第11話 Sランク冒険者

「よし、これで試験は終了だ!」


 あぁ終わってしまった。そんな感想とともにメルトは試験の結果を思い出す。この試験ではメルトが体感した通りの高難易度だったようで受験者のうちDランクに昇格で来たのはメルトただ1人だ。しかしEランクに昇格した者は2人いたので、受験者の中にもそれなりに実力者いるようだ。


「試験はこれで終了、解散だ。……あぁ、今回合格できなかったものも落ち込む必要はない。この試験は合格できないことが前提の試験だからな。普通に試験を受ければ簡単に昇格できるだろうから地道に頑張りなさい」


 今回の試験で冒険者がとても厳しいものだと痛感したであろう受験者を励まそうとリーザが補足する。


 確かに今回のような試験が一般的なら高ランクの冒険者はもっと少ないだろう。おそらくこの試験は初心者が自分の実力を過信しないようにするためのものではないのだろうか。


「よし、それじゃメルト! さっそく試合をしようぜ!」


「この馬鹿の我がままに突き合わせてしまってすまないな」


「いえ、こちらも近接戦について格上と戦える貴重な機会だと思うことにします」


 リーザはわずかに申し訳なさそうだが、メルトとしてはだったら止めてくれと思う。だが、それとは反対にリーザと同格であるモルトとの戦いはいい経験になるのではないだろうか。


「それでは両者距離はどうする?」


「俺は別にどのくらい離れてても問題ないぜ」


「それでは、10mくらいお互いの間隔を開けましょう」


 わざわざモルトの土俵で戦う必要はない、ここはメルトの土俵で戦わせてもらう。


「いいだろう。それでは両者位置につけ」


 リーザに従いメルトとモルトは10mの間隔をあけ互いに得物を手に取る。


 モルトは大剣を両手で握りメルトへと切っ先を向け、メルトは杖の先をモルトへと向ける。そんな両者を確認したリーザは、


「はじめっ!」


 と合図をすると同時に壁際まで後退した。


 ーー火焔エンチャント


 相手の攻撃に対応できるように瞬発力を向上させて、杖を振るう。


「大気魔法『カマイタチ』!」


 風によって構成された刃でモルトを切り刻むべく襲い掛かる。しかしそれをモルトは恐るべき速度で走りつつ回避して見せた。


「ちっ、雷鳴魔法『雷電』」


 舌打ちしつつも近づかれないように雷で牽制するが、尚も止まることなく迫りくる。メルトの身体能力では迫りくるモルトと距離をとることもできずについにモルトが目の前にたどり着く。


「はっはぁ! それじゃ行くぜー!」


 モルトは笑みを浮かべながら大剣を振るう。


 モルトのその大剣を振るう一連の動作は流水のように自然で、まるで大剣の重みを感じていないかのようだ。


 ーー殺す気か!?


 喰らったら確実にあの世行きであろう大剣の一撃を何とか横に身を捻り躱す。


「やるなぁ!」


 モルトは称賛しながらも地面に突き刺さった大剣から手を離し、流れるような動作でメルトの胴に拳を振るう。


「ごふっ!?」


 バックステップで後退しようとするも、筋骨隆々な肉体からは想像のできない速度で放たれた拳がみぞおちに突き刺さる。


 常人ではこれだけで死んでしまうのではないかという威力の打撃がメルトを壁に叩きつける。


「かはっ!」


 勢いよく壁に叩きつけられたメルトは肺から空気が押し出され受け身をとることもできずに地面に四肢を付いた。


「おいおい、その程度かぁ!?」


 モルトは本気を出せというように地面に突き刺さっていた大剣を担ぎなおす。


「おい、やりすぎだ馬鹿。新人相手にそこまでやることはないだろう」


 メルトとは反対側の壁にもたれかかっているリーザはモルトを咎めるように言う。


「いやいや、こちとらかなり手加減してるのにこれ以上手を抜けと?」


「当たり前だ。お前と彼女では実力差がありすぎる」


 なんとも腹立たしいことだが、たしかにメルトとモルトでは実力に差がありすぎる。おまけに遠距離戦が主体のメルトと近距離戦が主体のモルトとでは相性が悪すぎる。


 何とか深呼吸をして立ち上がりメルトは杖を振るう。


「雷鳴魔法『雷槍』!」


 速度重視のそれは大剣を振るい防御したモルトには届くことはなかった。


「はっ、まだまだやる気だなぁ」


「はぁ、もう好きにしろ」


 その言葉はメルトだけではなくリーザにも向けて言ったのだろう。リーザは困ったように溜息を吐いた。


「化け物めっ」


 はじめと同じく突進してくるモルトに近づかれまいと杖を振るう。


「大地魔法『隆起『槍』』」


 迫るモルトを阻むべく今度は回避されないようにモルトの周囲に地面から槍を生やす。


「んなのきかねぇ!」


 モルトがその場で跳躍して槍の攻撃範囲から離脱する。


 ーー今だ!


「雷鳴魔法『雷切』!!」


 空中で身動きの取れないモルトに待ってましたとばかりにメルトは魔法を放つ。その凝縮された雷は一筋の線となってモルトを襲う。が、


「ちっ、アクロバティックすぎるぞ!」


 空中にもかかわらずにモルトはその攻撃を身を捻り躱すという離れ業をやってのけた。


 血に着地したモルトはさらに早く走りだす。その速度はエンチャントをしているとはいえメルトではもはや反応することのできない速度だ。


「これで終いだ!」


 モルトはメルトの腹を思いっきり殴ると、吹き飛ぶメルトに追いすがり地面に叩きつけた。なすすべもなくモルトの攻撃にさらされたメルトは体に走る激痛を感じながら意識を落とした。


「がはっ!?」



  ***



「んっ……ここは……確か」


 硬い地面の感触を背中に感じ、目を開けるとそこは見知らぬ天井だった。

 何があったのかと直前の記憶を思い出す。確かモルトと試合をして、


「あぁそうだ、負けたのか」


 視線を横に向けると、そこにはモルトとリーザ、それにセーラが立っていた。


 セーラは心配そうにメルトを見つつもリーザと何か話していたようだ。


 と、その時にリーザとセーラの会話からハブられていたモルトがメルトが目覚めたことに気が付いた。


「お、起きたみたいだな。どこか痛いとこはないか?」


「腹部を殴られたせいで痛いですが、動くのに特に支障はないと思います」


 若干皮肉を交えつつ問題は無いことを報告する。


「ならいいのだが、今回はモルトがすまなかったな。まさかあそこまでやるとは思ってなかった」


 リーザにとってもモルトがあそこまで容赦なく殴るとは思ってなかったのだろう。その顔には申し訳なさがありありと浮かんでいる。


「先ほど、セーラ嬢から君たちが無一文だということを聞いた。謝罪の意味も兼ねてだが、しばらくの間私たちが宿代を出させてもらうことになった」


「それは、とてもありがたいですね」


 これはメルトたちにとってはとても助かる提案だ。実際に冒険者に登録したからと言ってすぐに依頼を受けることが出来るわけではない。


「ただ、宿に行く前にセーラ嬢の服を買いに行かないとだな」


 そこでようやくセーラの着ている服がぼろ布なのを思い出した。どおりで街を歩いているときから視線を感じるわけだ。


 **


 ギルドを出て街に出たメルトたちは活気のある通りで服を買っている。


「セーラさん、こんな服はどうですか?」


 メルトは店内に飾ってある服から、セーラに似合うであろう服を手に取り持ってくる。


「いや、さすがにそれはちょっと動きづらそうというか」


「それじゃこれなんかはどうですか?」


 セーラはメルトが持ってきた服に渋面する。


 メルトが持ってきた服はそのどれもがフリルが付いたワンピースで、デザインの差はあれどどれもこれから冒険者をやるような人間が着る服ではない。


「服選びを頼んだ私が馬鹿だった」


 このままだといつまでたっても決まらないと思ったのだろう。セーラは座っていた椅子から立ち上がり自分も服選びのために服が並んでいる棚へと向かう。


 **


 セーラの服選びが終わったのは来店から1時間もたったころだった。


 セーラは何の装飾もないシャツにズボンを数着買った。


「もっとかわいい服にすればよかったのに」


「これから冒険者になるんですから動きやすい服優先です」


「やっと終わったのか。服選びで時間をかけすぎじゃないか?」


「まったくだ。なんでそんなに時間がかかるのか理解できん」


 メルトたちが服を選んでいる最中リーザとモルトの2人は店の外で待機していたので、余程退屈していたのだろう。その顔には不満が浮かんでいる。


「まぁいい、もう暗くなってきている。早く宿に行くぞ」


「わかりました」


 **


 すでに空は薄暗く、街の明かりが目立っている。夜の街は昼に見るのとはまた別の良さがある。それと同時に、転生前の世界でよく読んでいたライトノベルの世界に迷い込んだようで、今この瞬間は将来への不安を忘れて街の風景を目に焼き付けることに専念する。


 しばらく歩いたメルトたちの眼前には、周囲の建物よりも一際存在感がある宿の入り口に立っている。看板にヘルメスの宿と書かれているその建物は過度な装飾もなくそれでいて安っぽさを微塵も感じさせず、メルトでもここが高級な宿であることがうかがえる。


 リーザたちがの後について宿に入ると受付にいるショートカットが似合う茶髪の女性が、


「いらっしゃいませ!」

 

 という元気な挨拶が聞こえてくる。


「よっオリビア! 新規の客を連れてきてやったぜ!」


 モルトがオリビアに片手を上げる。


「もしかしてまた何かやらかしたの?」


「またってなんだ、またって! 俺ぁなにもやらかしてないぞ!?」


 心外だとばかりにモルトが反論するが、それをフォローするものは残念ながらこの場にはいない。


「黙っていろ。すまないなオリビア嬢、2人部屋か1人部屋2つをとることは可能か?」


「どちらでも大丈夫だよ」


「とのことだが、2人部屋と1人部屋どちらがいい?」


 メルトとしては他人と同じ部屋というのは苦手なので1人部屋一択だ。


「私は1人部屋がいいです」


「私も同じく」


「わかったわ。それで、宿泊期間はどうする?」


「一週間で頼む。あぁ代金は私たち持ちだ」


「はいはい、それじゃ1人部屋を2部屋一週間だから、7000アルドだな」


「おい、モルト。迷惑をかけたのはお前だ、お前の財布から払え!」


「わーったって! ほらよ!」


 不貞腐れたようにモルトは自分の財布からアルドディルを7枚をオリビアに渡す。


 この世界ーーというよりもこのアルディラ王国王国ではアルド銅貨、アルド銀貨、アルドフィル、アルドディルという通貨がある。

 左から、1アルド、10アルド、100アルド、1000アルドとなる。


 1アルドが日本円で表すと10円なので、モルトは実質7万円を払ったことになる。


「はい毎度あり! それじゃこれが部屋の鍵だ、くれぐれもなくさないようにな」


 オルビアがカウンターのしたから鍵を2つ取り出してメルトとセーラに手渡す。


 ここでちょうど宿の奥からおいしそうな匂いが漂ってきて、メルトとセーラは今日1日何も口にしてないことを思い出した。


 ーーぐうぅう


 2人はお腹からなった音に恥ずかしがりながらも視線は宿の奥にある食事処へと向いている。


「ははは、そんなにお腹がすいたのかい。それじゃすぐ食べさせてあげるからついてきな。」


「うっ、お願いします」


「お願いします……」


「リーザたちはどうすんだい? もう食べちまうかい?」


「もちろんだ!」


「ちょうどいい時間だ、私達も食べるとする」

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