第4話 新種と新種

 鉄壁を破り現れた、人の言語を話し理解する新種の虫、一見するとどこかのボディビルチャンピオンにも見えなくはないが、皮膚の色が違う。顔はもっと違う。


 苔でも生えているのかというほどくすんだ緑色の体。顔は凹凸が少なく平面で一見すると大きな目玉が両側についているだけのように見えるが、よく見ると顔の下半分に四角い切込みが入っており、顔の下半分が大きな口であることが分かった。


 「ふうむ、見たところあなた達はパラディオと言う訳ではないようですが……」


 そう言って私と厨二病君に視線を送った新種の虫はまっすぐ私たちに向かって歩いてきたが、途中で方向転換して床に横たわった全身ずたぼろにされた仲間の方へ歩いて行った。


 正面からではわからなかったが、コガネムシの方へ体を向けた際に背中に茶色い羽が生えているのが見えた。


 全身を厨二病君にへこまされたコガネムシの所まで歩いていった新種は、頭頂部の並んで伸びる二本のピコピコを動かしながら死んでいるコガネムシを調べ始めた。


 自分の仲間が殺されてる、しかも密室空間で。なら犯人はその中にいた私たちのどちらかのはず。自分の仲間を殺したやつが目の前にいる状況なのに、目の前のこいつは私たちに背中を向けて仲間がどうやって殺されたのか調べている。


 コガネムシと対峙していた恐怖も消えていない状況で新たに現れた脅威。


 今の私の精神はもう恐怖でどうにかなってしまいそうなほど弱っている。


 けれども私たちに背中を向け夢中で死んだコガネムシを調べる姿を見た私は、


少し苛立った。


 こいつ、完全になめている。


 私は奥歯がぎりっと音がしそうになるのを必死にこらえた。


 悔しいけど、これはチャンス。あいつはたぶんコガネムシよりも強い。でも今は私たち、というか厨二病君の力を侮って無防備な背中を私たちに向けている。


 今なら、殺れる。


 厨二病君がどれくらい強いのかわからないし、厨二病君が勝ったからって私たちが厨二病君のご飯にならない保証はないけど。


 こいつは生かしてちゃダメだ。


 私の中の生存本能がそう言ってる気がする。


 私は厨二病君に目配せをして今が襲うチャンスであることを伝えようとしたが、


「って、あんたいつまでそれ食べてんのよ!」


新しく登場した新種の虫に夢中で、全然厨二病君の方を見てなかったから私が気づかなかった。


 厨二病君は新種のことを完全に無視して、警備員ミンチを食べるのに夢中になっていた。


 「今があいつを倒す絶好のチャンスでしょ!」


 アイコンタクトで教えてあげるつもりが思わず指をさして大声で言ってしまった。


 「あ……」


 気付いた時にはもうすべてが手遅れだった。


 「ほう、それはそれは」


 私の人差し指の先にはさっきまで死体を夢中で死体を調べていたはずの新種が興味深そうにこっちを見ていた。


 そのでっかい水晶玉みたいな目と私のつぶらな目がぱちっと合った時、私は自分の死を実感した。


 虫はコガネムシを超えるスピードで私へ近づくと、私の視界全体が新種の強大な拳におおわれて……止まった。


 さっきまでミンチを食べるのに夢中だった厨二病君が新種と同じ、もしくは超えるスピードで私のところまでやってくると両腕を顔の前でクロスして自分の頭よりも大きい拳のパンチを受け止めてくれた。


 「ほう、あなたが私の同胞を殺した犯人です、ね」


 一度は受け止めたと思ったけれど虫はさらに体をひねって拳の威力を増し、厨二病君を壁まで吹き飛ばした。


 「厨二病君」


 厨二病君はまた、私を助けようとしてくれた。


 とっさに壁の所まで吹き飛ばされた厨二病君に駆け寄りそうになる気持ちを私は必死にこらえた。


 私は気絶したセイラを放っておくことはできなかった。


 厨二病君はきっと大丈夫、コガネムシの突進を受けても平気だったんだから


 そう自分に言い聞かせて私は気絶したセイラの元へ駆け寄ると新種に向かって両腕を目いっぱいに広げた。


 動物が何かを守るために、腕を広げるのは、敵に自分を大きな生き物に見せるためと誰かが言っていた気もするけど華奢な私の腕では、目の前にいる屈強な虫の肩幅ぐらいにしかなっていなかった。


しかし、虫は腕を広げてセイラをかばう私を無視して、厨二病君の方へと歩いて行った。


 厨二病君は生きてこそいたが、鉄壁にぶつけられた衝撃で全身ぼろぼろ、新種のパンチを受けとめた両腕は骨だけでなく筋肉までも砕かれたようにぷらんぷらんしていた。


 「私の名前はトノサマ、まさかパラディオでもないのに我が同胞を殺せるものがいるとはね。せっかくだ死ぬ前に君の名前を聞かせてくれないか」


 そういってトノサマは恭しく倒れる厨二病君に手を差し出した。


 厨二病君は明らかに力の入らない腕で差し出された手を取った。


ように見せかけて、トノサマの顔面を思いっきり殴り飛ばした。


 「ぐは」


 私の頭上を巨大な体が通過していった。


 殴られたトノサマは、さっきの厨二病君のように勢いよく壁まで吹き飛ばされた。


 「俺に名前はない。でももし名乗るとしたら……」


 壁まで飛ばされたトノサマだがすぐに立ち上がると両腕を厨二病君の方へ向けた。もうトノサマにさっきまでのような余裕はなかった。


 「悪魔だ」


 誇示するかのようにあげられた右腕、そこに浮かび上がった謎の黒い紋様。それが今室内を淡く照らすほどに怪しく光っていた。


 トノサマにぐちゃぐちゃにされたはずの厨二病君の腕はいつの間にか元に戻っていた。


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