらに緊迫した。


 なぜなら目の前の壁を突き破って現れた相手はついさっき厨二病君と死闘を繰り広げて厨二病君を圧倒した、その強さを嫌と言うほど見せつけられた相手だったからだ。


 「これはこれは、お久しぶりですね。」


 トノサマは私に向かって、執事のように手を胸に当ててお辞儀をした。



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