第9話 学術都市アテナル
詰め所内の机と椅子のみがある一室へと案内されたメルトたちは騎士にそこで待っているようにと言われた。
しばらくおとなしくしていると、男性が一人入室してくる。。男性の恰好は王都の門前で見た軍服と同じものだ。左胸にある階級章を見てみるが、軍事に明るくないメルトではそれが表す階級はわからなかった。しかたがないのですぐに視線を男の顔に戻した。。
「はじめまして。騎士団長のディル・イェーデ上級曹長だ」
「初めまして。私はメルトと申します」
「は、初めまして。セーラ・アシャルタと言います」
「あぁ、そんなに緊張することはないよ。ここでは身分証のない人に注意事項を説明をするだけだからね」
ディルの堅い雰囲気にセーラが緊張をしていると思ったのか、僅かに雰囲気を柔らかくする。
そのおかげかセーラの緊張もほぐれたようだ。
「さて、さっそくだけど君たちにはこの書類を書いてくれ」
ディルは手元に抱えていた封筒からA4サイズの書類を取り出す。書類には、名前や出身地、この街に来た動機を書く欄があり、その下に注意事項らしきものが書かれている。
セーラは渡された書類とペンでさっさと書いて目の前のディルに提出してしまうが、メルトは最初の名前の欄でつまずいてしまった。というのも名前にはファーストネームの欄とミドルネーム、ラストネームの欄があるのだ。ミドルネームは書かなくてもいいが、日本人でいうところの姓であるラストネームを書かないわけにはいかない。
「どうした? 字が書けないのならば言ってくれれば代筆するが」
「いえ、大丈夫です」
セーラがさっさと提出した分まったく書いていないメルトを字が書けないと勘違いしたのだろう。咄嗟に否定してしまったメルトをディルはそれではなぜなぜ書かないのかと訝しんだ。
メルトは、ファーストネームにメルトと書き、ラストネームにふと思いついたバルゼルトと書いた。
メルトは出身地という欄には、幼少期に兄と旅に出たため覚えていないと記述する。これならば出身地がわからないことの言い訳もできる。
動機の欄については、正直にお金も身分証がなくても無料で入れるからと書く。
「これで問題はありませんか?」
メルトは書き上げた文章を見直した後、ディルへ書類を提出する。
ディルはメルトの提出した書類を虚偽はないかとしげしげと確認し、メルトへ顔を向ける。
「出身地がわからないというのが気になるが、まぁいいだろう」
ディルはメルトのことを完全に不審者だと思っているようだ。
「それでは、これからこの街での仮身分証を発行するにあたっての注意事項を説明する」
ディルは溜息をついたのちにメルトたちに注意事項を伝える。
「まず一つ、君たちに発行する仮身分証の効力は発行された時点から七日間のみ有効だ。期限を過ぎれば出て行ってもらうこととなっている。二つ目、この街での無料の公的施設への入場が有料となる。これは国民証を持っていない不審人物と国民証を所持している人間の差別化を図るためだ。ここまでは問題ないか?」
ディルはいったん話を区切ってメルトたちが話の内容を理解できているか確認する。それにメルトは問題ないと頷く。
「あの、仮ではなく正式な身分証を発行するにはどうすればいいんですか」
セーラのその質問でメルトもそういえばと身分証の発行方法について疑問に思う。
「そのことだが、身分証は正式には二つあることは知っているか?」
メルトはもちろんセーラも知らないので首を横に振る。
「一つはこの国の所属だと示す国民証だ。これは制度がここ数年でできたものなので田舎などでは所持していない人も多い。二つ目は、冒険者としての身分を証明する冒険者証だ」
「冒険者証と国民証の違いは何ですか?」
「国民証はアルディラ王国の国民だと証明するもので、冒険者証はその人が冒険者ということを示すもので、この国の出身であることは証明できない。そのため国民証を所持していない人間は公的施設に入場する際には料金が必要になる」
「それでは、私たちが国民証を手に入れるにはどうすればいいのですか?」
これから生きていくうえでアルディラ王国の国民となっていた方が何かと都合がよいと考えたメルトはそう質問した。
「それについてだが、身元を保証する人物の存在か、または出身領にある国民の名簿に記載があれば発行することが出来る」
セーラはまだしもメルトにはこの世界に身元を保証する人物など存在しないので国民になれないことが分かった。
「あの、それじゃ私の身元について調べてもらえませんか?」
ここでずっと沈黙を守っていたセーラが口を開いた。
「それはいいが、君の出身地は、たしか……」
「王都アルデバランです」
まさかセーラが王都出身と思っていなかったディルはわずかに驚いた様子を見せる。
「了解した。それでは確認が終わるまでに数日かかるが構わないね?」
セーラは問題ないと首を縦に振る。
「はい」
「それでは、これから仮身分証を渡すがくれぐれも問題行動は起こさないように」
ディルはそう言うと懐からベルらしきものを取り出し鳴らす。
「お呼びでしょうか」
すぐに部屋の外に待機していたであろう騎士が部屋に入ってくる。その騎士にディルは手に持っているメルトとセーラの書類を渡す。
「二人分の仮身分証を発行してきてくれ」
「はっ」
騎士はディルからメルトたちの書類を受け取ると、仮身分証を発行しに部屋を出て行った。
「さて、仮身分証がくるまでもう少し話そうか。二人はこれから何か予定はあるのか?」
「私は冒険者になってみたいと思っています」
冒険者という物語にしかないような職業にすっかり興味津々のメルトは即答した。
「私は、騎士になりたいと思っています」
反してセーラは道中に宣言した通り騎士を目指すようだ。
「冒険者か、君みたいな女の子では大変だと思うが、それもまたいいだろう」
ディルはわずかに心配しているようにメルトを見る。おそらく根はやさしい人物なのだろう。
「そして、君は騎士になりたい……と。騎士とは国民を魔物や盗賊たちから守る存在だ。時には命を落とすこともある。君にその覚悟はあるのか?」
ディルはセーラへ真剣なまなざしで問う。それは心配からくるものなのだろうが、セーラにとって覚悟は既に決まっている。
「私はこの国の人に笑顔で暮らしてほしいんです。そのためなら私はどんなことだってやる覚悟があります」
セーラのその言葉と眼を見て本気だと感じ取ったディルは溜息を突く。
「わかった。それでは君は身分の確認が取れ次第騎士見習いになる手続きをしてもらう。それまではおとなしくしているように」
メルトたちの話が終わったタイミングでドアからノック音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します。仮身分証を持ってまいりました」
先ほどの騎士が二人分の仮身分証を持ってきたようだ。ディルはそれを受け取るとメルトたちに渡す。
「くれぐれも紛失しないように」
仮身分証にはメルトとセーラそれぞれの名前が記述されていてその所有者がわかるようになっている。
「それでは案内はこれで終わりだ。私は失礼する」
そういうとディルは立ち上がり部屋から出て行った。
「それでは街へ行きましょうか」
仮身分証を持ってきた騎士がメルトたちを詰め所の外へと案内する。
***
「わぁ、すごい」
詰め所を出たメルトは学術都市アテナルの街並みに思わず感嘆の声が漏れてしまった。
アテナルにはレンガ造りの家々が並び、奥にはお城のような建物が立っている。また学生らしき人物や武器を担いだ冒険者と思われる人物も歩いておりメルトが期待していた異世界の風景そのものが広がっている。
「そういえば、メルトさんは冒険者になると言ってましたが、冒険者ギルドがどこに知ってるんですか?」
街並みに見惚れていたメルトは隣から聞こえてきたセーラの声で我に返った。
「はっ、えと冒険者ギルドの場所ですか。知ってはいませんが、たぶん冒険者の後をついていけばわかるのではないですか?」
街を歩く冒険者らしき人物を指さしながら言う。
「ところで、セーラさんはこれからどうします。 騎士になるにしても国民証を発行しないことにはなれないんですから。それまで冒険者にでもなりますか?」
「何もしないわけにはいきませんし……冒険者になってみるのもいいですね」
「それではさっそくギルドに行きましょうか」
メルトはさっそくという感じでちょうど目の前を歩いていた冒険者の後をつけて行った。
***
しばらく後をつけていると、冒険者の男が立ち止まった。そして後ろを振り向いてメルトたち目掛け歩いてくる。
「なぁ、さっきから俺の後をつけてきてるようだがなんか用か?」
「え、えーと……」
まさか気づかれているとは思っていなかったメルトたちは男から視線をそらしながら答える。
「実は、冒険者ギルドを探していて……」
「あ? ギルドならあっちにある大きな酒場がそうだぞ」
男はメルトたちが歩いてきた方向と逆の道を指さす。
「え、そうだったんですね。すみません!」
セーラが男に謝りながらメルトの手を引いてきた道を引き返す。
メルトも自信満々で後をつけていたのがバレていて、かつギルドとは反対の道を歩いていたことに恥ずかしさのあまり赤面してしまう。
「気をつけろよ姉ちゃん」
冒険者らしきの男はそういうなりメルトたちに背を向けて去って行ってしまった。
「道、全然違いましたね……メルトさん」
セーラがメルトにジト目を向ける。
「そ、そうですね。で、でも場所はわかりましたし今度こそ大丈夫ですよ!」
目をそらしながら冒険者ギルドへ早歩きで向かう。なおも疑わしそうな視線をメルトに向けたままセーラがメルトの後をついてくる。
男の言っていた通りの方向を歩くと、冒険者ギルドという看板が掛けられている建物を見つけた。
「ここが冒険者ギルドですか。なんというか……酒場みたいな感じですね」
冒険者ギルドは酒場も併設しているようでギルドマークの看板のしたにはお酒のマークの看板が掛けられている。
「うーん、思ってたギルド像って感じだなー」
メルトは自分が想像していた雰囲気のギルドのドアに手を掛けて思いっきり開く。
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