第10話 ランク試験
メルトにとって冒険者とは憧れの異世界生活では夢のある職業の一つであった。しかし実際になってみて思うものは夢を叶えたという達成感などではない。冒険者は確かに夢のある職ではあるのだろう。だが、とメルトは思う。
「実際はそんなに夢のある職ではないな」
現実の冒険者とはギルドを通して依頼者と冒険者が請負契約を結ぶことになる。もちろん請負契約なので依頼を失敗すると報酬は支払われない。だがその場合でも冒険者は依頼報酬の1割をギルドに納めなければいけない。
また、冒険者とは登録すれば誰でもなれるため荒くれ者集団と思われがちだが、実際にはそうではない。冒険者も個人事業主であるために各々の信頼度が大切となってくる。
「信頼度、冒険者ランクも実際には民間資格、受験には相応の金銭が発生するってことね」
ただし、冒険者とは別に損ばかりが多いわけではない。ギルドに登録すれば民間の銀行よりも圧倒的に信頼度の高いギルド銀行を使用することが可能になるのだ。また身分証も発行されるので国民証がなくとも身分が保証されるため町の出入りも楽になる。
さらには収入が不安定な低ランクと違い高ランクになるとたいていは固定の顧客と契約者ができることが多いので収入もそこらの一般人よりも多く安定する。メルトとしては旅をしながらのんびりとした生活を送れればいいので高ランクになるメリットはあまり感じられなかったが、身分証という面を含めても冒険者に登録しない選択肢はあり得なかった。
「それでは、これから適正ランクの検査試験を行いますが、お二人は戦闘の心得などはお持ちでしょうか?」
「全くありません」
「それなりにあります」
お互い正反対の回答に、しかし受付嬢は表情一つ動かさずに手元に用意してある書類に丸を付けてゆく。
「それではメルト様はこの後にランク適性試験を受けていただきます。適性試験の内容は簡単な試合です。その間セーラ様は」
「私はその試験を見てますね」
セーラはメルトを一瞬見てそれから受付嬢に言う。これから騎士を目指すセーラにとって試合とはいえメルトの戦闘は指針を決める上で役立つだろう。
「それでは、これより試験を行いますのでお二人はこちらを持って、あちらの訓練場へお入りください」
メルトには試験申し込みの札を、セーラには試験見学の札を渡した受付嬢は、メルトたちの右手側にある訓練場という名のついた大きな扉を指す。
「それでは、頑張ってください」
***
メルトたちが訓練場に入る。訓練場には中央に舞台があり、そこには冒険者なのか若い男女が数名いた。彼らは互いに木剣で打ち合いながら訓練しているようで入ってきたメルトたちには気づいてすらいない。
「おー、今日は若いのしかいねぇな!」
訓練所の奥から背中に大剣を担いだ筋骨隆々の男とフードを被った細身の男性が現れた。
男の言葉にその場にいる全員が男へと目を向ける。
「よし、それじゃまずは自己紹介だな。俺は今回の試験官を務める、風雷の剣のモルト・テゼウスだ。で隣にいるひょろいのは」
そこでようやく細身の男性がフードをとった。
「同じく試験官を務める風雷の剣のリーザ・アスピザードだ」
二人の試験官の素性を語ると、あたりがざわめきだした。
「なんでSランクの二人が……」や「なんでこんなところに……」など、どうやら有名人のようで、メルトの隣にいるセーラですら驚愕している。
あたりが驚愕に包まれている中、一人だけ全く驚いていない人物が一人。そう、冒険者どころかこの世界のことすらほぼ知らないメルトだけが風雷の剣の二人から見て浮いていた。
「ほぉ、俺らの素性を知って驚かないのか。嬢ちゃん名前は?」
モルトがメルトに興味を持ったらしく語り掛けてくる。
メルトとしてはさっさと試験を開始してほしいと思いながらも、ここで心証を悪くする必要はないだろうと作り笑いを浮かべ答える。
「私はメルト・バルゼルトと申します。本日はどうぞよろしくお願いします」
できるだけ丁寧に自己紹介をすると風雷の剣以外の人々もメルトに視線を向けた。その視線には羨望や嫉妬など様々な感情が込められており、いかに目の前の風雷の剣の二人が人気なのかを思わされる。
「そうか、よろしくなメルト!」
モルトは笑顔でメルトに告げると、隣のリーザが鋭い目つきで言う。
「それでは、これより適性試験を行う。試験を受けないものは壁際に、試験を受けるものは札を持って前へ出なさい!」
先のものと違い威圧感のある声はこの場にいる者を竦ませるに足るものだ。もっとも、メルトはそのような威圧感などなんのそのと『ただ普通』にリーザの前へ立つ。
そんなメルトの行動にようやく我に返った者は試験を受ける者は前へ、受けないものは後ろへと足を動かす。
「ふむ、今日は思ったより早くそろったな。お前の威圧が足りなかったじゃね?」
モルトがリーザを揶揄う。
「そんなわけあるか。私はいつも通りにやったぞ」
リーザは忌々し気にモルトに告げる。
「わーってるって! うし、そんじゃこれから行う試験だが、お前らには俺らと戦ってもらう」
受験者を襲った絶望はどれほどのものなのか、試験官の実力を知らないメルトでも周りの様子を見ればある程度はわかる。おそらく彼らとモルトたちでは実力も経験も隔絶した開きがあるのだろう。
「といっても、俺らに勝てというわけではないから安心しろ」
「合格条件ですが、制限時間の5分間立っていられたらE、私たちに一撃でも充てることが出来ればDランクと認める」
メルトはそれ条件を聞き、この場で何人が合格できるか思案する。モルトたちの態度は確実に慢心からくるものではなく、経験に裏付けられたものだ。そのような人物たちの攻撃を、見るからに経験も足りないものではDランクどころか、Eランクにすらなることもできないのではないだろうか。
「武装については各々の所持品を使っても構いません。それでは、準備が出来たものから前へ出なさい。……あぁ、戦闘相手は自分で決めていいぞ」
「なんなら俺ら二人両方と戦ってもいいぜ」
メルトは準備などは特に必要ないので一番手で前に出るか迷う。順番を後にすれば多少は相手の手の内が知れるかもしれない。何よりわずかでもリーザたちの体力を減らしてくれればメルトとしても戦いやすい。よって、メルトは足を前に動かすことなくその場にとどまることを選んだ。
しかし、他の者もメルトと同じ考えのようで誰一人として前へ出ることをせずに互いの顔を見合わせている。
「おいおい、これは試験だぞ? やる気ないんだったらさっさと帰れ」
モルトが誰も動かないメルトたちを見てわずかに低い声で言う。
これ以上不機嫌にさせるのもまずいと思ったメルトは、仕方ないとメルトは内心溜息を付いて、リーザの前へ歩み寄る。
「ふむ、はじめは君か。ところで、なぜ私を選んだのか聞いても?」
それは簡単なことだ。
「モルトさんを相手にするには流石に無理があるので」
「ほう、私の方が弱そうだと?」
リーザはわずかに低い声でメルトを威圧する
「いえ、そうではありません。しかし純粋な力ならばまだモルトさんよりはましだろうと思いまして」
それは挑発でもあるが本心でもある。
「はっ、まさか新人にここまで挑発されるとはな。気に入った、貴様にはそれが間違いだと証明してやろう」
リーザはここでようやく興味ではなく闘志の籠った目でメルトを睨む。
「それじゃほかのやつらは壁際まで寄ってろ!」
モルトがそういうとメルトとリーザ以外は舞台から降り壁際にまで下がる。
「それじゃ、はじめだ!」
モルトが宣言を聞いたメルトは杖をリーザに向け
「雷鳴魔ほっ!?」
魔法を発動しようとして、咄嗟にその場から飛び退く。
メルトが先程まで居た場所が、轟音とともに弾け飛んでいるのを見て、メルトは相対するリーザの実力がこの世界に来てから一番の難敵だと悟る。それほどまでに今の攻撃は凄まじかった。
「魔術が発動する直前を狙ったのですが、これを避けますか」
相対するリーザも今の一撃で終わると思っていたのに、ギリギリとはいえ無傷で避け切ったメルトに驚愕を覚えていた。
--雷鳴エンチャント--
エンチャントで移動速度と反射速度を向上させたメルトは再びリーザへと魔法を発動させる。
「雷鳴魔法『雷電』」
またしてもリーザから妨害が入るが今度は冷静に回避しながら魔法を放つ。
相手の力量から考えてこの程度では足止め程度にしかならないだろうというメルトの予想は当たっており、しかし同時に外れてもいた。
雷による高速の攻撃は、リーザに直撃すると貫くこともなく霧散してしまった。
「私相手に雷か」
リーザの予想外の行動に驚きながらもリーザの攻撃を避け続ける。
しばらく二人の攻防が続いて、リーザはこのままではらちが明かないと思ったのか、詠唱を始めた。
「ライトニングランス・コピー・イレブン」
雷で構成された槍がリーザの背後に10発現され、メルト目掛け放たれる。メルトは高速で迫るそれを何とか回避しながら、次の魔法を展開する。
「雷鳴魔法『雷槍』!」
お返しとばかりに雷槍をリーザ目掛け放つが、やはり先ほどと同様リーザにぶつかると同時に霧散してしまう。
どのような理屈で魔法がきいていないのか不明だが、その絡繰りを解き明かさなければメルトの勝ち目は少ないままだろう。
「その程度なのか? ライトニング・ワンディレクション」
リーザは期待が裏切られたような眼差しでメルトに攻撃する。
「っ!」
それは次の魔法を展開しようと杖を向けたメルトが反応する間もなく左腕に突き刺さった。雷鳴エンチャントのおかげで雷の耐性を強化していなければ今の一撃で勝敗が決していたのではないだろうか。それほどの衝撃がメルトの左腕を襲った。
リーザが再び杖を向けるのを見て、咄嗟にその場から飛び退く。
「ライトニング・ワンディレクション」
先ほど同じく迫るその雷をメルトは何とか地面に転がり回避する。
この速度はさすがに防御魔法を発動させても間に合わない。それを忌々しく思いながらも続くその攻撃を必死に避け続けながら魔法を発動させる。
「火焔魔法『炎槍』!」
牽制のつもりで展開させた炎槍に対してリーザが先程までとは異なり回避行動をとった。
まさかと思いメルトは、確証を得るべく検証をする。
「雷鳴魔法『ショック』」
弱弱しい電撃はリーザにぶつかると、先ほどまでと同じく霧散した。それを見てメルトは抱いた疑問が確信になった。
「火焔魔法『炎域』」
地面に現れた魔法陣から灼熱の業火がリーザ目掛けて噴き出す。
この炎域は、威力を犠牲に発動速度を強化したもので、雷鳴魔法ほどの速度は出ないがそれでも常人であれば直撃は免れないはずだ。
「これは……」
リーザは驚愕の表情を浮かべながら回避しようとするが、それよりもメルトの魔法が襲い掛かるほうが早かった。結局リーザはその魔法を回避できずに飲み込まれてしまう。
これで勝ったと確信しつつも、万が一を考えて油断なくリーザが飲み込まれた炎を見つめる。そして、炎が消えた先にいたリーザは、
「は?」
なんだあれは。確かにメルトは炎域がリーザに直撃する瞬間を目撃した。しかし炎が消えた後に現れたリーザは全くの無傷である。
「ふむ、見切りをつけるのは早かったようだな。なかなかどうして、面白い魔術を使うじゃないか」
くつくつと笑いながら言う賛辞はおそらくは本心からのものだろう。
メルトとしては褒められるのは嬉しいのだが、魔法を完全に防御されてしまったせいで複雑な心境だ。
「おいモルト!」
ふと、リーザはメルトから視線を外しモルトへと向いた。
「わかってる。そいつはDランクに合格だ!」
まだ5分は立っていないはずだが、リーザはメルトの実力が十分Dランクでも通用するものだと判断したようだ。
「ありがとうございました」
メルトはこれで一件落着だと安堵の息を吐いて、丁寧に礼をした後にセーラのもとへ踵を返そうとする。
しかし、今度はモルトによって待ったが掛けられた。
「よし、それじゃメルト。次は俺と戦おうぜ!」
「はい?」
聞き間違いだろうか、メルトの耳が正しければ今モルトはメルトとの戦闘を希望しているように聞こえたのだが。
「だから、俺と戦おうぜ!」
笑いながら言うそれはメルトの聞き間違いではないようだった。
「戦うのは1人でいいはずでは」
「戦いたくなっちまったんだから仕方ねえだろ」
モルトの後ろでリーザが眉間に皺を寄せている。どうやらこれはいつものことらしい。
ただ、メルトとしてはリーザ戦でただでさえ疲労しているのに、リーザと同格の相手との連戦なんて遠慮したい。
「さすがに連戦はつらいので後にしませんか? それに、一応試験中ですし」
「あぁ、そういえばそうだな! それじゃ次のヤツ前に出てこいっ!」
戦わないで済む方法が思い浮かばなかったメルトはとりあえず、未来の自分にその課題を任せることにしてなんとかその場をやり過ごすのだった。
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