第6話 一度壊れた平穏はもう二度と戻らない

 「はあ、どうしてこうなっちゃったんだろう」


 私は狭い小部屋で一人、背中を壁にもたれさせてため息を吐いた。


 殺虫課が到着した時、すでにトノサマと厨二病君の姿はどこにもなく、その代わりに天井にはどでかい大穴がぽかっりと空いていた。恐らく、二人ともあそこから逃げ出したんだろう。


 無事、私はあのしっちゃかめっちゃかな状況から生き延びることが出来た。


 気絶していたセイラも殺虫課の人たちが保護して病院に連れてってくれたし、これで一件落着、めでたしめでたし~、とは問屋がおろさなかった。


 虫の襲撃により平日の昼間にシャッターを下ろした大帝銀行第一支店、その奇妙な状況は当然銀行に用事があった人達が不審に思い警察に通報された。


 この時、殺虫課は銀行近くで虫の出現情報が寄せられたため完全武装で虫の捜索を行っていたのだが、捜索中に不自然な銀行の情報が入り、出現報告を受けた虫と関連性があると判断。


 急いで現場に向かった殺虫課だがこの時鉄壁にはすでにトノサマにより穴があけられていた。この状況を見た殺虫課は虫の仕業であることを確信、すぐに大帝銀行上層部に鉄壁のシャッターを開けるよう要請がなされ、開いた瞬間に突入。


 突入した殺虫課捜査員が見たものは全身ぼこぼこに打ちのめされたコガネムシと惚けた顔で立ち尽くす超、美人女性社員の私だけ


 この奇妙な現象に突入した捜査員たちはもちろん困惑、事態把握のため私は任意同行と言う名目で連行されることになった。


というのが今までの事の顛末というわけなんだけど……


 すぐ近くのプライバシーを完全無視した鉄格子を見て私は盛大に、


「はあああ」


おっさんみたいなため息を吐いた。普段なら人前で絶対にしないオヤジため息だけど、今肩に乗っかっている重さを考えたら、どうでもいいことのように思えてしまう。


 これ絶対任意同行じゃないわよね。


 聞きたいことがあるから少しの間ご同行してください、と言われた私はなぜか牢屋の中で待たされることになった。


しかも三時間。


 「聞きたいことがあるって全然聞きに来ないじゃないのよ」


 あまりにも話がちがうことにむかついた私はよくドラマとかで囚人がやるみたいに鉄格子を掴んで思いっきり揺さぶってやろうかと思ったが、非力な女子の力でびくともするわけもなく、ただ体力を無駄に浪費するだけ。


 今日はただでさえいろんな出来事のせいで疲れているのにこれ以上体力を使いたくなかった私は悔し紛れにコンクリの床をぽかっと叩いておいた。


 「聞きたいことがあるって言われてもねえ、私だって聞きたいことが山積みよ」


 私は今日起こった出来事を思い起こしてみた。


 突然起こった世界最高峰のセキュリティを誇る銀行へのコガネムシの襲撃。目の前で同僚やお客さんたちが目の前でひき肉にされる中、私はなんとか友達のセイラだけでも無事に脱出させようと試みた。


けれどもコガネムシの高速突進を前に私が出来ることなんてあるわけもなく、もうだめかと死を覚悟したその時、さっき受付で対応していた厨二病君が身を挺して私たちを守ってくれた。


 厨二病君は大の大人をいとも簡単にミンチにしてしまうコガネムシを圧倒、あっという間にコガネムシを退治してしまい、これで一件落着……かと思えば、まさかのカニバリズム。


 「うっ」


 思い出したら、また吐き気が……


 この後現れたのが意思疎通が可能という今までにいたことのない新種の虫、トノサマ。


 コガネムシを圧倒した厨二病君をも子ども扱いするほどの強さを持ったトノサマの前に厨二病君は地に足を突くことさえ許されず空中でぼこぼこにされたわけだけど、


 この美人で頭も切れる竹下イヴさんのおかげでトノサマに一矢報いることに成功。


 その後殺虫課が突入してきて、まあなんかいろいろあって、今私は牢屋の中にいる。


 なんで……………………


 まだ今日と言う日が始まって半分が経過したぐらいだろうけど、それでもすでに今日起こった数々の出来事は私の中でズシンと胡坐をかいている常識を完膚なきまでに粉々にされてしまった。


 「一体、私の人生に何が起こっているの・・・」


すると突然、扉の開く音が聞こえた。


 開く音に続いて、何やら人々が慌ただしく行き来する足音まで私の耳に届いた。


そして扉が閉まる音がすると、一つの無機質な足音だけが残り、こつこつとこちらに近づいていることを私に教えてきた。


 「待たせて申し訳ない、少し状況が特殊だったものでね。上と少し相談していたんだ。」


そう言って、私に任意同行を迫ってきた、ザ・公務員風の男は牢屋の前で立ち止まった。


 申し訳ないと彼は言っているが、会釈の一つもせずに彼は疲れたような目で私を見下ろしていた。


 私は彼の名前を知っていた。


 彼の名前は殺虫課課長、小門時雨(こもんしぐれ)。世界で数少ない真正面から虫に対抗できる、神受を授かた神吏(パラディオ)の一人であり、日本にある最初で最後の対虫秘密兵器である。


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