第12話 モルトの強さ
「はあぁぁ、おいしかった!」
「おいしかったです」
「それはよかった」
メルトとセーラが久しぶりの食事に満足している姿にリーザが口元を緩める。
「そういえば、2人はこれからの目標は決まっているのか?」
「私は決まっていませんね。なので色々な場所を旅してみようかなと思ってます」
「いいなそれ! 俺も仕事がなければなぁ」
「お仕事ですか?」
冒険者は基本的に短期的な仕事しかないはずだが、モルトはほかにも仕事を抱えているらしい。
「そうだ。普通は1日や2日くらいで終わる依頼しかないんだが、今回は長期の依頼を受けているんだ。おかげでこの街に縛られちまってるってわけだ」
「なるほど、短期的な依頼ばかりではないのですね」
「といっても、今回のように月単位での依頼はそうそうない。あったとしてもそのような依頼はAランク以上の冒険者向けばかりだがな」
確かに数か月単位の長期依頼はなかなか信頼度の低い冒険者には頼めないだろう。
「ま、これが終わったら俺らも旅に出てみるのもいいかもな!」
モルトがリーザに顔を向けながら声を弾ませて言う。
「それもいいが、だったら戦争を終わらせなければいけないだろ」
リーザの指摘にモルトは頭を掻きながら声を沈ませる。
「そうだったな、俺たち国内ほぼすべて行ったことあるもんな」
「そうだ、だから私たちが旅するならば国外になる。だが帝国と戦争中の今は国境が封鎖されていて国外に出ることなどできん」
どうやらモルトとリーザは王国内はほぼ旅したことあるようだ。残念なことに国外を旅するにしても戦時中で外国に行くこともできないようだ。
「早く戦争が終わってくれるといいですね」
メルトはどうか自分が王国内を旅し終わるまでに戦争が終わるようにと祈る。1つの場所に定住するのもいいが、せっかく異世界に来たのだ、いろんな場所を旅したい。
そんな思いを胸に、戦争が早く終わることを心から祈る。
「そうだな」
「ところで、セーラはこれからの目標ってあるのか?」
メルトとリーザが表情を沈ませると、モルトが場の空気を換えようセーラに質問を投げかける。
「私の目標は騎士になっていろんな人を助けることです」
真剣な表情で紡がれたそれはメルトに宣言した時と同じだ。
空気を和ませようとしたモルトの企みは残念ながら失敗してしまったようだ。
「そうか、ならば強くならないとだな! 今度俺が鍛えてやる」
「いいんですか?」
「もちろんだ! 将来この国を守る騎士のためだ。そのくらい構わねえぜ!」
モルトは愛想のいい笑みを浮かべて言う。
「メルト嬢もよかったら参加しないか?」
「私ですか? そうですね……ご迷惑でなければ参加したいです」
おそらく素の能力で言えばこの世界でもある程度強い位置にいると予測しているが、それでも今日のモルトやリーザとの戦闘では判断ミスが多くそれゆえに苦戦や敗北を強いられてしまった。
故にメルトはこの世界で生きるための努力を怠るつもりはない。前世と違いこの世界でメルトは完全な部外者であり、一つのミスが死に直結する可能性があるのだから。
「なら、明日から始めようと思うが構わないか?」
「「はいっ」」
メルトもセーラもこの先の予定はまだ決まっていなかったので、明日からの訓練は渡りに船だ。
「それでは私たちはここらで失礼する」
「それじゃまた明日な、二人とも」
「今日はありがとうございました」
「明日はよろしくお願いします」
モルトたちはメルトたちの言葉に笑みを浮かべてその場を後にした。
「それでは私たちもお暇しましょうか」
「そうですね」
***
翌朝動きやすい服装に着替えた4人は、一緒に朝食を食べて早速冒険者ギルドの訓練場に来ていた。
「前回のところとは別なんですね」
「あぁ、あれは学園のやつらやランク適性試験を受けるためのもんだからな。普段はこっちしか使えねえよ」
「それでは今回から二人の訓練をするが、まず二人は近距離と遠距離のどちらが得意だ?」
前回試験を受けた場所よりも一回りほど小さい訓練場の中央で四人は立っている。
「私は遠距離で魔法を主な攻撃方法にしてます。近距離は多少できる程度です」
メルトは魔法を主に育ているが剣術などの近距離攻撃は得意ではない。
「私は魔術も近距離もどちらもできないです」
セーラが申し訳なさそうに言う。
「ふむ、ならばまずは私が簡単な護身術と魔術の基礎を教えよう。それでメルト嬢だが、」
「試験での動きを見る限り、実力はあるが経験が少ないような印象を受けた。特に接近戦には苦手意識があるのか、近づかれたときの判断ミスが目立つ」
「そこでメルトは俺と実戦形式で戦って経験を積んでもらうってことだ!」
そこでモルトがリーザを遮ってメルトの訓練内容を言う。
「そういうことだ。……それではさっそく始めるが問題は無いね?」
**
セーラとリーザは簡単な勉強をするらしいのでギルドにある図書室へと向かった。
「それで、私達はまずは何をするんですか?」
「はっ決まってるだろ」
そういってモルトは背に担いでいた大剣を抜いてメルトに向ける。
「さっそく戦うってことですか」
メルトはないよりはましと魔法で剣を作り構える。
「構えだけはいっちょ前だな! よしそれじゃ行くぜっ」
モルトがメルトの構えたのを見ると軽口と共に突っ込んでくる。試験の時より遅いが、それでも普通の人間にとっては脅威的な速度でメルトに大剣を振るう。
「くっ」
とっさに剣で受けようと大剣の軌道上に構えて、すぐに自分のミスに気が付く。
「そんなんじゃ防げねえぞ!?」
モルトの大剣がメルトの剣とぶつかり、その衝撃がメルトへと襲い掛かる。
「くっ」
大剣を抑えきれずに後ろに吹き飛ばされたメルトは地面を転がる寸前に受け身を取りすぐに立ち上がる。
「まだまだ行くぞ!」
モルトはメルトが立ち上がるのを見るやすぐに剣を構えて突っ込んでくる。
「大気エンチャント!」
大気属性のエンチャントで移動速度を上げて、モルトの剣を避ける。先ほどの攻防で手が痺れてまだまともに力が入らない。
「雷鳴魔法『雷槍』」
避けざまにモルト目掛け雷槍の一撃を放つ。
モルトが剣を振り下ろしたタイミングで放たれた雷槍は、剣を手放したモルトには届かなかった。
「上手いな!」
モルトは上機嫌に褒めるが、メルトとしては微妙だ。なにせ、倒せるかはともかく直撃はするだろうと思っていた攻撃が難なくよけられたのだから。
「だったら素直にくらってほしかったんですけどねっ」
「火焔魔法『炎域』」
単発で避けられるならばと攻撃範囲が比較的広い魔法を使う。一瞬でモルトが炎で包まれて見えなくなる。
「おいおい、自分から視界をつぶしてどうすんだ」
それは正面から聞こえてきた。メルトは炎域で仕留められるほどモルトを過小評価していない。無傷で耐えられる、または避けられることも考慮して注意していたが、まさ真正面から突破されるとは思ってもいなかった。
「うそでしょ」
呆然と呟いたメルトはハッとすぐに迎撃しようとするが、一瞬でもモルトから意識を外したのがいけなかった。
「戦闘中に意識を逸らすな」
モルトの拳がメルトの鳩尾を捉える。
「ゴホッ」
手加減はされていたため意識は飛ばなかったが、それでも実戦ならば今の一瞬で死んでいただろう。
地面に四つん這いになり咳き込むメルトの頭上からモルトが声をかける。
「よし、いったん休憩と反省するぞ」
「こほっ……はい」
「ほら、これ飲め」
「ありがとうございます」
何とか立ち上がったメルトはモルトから渡された水を飲んで息を整える。
「よし、それじゃまずさっきの戦闘での反省点だ」
言うと、モルトは指を3本立てた。
「まず1つ目、咄嗟の判断ミスだ。そして2つ目、魔術を当てるための判断ミス。最後に、意表を突かれたときの判断の遅さだ。主に目立っていたのはこの3つだな。今日で全部直せとは言わない。というかそんなことできないからな」
さっきの戦闘でメルト自身も自覚しているのか、真剣な表情で頷く。
「それじゃどれくらいでできるようになりますかね」
「まぁ人によるが、運がいいことにメルトは俺が訓練つけてやるんだ。1か月もあればマシになるだろ。てかなってもらわないと俺が困るな」
モルトが困り眉でメルトを見つめる。
「なんでです?」
「そりゃ、俺らの依頼の期限が1ヶ月だからな。それが終わったら俺らは別の街に行く予定だ」
「別の街……」
そういえばメルトはこの世界に転生してから自分が想像していた異世界生活とかけ離れていることを思い出す。
始めはファンタジーの世界でいろんな所を旅していっぱい思い出を作るつもりだったのに、実際には無一文で王都にも入れないばかりか、盗賊にまで襲われる始末だ。
こんなはずではなかったのに、どうしてこうなったんだろうとメルトは気分が落ち込む。
「まっ、ということでお前には何がなんでも1ヶ月はこの俺がみっちり扱いてやるからな!」
自分の境遇に落ち込んだメルトがモルトの声で顔を上げるとモルトが青い瞳を輝かせていた。
「は、はい。よろしくお願いします」
若干気圧されながら、返事をしたメルトにモルトは満足そうにうなずく。
「それじゃ休憩も終わったし、続きを始めるか」
「え、反省は?」
「あ? 改善点は言っただろ」
「そ、そうですね」
モルトが不思議そうな顔で見つめる。その顔には何を言っているんだという言葉が容易に読み取れたメルトは、何を言っても無駄そうだと思い諦めてモルトから距離をとる。
「今度はお前から攻撃してきていいぞ!」
「それではお言葉に甘えますね」
メルトの体勢が整うと、モルトが先制攻撃をメルトに譲った。
メルトはまず大気エンチャントを使用して移動速度を上げる。
モルトを見ながらメルトは昨日のリーザの魔術を思い出す。
「確か、ライトニングランス・コピー・イレブン」
リーザが詠唱していた魔術を真似してみる。魔力がどれくらい必要なのかわからないので、雷槍の11倍の魔力を注いでみる。
イメージしながらなんとか発現させたライトニングランスは未完成で輪郭がぼやけていて碌な攻撃性能はないだろうが、これはメルトにとっては朗報だ。
発言で来たということは、この世界の魔術を習得することが出来るということだ。
「楽しみになってきましたね。……あっ」
一瞬今後への期待を膨らませたメルトは、魔術の制御を疎かにしてしまい未完成だったライトニングランスが霧状になって霧散してしまう。
「おいおい、何してんだよ」
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