第9話 乱入と動乱
「どうしてあなたが」
私は無意識にトノサマへ言葉を投げかけた。
「・・・・・・・あなたはたしか日本のパラディオですか。まさかこんなところでお会いできるとは」
しかし、トノサマは私の問いに答えず、私の後ろで臨戦態勢をとる小門さんに話しかけた。
「貴様がさっき聞いた人の言葉を離せる新種の虫か、探す手間が省けてちょうどいい。秩序のため、人々の安寧のため、そして何より俺の定時帰宅という野望のためここでそのみっともない死にざまをさらしてもらおうか」
いやなんか最後へんなの混ざってたけど、てかそれが一番の理由じゃないでしょうね。
ちらっと見た小門さんの顔は自信に満ち溢れ、陰りは一切なかった。
いやどんだけ早く帰りたいのよ。
「ふむ、あなたもなかなかの強者の様だ。とても興味深い。ですが、私が今戦いたいのはあの謎の少年。あなたと戦えば私も多少の傷を負ってしまうでしょう。私の望みは彼の少年と万全の状態での一騎打ち。申し訳ないが、そちらの女性をおとなしく引き渡してもらえませんかね、」
そう言って私の腕を捕ろうとする、トノサマ。しかし、
「ふざけるな、なぜ貴様らのような害虫にこの女性を引き渡さねばならんのだ。」
トノサマが私の腕を取るより早く、小門さんが私を庇うように後ろに引っ張ってくれた。
やっぱりなんだかんだ言っても殺虫課のエース、頼りになる
そう思ったのだが、
「誘拐捜査は数ある警察業務の中でも一番労力と時間がかかる捜査、事件解決までの時間がかかればかかるほど人質が危険にさらされるため、二日三日の徹夜はあたりまえ、そんな面倒な事件を俺の担当にされてたまるか」
・・・やっぱこの人ダメだ。定時帰宅のことしか考えてない。
「なるほど、それでは仕方ありませんね」
いや、何で納得できるの。虫の世界では定時帰宅が当たり前なの。そんなホワイトな社会なの。それ以前に虫に社会なんてあるの
「しかし、その女性は彼の少年と懇意な様子。であればあなたはその女性から彼の少年についての情報を聞きださなければならなくなり、結局今日の定時帰宅は絶望的なのですが」
「何」
トノサマの言葉に小門さんは私を凍死しそうなほど冷たい目でにらみつけられた。
「あ、いや、その、別に、懇意というほどでは・・・」
慌てふためく私を余所に、トノサマは小門さんにある提案を持ちかけた。
「ではこういうのはどうでしょう、その女性をいったん私にあずからせてください。私はその女性を使って彼の少年をおびき出して倒します。そうしたらその後すぐにあなたと戦ってあげますよ。そうすればあなたは余計な残業もせずに定時帰宅できますし、うまくいけば私と言う強者を労せずに倒せるかもしれませんよ」
「な」
トノサマのあまりにもふざけた提案に私は言葉を発することが出来なかった。
こんなこと殺虫課が認めるわけがない。提案してきた内容もそうだが、殺虫課はずっと虫たちと命がけで戦ってきたこの国の希望なのだ、その組織の象徴であるパラディオの小門さんが敵である虫との口約束なんてするはずが・・・・・・・
「・・・・・・」
小門さんは顎に手を当て、ずっとうつむいていた。
悩んでるううううう、嘘でしょ、あなた殺虫課のエースでしょ、パラディオでしょ、何を悩む必要があるの
私の背中から変な汗が出てきた。
「一考には値する提案だが、拒否する。貴様ら虫たちは我々人類を見下している節が見られる。対等な目線で話せない相手との交渉は無下にされるリスクが高いからな」
一考はしてたんだ・・・・・・・まあ、断ってくれたから良いけど・・・いいのか
「残念です、私たち虫はあなた方人間とは違って約束は死んでも守る高尚な生き物でしたのに」
小門さんに提案を拒否されたトノサマだが、特に慌てたり怒ったりする様子はなかった。恐らく拒否されるのは想定の内だったのだろう。
「それでは、仕方りませんね」
そう言って、トノサマはやっとファイティングポーズをとった。
お互いの視線がぶつかる中、私は内心パニックを起こしていた。
どうしよう、どうしょう。このままじゃこの狭い箱の中で二人が戦っちゃう。
片や虫の中でも強者の部類であろうトノサマ、片や日本唯一のパラディオ。そんな二人の激突、当然並みの戦闘がおこるわけもなく、この小さい箱の中には殺戮という暴風雨が吹きまくる。
こんな二人の戦闘に一般人の私が巻き込まれて無事で済むわけがない。早くどうにかしてここから逃げないと。
しかし、二人の漂わせる殺気が重さの感じない鎖のように体に巻き付いて身動きをとること出来なくなっている。
「どうしました、こないのですか。それとも怖気づいたのですか」
わざとらしいくらい声音を高くしたトノサマの挑発。これに小門さんは
「ふん、貴様こそさっきまでの威勢はどうした。約束は死んでも守るなどと大層なことを言っていたが所詮は貴様ら虫も口だけの安っぽい生き物か。」
声のトーンを全く変えずに挑発し返した。
わざとわしいトノサマに比べて、全く態度を変えずに言ってるから余計にむかついて聞こえる。
「ふ、せめて一発ぐらいは殴らせてあげようと思っただけですよ。何もできずに死んではかわいそうですからね。しかし、そちらはそのつもりでしたら遠慮なくいかせていただきますよ。」
それはトノサマも同じだったようで、さらに濃密な殺気が体から放出される。
「それでは、覚悟はよろしいですかな」
トノサマの強靭な筋肉がこれでもかとばかりに膨張を始める。
「早くしろ、帰宅時間が遅れる」
小門さんの周りからは徐々に温度が失われていく。
二人の殺気がとてつもない濃度でこの小さい空間を埋め尽くしていく。
「う」
あまりの空気の重たさと、緊張感に私の体が拒否反応を示したその時、
ばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃ
トノサマの開けた壁から、猛烈ない勢いで茶色い虫たちが侵入、ものすごい羽音が部屋中を埋め尽くした。
「何」
突然押し寄せた茶色い人差し指くらいの虫たちに小門さんの注意が向いたその時、
「ふん」
地面を踏みぬいてトノサマが猛烈な突進を仕掛けてきた。
小門さんもトノサマの動きに瞬時に対応し、迎え撃とうと構えるが、
「きゃ」
小門さんが迎え撃つよりも早く、トノサマは私の背後まで移動、私はいともたやすく米俵のように担がれてしまった
「しまった」
小門さんはトノサマを迎え撃とうとタイミングを見計らっていたが、茶色い虫に視界を遮られた隙を突かれてしまった。
「このメスは頂いていきますよ」
そういってトノサマは私を肩に担いだまま近くの壁を突き破って部屋からでていってしまった。
「うわああああああああああ」
めまぐるしく動きまわる視界の中で一瞬、ついさっきまで私がいた大帝銀行第一支店が飴玉よりも小さい姿で見えた。
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